24. 贈り物
その露店を覗き込んだカップルの後ろ姿をぼんやりと見つめていた。口髭を蓄えた店主が「いらっしゃい」と陽気に二人を出迎える。軒先にぎっしりと並べられた腕輪や壁に吊るされた首飾りが、陽光を反射して煌めいていた。
賑やかな通りでその二人が目に付いたのは、茶髪の男の方が自分と同じ年頃に見えたからだ。――――――もちろん外見上の年齢だが。
多分買うつもりなんだろう。緊張した様子の男の背中にト書きを付けるのなら、「いいところを見せたい」だ。
魔道具が手に入れば、せめて呪いが解ければ、自分とリスタもいつかあんな風になれるだろうか。
本当は、リスタに宝石の装身具を贈りたいと考えたことが何度かある。リスタは何も着けていなかったが、指輪や首飾りをしている女性の職員は少なくなかった。
贈るのを断念したのは、高価な物は受け取って貰えないだろうと思ったからだ。
リスタに喜んで貰えそうな物で金額が大きくならず、図書館の中でも使う物となると選択肢が限られる。
結局、ちょっと意匠性の高い帳面や便箋程度の物を何度か贈ったことがあるくらいで、あとは「絵本の会」に評判の菓子を差し入れる程度のことしかしなかった。
でも一度だけ、翡翠色の少し値の張る万年筆を贈った。
自分もリスタも「大人」どころでは済まない年齢だが、「大人として」もっと贈り物らしい物を贈りたい思いを抑えられなかったのだ。
それでも一般的な物より少し高価と言うだけだった。抑制したつもりだったが、にも拘らず「お返しが出来ない」とリスタに恐縮されてしまい、後悔した。
わたしとしては喜んで貰いたかっただけで、もちろんお返しなんて期待していなかった。そもそも魔法図書館の中に贈り物を買える場所などないのだし。でも一方的に物を貰うことをリスタは気にする。
気まずいことになってしまったと悔いていたのだが、それからしばらくしてリスタに遠慮がちにある物を差し出された。
「お返しにはとても足りないけれど」
そう言って渡されたのは、数枚の木の葉とわたしの名前が刺繍された白いハンカチだった。
木の葉のエメラルドグリーンは「あなたの瞳の色にしてみた」と言われて。
大袈裟ではなく、六百年近い人生の間に贈られた物の中で一番嬉しかったかもしれない。
刺繍の手間はもちろん、ハンカチや刺繍道具を図書館の外から調達する労力だって掛かった筈だ。恐縮するだけでなく、色々な制約の中で出来ることを考えて手を尽くしてくれた。
跳び上がりたいくらいの嬉しさを、一体どうやったら言葉で伝えられたんだろう。
彼女を抱き締めたい衝動を堪え、感情をなんとか言葉に落とし込んだ。
「今まで貰った物の中で一番嬉しい贈り物です」
気持ちと声を抑えてようやく言った瞬間、リスタが顔ごとばっと視線を逸らせた。その顔が微かに赤くて、その反応に驚いて――――――――触れられないのは地獄だと思った。
「―――――――――――――」
女性が店の奥のペンダントを指差し、店主がそれを壁から外そうとしている。
その様子を見つめながら左胸の上に手を置いた。
絶対に失いたくない物だから迷った。でもそのハンカチは胸ポケットに入れて来た。
早く片を付けよう。
もう一度刺繍を刺して貰えることがあったら、と思う。あの時には言えなかったが、一つだけ注文を付けたいことがあるのだ。
今度はリスタの瞳の色を入れてほしいと、そこに手を当てながら思った。
「えっ?!」
「えっ?」
突然店主が身を乗り出して左右を慌ただしく見回し、ペンダントの品定めをしていたカップルも釣られて後ろを振り返って賑やかな通りに異変を探したが、いつもと同じに人が多いだけで特に何かが起きている様子はなかった。
「あ、いや……」
二人にもの問いたげに見られた店主はなんでもないと言おうとしたが、視線はまだ左右を往復していた。
今そこにえらく綺麗な男がいたんだが。
数秒だけ後ろを向いてから向き直ったらその姿はもうどこにもなかった。見える範囲にいれば絶対に分かると思うような姿だったのに、掻き消えたかのように。
ʄ
生き物がたくさんいる筈だが静かだった。
六百年前と同じに、その先は白く冷たい霧に包まれていた。
広大な森。
六百年―――――いや、二千年以上この森が切り拓かれないことを誰も不思議に思わない。この森の一部が魔法で閉ざされていることに、魔力がなければそもそも気付けないからだ。一定以上の魔力がなければ、無自覚にこの一帯を避けてしまう。
必要なだけの魔力がない者は近付くことさえ許さない魔法使い。
小さく息を吸って吐く。
それから足を踏み出した。
霧の中に足を踏み入れると、気温が急激に下がった。




