21. 魔女の一晩
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体が泥のように重い。五百年の間感じたことがない身体的な辛さ。
わたしの体はもうこんなに老いていたのだ。
ベッドの上に座る自分の体を、手を付いて支えていた。
一秒でも早くアルトを追い掛けたいのに、動けない体が情けなかった。でもこれだけ疲れているのに、眠れるかしら、と不安になる。
五百年の間、わたしはほとんど眠っていなかった。
魔法図書館の職員は眠れなくなる訳ではないけれど、わたしにとっては夜間は、好きなだけ読書に没頭できる時間だったから、必要のない睡眠をわざわざとったりしなかった。
「アルト……」
動けない焦りが名前を呟かせた。
―――――今どこにいるの。
遠いウルドエンドにはまだアルトでさえ着かないから、今夜は無事な筈。オーディーさんにそう教えられた時、安堵と不安を同時に覚えた。そこまでのやり取りで、アルトは鉄道を使ってさえ追い付けないかもしれない速さで移動しているのだと、分かってしまったから。
鉄道……
その実物をわたしは見たことがないし、乗り方もよく分からない。本で読んだりお客様から話を聞いたりして存在を知ってはいるけれど。明日それに乗ると考えると、一層落ち着かない気持ちになった。
今心配しても仕方がないわ。
とにかく寝よう、とサイドテーブルの上の小さな金細工に手を伸ばす。
金色の葉と小花で形成された台が緑の石を戴く置き物は、アルトが造った魔道具なのだとここまで案内して下さった女中の方が教えてくれていた。
あのひとの髪と瞳の色だと思った時、胸がきゅうっと苦しくなった。
この石に触れて念じるだけで部屋中の灯りを好きな明るさに変えられると説明されている。
掌に納まる大きさの魔道具に触れて言われた通りにすると、部屋の灯りが本当に消え、代わりに緑の石だけが仄かに光った。
魔力がない人間でも使えるということは、アルトはこの優美な魔道具を自分ではなく客人のために造ったのだろう。灯りを灯したい時に闇でも見つけられるようにしてくれたのだと仕掛けの意味はすぐに分かったけれど、意図とは違い、少しどきどきした。柔らかく光る緑がアルトに見つめられているかのようで。
オーディーさんも灰がかった緑の瞳をしていたと、ふと頭を過る。
金髪の魔法使いにずっと昔から仕えてきたと言う、アルトの秘密を知る人。
オーディーさんに最初に「リスタ様」と呼ばれた時、その丁重過ぎる言い方もあったけど、この方は封筒に書かれた名前を見る前からわたしを知っていたのだと感じて驚いた。
アルトの傍にはちゃんとあんな方がいてくれたのだと、ちょっとだけほっとした。
アルトの大切な人達や生活を、わたしは何も知らなかった。
重たい足を引き摺るように持ち上げて、なんとかベッドに横たわる。
そして天蓋付きのベッドに体が静かに沈み込んだ時、鼓動が俄かに速くなった。
枕もシーツも寝具は甘やかな、でも甘過ぎない薫りを優しく纏っていた。
鏡台や、ソファや机や、クローゼット。案内された部屋には美術品のような家具がここだけで暮らせそうに揃っていて、更に洗面室まで備わっていた。ベッドの上に用意されていた白い夜着は絹織りで。
アルトの暮らしぶりが平均よりだいぶ高いだろうことは、初めて逢った日から分かっていた。
生まれや地位を気にせずにいられたのは図書館の中だったからなのだと思う。
五百年前の時代にもし出逢っていたら、わたしはアルトと言葉を交わすことさえ許されなかったのかもしない。
唐突に怯む。
そんなこと、承知の上でここまで来た筈なのに。
分かっていたのに自分の何もかもがアルトに相応しいと思えず、突然苦しくなった。




