19. 魔女と魔法使いの従者
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「魔法図書館の魔女」と呼ばれる女性についてアルト様が打ち明けて下さったのは、ご出発の前日だった。
「リスタ様」と言う名のその方が、アルト様にとって特別な方なのだろうとは随分前に気が付いていた。だが十四年の間、アルト様が何かを言われることはなかった。
わたしがこの方の存在を知ったのはミラトルに来てすぐの頃。図書館を訪ねられたアルト様が、ご帰宅後に「五百年以上在籍しているかもしれない職員に会った」と仰った時だった。
その方が女性であるらしいと気付いてからも、アルト様がその方に特別な想いを待たれているのかもしれないと気付いてからも、わたしはその女性のことを積極的に調べようとまではしなかった。
ただ気にはしていた。
結果として十四年経つ内には一通りのことを知ることになった。
リスタ様というお名前も。「魔法図書館の魔女」という二つ名も。―――――――――その方が老女であることも。
五百年以上もの月日、ご自分の「終わり」を望んでいたアルト様はどれほど迷われただろうかと思う。
困難と葛藤があまりに深いのだと感じて、無理に話を聞き出そうなどと考えたことはない。
だがあの日。
「彼女と一緒に生きたい」とアルト様が仰った時、体が震えた。
出会ってから初めて――――――――本当に初めて、あの方の口から「生きたい」と言う言葉を聞いたのだ。
今その女性は、向かいのソファに沈み込むように座っておられた。
この方が「魔法図書館の魔女」。
言葉が出なかった。自分の顔色が蒼白になっているのを感じる。
魔法図書館を出てしまわれるとは。
ようやくお会いできたその方は、今にも倒れそうに弱っておられて胸が痛くなった。
しばらくの沈黙を過ごした後、わたしはどうにか声を絞り出した。
「――――――――アルト様は、ウルドエンド国に向かわれました」
項垂れていた女性がはっと顔を上げられる。
「ウルドエンドのどこでしょうか」
まさか追うおつもりなのか。
ウルドエンドは大陸のほぼ東端に位置している国だ。往路だけで数週間はかかる。五百年振りに外に出たばかりの方が、ましてや女性が、老いた体で大陸の端まで行こうと言うのは無謀と感じる。何よりアルト様は、馬や汽車を使っても追い着ける方ではなかった。
「もし追うおつもりでしたら」
「アルトを止めたいのです」
無茶です、と言い掛けて口を噤んだ。
安易な言葉では止められない、と思わせる表情をされていた。
細い方だった。
「魔女」のことを知った時、呑み込みにくい思いはあった。知っていて尚、実際に老女の姿を前にした時には微かに動揺も覚えた。アルト様が人並外れて美しいお姿をされている分、余計に。
あの日アルト様から「人を若返らせる魔道具が迷宮にある」とも聞かされていた。その魔道具はお二人にとって希望と言える物かもしれないとも思う。
しかし一度レベルゼの迷宮に向かえば生きて戻れる保証はない。
「―――――――図書館の内と外で生きられる道もあるのでは」
考え抜いた末に決断されたのだろうと分かっていたが、それでもそう申し上げずにおれなかった。
だがアルト様は結局首を横に振られた。
「この呪いが解けなければ、わたしは生きていないのと同じだ」
そう言われて、決意を翻されることはなかった。
長年、アルト様が魔法図書館の職員になられる選択肢もあるのではと考えてはいたが、それは申し上げなかった。
呪われた生を、「生きている気がしない」と言われる魔法図書館の職員として続けてアルト様が幸せになれるとは思えなかったのだ。
だからリスタ様が図書館を出られたことを非難する気持ちにはならなかった。
寧ろ今、逆の感情が湧いている。
五百年の生を終わらせてここまで来られた女性に、わたしは感動していた。
長い期間ではないだろうと考えると胸掻きむしられる思いがする。それでも二人で外の世界で生きられる方が遥かに幸せだろうと思える。
この方がアルト様の隣におられる姿を、今は不自然だとは感じない。
だが「アルト様を止めたい」と言うこの方の願いを叶えることはもう難しかった。
その願いが間違っているとは思わない。
確実さを求めるのならアルト様をお止めした方が確実に、リスタ様の寿命までお二人は共に過ごせるだろう。
正解のない話ではある。
ただ最強の魔法使いは簡単に追える存在ではなかった。
「向かわれた地域までしか。アルト様は正確な場所を明かされていないのです」
「分かることだけでも……分かることだけでも教えて下さい……!」
「――――――――――――――」
なんという瞳をされるのだろう。
生きようとされているのだ、この方も。アルト様と。
――――――――――だがそれでも、この方がアルト様を追うのは……
「どうかこの家に留まって頂けませんか」
追うのは無謀だとお話ししてそう申し上げたが、リスタ様は頷いて下さらなかった。
「少なくとも鉄道を使わなければアルト様には追い付けません」
鉄道が動いている時間でなかったことは幸運であったのか不幸であったのか。その現実はリスタ様を説得する役には立った。
「そのご様子でこの時間から出発されるのは無茶です。ともかく今夜はここにお泊まり下さい。さすがにアルト様も今日明日でウルドエンドには到着されません」




