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17. 魔女とその扉

小さなベッドと小さな机があるだけの小さな部屋だ。わたしの場合は絵本作りの方達から預かっている描き掛けの絵や画材も置いているから余計に窮屈だった。


置かれた物の隙間に入り込むようにしてベッドの横に屈み、その下から木箱を引き摺り出す。箱の中に、もうずっと手を触れることもなかった鞄が五百年前の姿のまま眠っていた。この部屋の中の物はみんな時を止めるから全く古びておらず、本当に五百年前のまま。ここに来た時に着ていた服も数枚だけの着替えも、全部その鞄の中だった。


革のベルトを二つ外して中から濃紺のスカートを引っ張り出す。


久しぶりに見てみると、平民のわたしが持っていた服はターコイズブルーの魔法図書館の制服よりぐっと見劣りしていた。その姿でアルトの前に出ることを考えるとちょっとだけ悲しくなったけど、どう取りつくろったところで老婆であることは変わらないのだからと自分に言い聞かせた。


下着、靴下、ポシェット……必要な衣類をベッドの上に並べてから急いで水色の帯を解く。


魔法図書館には夫婦一緒に職員になる人達や、職員になってから恋仲になる人達もいた。でも睡眠不要の職員のためにベッドが用意されているのはそう言うことではなくて、図書館を創造した魔法使いパウセが単純に、「横になりたい時もあるだろう」と考えたからだと言われている。ほかに机しかない部屋でベッドはソファ代わりでもあった。


そう言えば一度アルトに職員の部屋のことを訊かれて「ベッドがある」と話したら、何かひどく落ち着かない表情かおをされたと思い出す。


あのひとは一体何を心配していたのだろうと、泣きたくなった。



制服を返して退職を申し出る。魔法図書館ここを出るためにしなければならないことはたったそれだけ。あまりに簡単過ぎて気持ちが付いて行けない。


でもたったそれだけだから、何も考えないようにして一気に駆け抜ければあっと言う間に済むだろう。


五百年いた場所を最後に見回すこともしなかった。


服を着替えて脱いだ制服を持ち鞄を背中に背負うと、わたしはもう一度走り出した。


ʄ


「リスタ=エト………えっ??!」


事務室の戸口で、係員の男性がわたしの名前を復唱しかけて絶句した。部屋に詰めていた十人程の係員の方達の目が一斉にこちらを向く。


それから室内が騒然とした。


「リスタさん??!」


大きな机の周りでくつろいでいた全員が立ち上がった。「魔女」とまで綽名されていたわたしの名前と顔を知っている方は多い。特に係員の方達は、多分全員がわたしの名前を知っていた。


突然の退職には慣れっこの筈の彼らが転げそうな勢いで戸口に集まって来た。


「え?『魔法図書館の魔女』??!」

「リスタさん、急に無茶です!行く当てはお持ちですか?!」


女性の係員に心配そうに尋ねられた。


行く当て――――――――――――――


言葉が出なかった。喉が絞まるような感覚の中、ただ無言でわたしは頷き返した。


動揺する係員の方達。不思議な感じがした。目立つ赤色だけはずっと引き継がれているけれど、彼らの服は時代に合わせて変わってしまっている。五百年前は丈の短い貫頭衣だったのに。

服も人も入れ替わってしまった場所を見て、自分の時間だけが止まっていたのだと突然に実感する。


赤いジャケットの係員には不老不死の魔法は掛かっていない。彼らは魔法図書館の内と外をつなぐ雑多な仕事を担ってくれている人達だった。


本来は時間を掛けて、住む場所を始めとした生活の基盤を彼らに手配して貰ってから退職するべきだった。

わたしのように長く図書館にいた人間は右も左も分からず、頼れる家族もいないのだから尚更。


でも今アルトを追い掛けなければ間に合わない。


椅子を勧められたけど座らなかった。


絵本作りの会のことだけ早口で彼らに引き継ぐと、心配と動揺の声を振り切って、わたしはまた駆け出した。



そこから一番近くの扉の広場。飴色の扉に囲まれた場所に走り込んでその扉を探す。


そして五百年、ひらけずにいた外への扉をわたしはようやく開けた。


「―――――――――――――」


白い光に包まれる。ほかの扉であればこの時間は一瞬だけだけど、外への扉は違う。覚えていたのに心構えは役に立たなかった。


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