16. 魔女に届く手紙
レベルゼの迷宮には本当はもう何年も前に挑んでいる筈だった。
もう一度あの場所に挑めると思えるまでに六百年近い月日が掛かり、最終的な仕上げのためにミラトルに来て魔法図書館を訪ねた。
公開を前提としておらす、一冊しか書かれなかった個人の記録のようなものは魔法図書館は「本」と認識せず、再生しない。古代の強力な魔法の知識は一家相伝の秘伝書として残されていることが多く、それは魔法図書館の再生対象ではなく、世界中を回って探すしかなかった。魔法図書館に収蔵されているような本に未知の知識が記されていることはだから少なかったのだが、わたしは準備の総仕上げとして図書館に行き――――――リスタと出逢い、気付くと迷宮に向かうことを躊躇うようになっていた。
オーディーに託さなければならない後のことが幾つもあったが、その用意を三日で終えられたのも、もう随分前にほとんどの準備が出来上がっていたからだ。ミラトルとの雇用契約も昨日の内に解除した。
翌日の朝。日の出から間もないまだ肌寒い時間に魔法図書館に行ったわたしは、開館準備中の係員にリスタ宛ての手紙を預けた。
ʄ
「リスタさん」
赤いジャケットの係員に呼び止められて白い封筒を渡された時、心臓が跳ねた。受け取ると、封筒の右下に予想通りの名前が書かれていて息が苦しくなった。
まさか。
手紙を持ち、誰もいない書棚の間に駆け込む。まだ開館したばかりの時間で、辺りには今日の持ち場が一緒の同僚しかいなかった。
懸命に震えを抑え、封筒の端を手で千切る。
二つ折りにされた便箋を開くと目にした文の短さに胸が苦しくなった。どんな言葉も違うと彼は思ってしまったのかもしれない。用件以外の全てを削ぎ落してしまった短い手紙。
「しばらく魔法図書館には行けませんが、必ず帰って来ます」
たったそれだけ。
膝から崩れ落ちる。
行かないでアルト!
声もなく叫んでいた。
なぜ昨日扉を出なかったの。
何度も思っていたのに。
扉を出て行くアルトを見送りながら一緒に行きたいと。
アルトが見ている景色を見たいと、アルトが暮らしている場所を見たいと、何度も思っていたのに。
アルトを魔法図書館に閉じ込めてはいけないと思っていた。アルトなら呪いの話を聞いてなお一緒になりたいと言う女性が一杯いる筈だと思っていた。
でも違う。
それだけじゃなかったと今気付く。
わたしは自分を守っていたのだ――――――――――――もう二度とあんな思いをしたくなくて。
今追い掛ければ間に合うかもしれない。そう思い至った瞬間、弾かれるように立ち上がり、走り出していた。
すぐにも外に出たい気持ちを堪えてわたしが向かったのは自分の部屋だった。
もどかしくて堪らなかったけれど、制服を着たままだと魔法の拘束で橋を渡れないと知っていたから。
数万人に及ぶ魔法図書館の職員には全員に自分の部屋が与えられていて、そこが魔法図書館に来た時に持っていた物を置いておく場所だった。魔法で創造される部屋は職員の数が増えると自動的に増えた。
気持ちが焦る。職員の部屋のエリアだけでも広大だから、空間転移の扉を数回通らなければ自分の部屋に辿り着けなかった。
最後の扉に飛び込むと、長い廊下が現れた。左側に格子窓、右側に番号が振られた扉が延々と並ぶ細い通路。開館時間を過ぎていたから当たり前だったけれど、廊下に誰もいなくて少し驚いた。
五百年見慣れた筈の場所が知らない場所のように見えて少しだけ寂しくなった。
わたしはもうここには戻らない。
1001番。駆け寄って、その部屋の扉を開けた。




