14. 迷宮の扉
「迷宮に挑むのも駄目、職員になるのも駄目――――――――どうしろと」
話す内に感情的に言ってしまって、その言葉にリスタがぐっと声を詰まらせたのを見た時、自己嫌悪に陥った。
リスタは今のままでいいと思っており、耐えられないと思っているのは自分なのだ。
だが「今のまま」でいることももう無理だった。わたしはこれ以上ミラトルにはいられない。週に数回、数時間逢うだけ――――――――――それすらももう出来なくなる。
「―――――――――今日はもう帰ります」
話は平行線のままだったが、自分が冷静さを失い始めているのを感じて腰を上げると、リスタもわたしを追うように立ち上がった。
「アルト!」
袖を掴まれてはっとする。青い瞳の中に強烈な恐怖があった。胸の奥にずん、と重い衝撃を感じる。
見送った相手が戻らなかった五百年前―――――――――わたしはリスタに同じ思いをさせようとしているのかもしれない。
「―――――――明日もう一度来ます」
そう告げると、彼女の表情はほっとしたように少しだけ和らいだ。
朝から晩まで図書館にいたのはその日だけだ。次の日と次の日に図書館を訪ねたのは夕方だった。
一人の時間にさんざん考えた。
迷宮に挑まず、職員にもならずに、図書館の内と外で生きていくこの先の数百年を。
そして考えれば考える程自分を誤魔化せなくなった。想像の中のわたしを、わたしは生きているとは形容出来なかった。
話し合いを続けはしたが、二日目にはわたしの心はほぼ決まってしまっていた。
「あの迷宮が今日まで制圧されていないのは、挑戦者を退け続けたからではありません。グランタイルが迷宮に挑む力を失い、それから挑む者がないまま、いつしか存在すら忘れられてしまっているためです」
彼女を説得するためにそんな話もしてみた。だがリスタは納得しなかった。それが事実の半分に過ぎないと、見抜かれている気がした。わたしを止め続けるリスタにそれをとうとう告げてしまったのは、三日目の夜だ。
「あなたのためだけではありません。――――――――わたしが受けた、この呪いを解く魔道具が、あそこにはあります」
リスタが息を呑む。苦し紛れにそれを明かすべきではなかった。あのリスタが気付かない筈がないと分かっていたのに。沈黙が落ちたのは数秒で、彼女はすぐに問題に辿り着いた。
「呪いを解いた後無事に迷宮を出られなければ、あなたは死んでしまうのではないの」
答えに詰まる。そしてそれが答えとなってしまった。
魔道具には何かの操作とか呪文とか魔法を発動させるための条件がある物と、触れたり近付いたりするだけで発動する物がある。解呪の魔道具は、大抵が後者だ。
一番あってほしくない場所に「解呪の宝珠」はあるだろうと、わたしは確かにそう予想していた。レベルゼの迷宮は他とは違っていたから、尚更だ。
リスタの顔色がさっと変わる。
「行っては駄目」
その瞳の中には五百年前の痛みと悲しみが凍り付いていた。
「………!」
決意が砕けそうになる。一瞬、思い直そうとした。
だが無理だった。
五百年。もうこれ以上、抑え続けてきた願いから目を逸らすことが出来ない。
「リスタ」
そのひとの手を取り、胸の前で握り締めた。
「わたしはこのまま、死もなければ生もない人生を生き続けたくはない」
ʄ
「アルト!」
扉を出ようとするアルトの腕を掴むと金髪の魔法使いは驚愕した様子で足を止め、振り返った。
自分でも驚いて、その場に固まってしまう。
今、アルトの腕を掴んだまま扉を出てしまう所だった。魔法図書館の不老不死の魔法は、体の一部が外に出ただけで解けてしまう。
飴色の扉の前で、わたしとアルトはどちらも数秒、身じろぎも出来なかった。
わたし、今―――――――――――?
静まり返った図書館の深部。
心の整理が付けられずにいた時、緑の瞳に尋ねられた。
魔法図書館を出るのですか?
「………!」
言葉はなかったけれど、その人ははっきりとわたしの決断を待っていた。




