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12. 図書館の夜

ʄʄʄ


リスタに尋ねたことがある。


「もしわたしがいなくなったら寂しいと思って貰えますか」、と。


リスタの反応は自分が予想していたよりも大きかった。


「どこかへ行かれるのですか?」


はっとこちらを見上げた青い瞳が壊れそうで。


少なくとも同じ時間を共有しているという点で、リスタにとってもわたしはたった一人の存在だ。


リスタのその表情かおを見てもう独断では死ねない、と初めて思った。


「もしもの話です」


ついそう誤魔化すと、リスタはただ悲し気に微笑んで、結局、問いには答えなかった。



「ここにいて欲しい」とは言わないリスタに、「ずるい」とは言えなかった。


逆の立場だったらきっと自分も言えないだろうと思った。



でも今は約束が欲しい。



「終わり」を目指さずにこのばしょに留まるための理由を与えて欲しかった。



静謐せいひつに満ちた魔法図書館の深部。そびえ立つ書棚に挟まれた厳粛な空間。

隣を歩いていたリスタは半歩先に出てから、足を止めたわたしを振り返った。


「アルト?どうなさったの?」

「……リスタ」


ほかに音がない場所で二人の声が微かに反響した。リスタがすぐに振り返ったせいで、息が掛かりそうに近い位置で互いのが合う。声を閉じ込めようとする喉をこじ開けて言葉を押し出した。




「わたしと結婚してくれませんか?」




ずっと告げられなかった想いを、わたしは遂に口にした。



簡単にうなずいて貰えると思っていた訳ではない。


リスタは一瞬目をみはり――――――――そして表情を強張らせた。

「あなた何言ってるの?」


「駄目でしょうか」

「駄目に決まってるじゃないの!」


書棚の城壁の間にその声が響いた。


心の備えはあったのに言葉の強さにさすがに傷付く。リスタもはっとして声をやわらげた。


「わたしおばあさんよ?」

年齢としはわたしが上です」

年齢としは上と言ったって………わたしここを出られないわ」


分かっている。

リスタが魔法図書館ここを出られないことは。そしてわたしはこれ以上ミラトルに留まれない。でもわたし達が一緒にいられる選択肢は一つだけある。


「わたしが魔法図書館の職員になります」

「駄目」

「なぜ」

「なぜって―――――――――――――」


共にいられてわたしが年を取らないことも不審に思われない。これが最善で唯一の選択肢の筈だ。


体が結ばれなくてもいい。ただわたしにあの学者とは違う立場を与えて欲しい。


それならわたしは五百年願い続けてきたことを捨てられる。


いつかはリスタも図書館を出るかもしれない。自分の意志でいつでも河に戻れるリスタやあの学者は、わたしとは違う。


それでも図書館を出るその時も、隣にいられる立場をくれると言うのなら。



また線を引こうとしているリスタに懸命に訴えた。



「五百年の記憶と孤独を分け合えるのは、あなただけです」

「それは」

「でもそれだけで、こんなにあなたに魅かれない」



ようやく気持ちが届いたのか、頑なだったリスタの空気がその時初めて揺らいだ。

だがそのあともリスタはうなずきはしなかった。



それからずっと押し問答が続いた。


魔法図書館の職員があまりに長く業務外のことをしていると強制退職の魔法が発動するのだが、その魔法は一日業務を離れていたくらいでは実行されないと、以前にリスタから聞いて知っていた。


途中でわたし達は中庭のベンチに場所を移して、昼が過ぎても夕闇が来ても話し合いを続けた。


不死の秘密を隠す意味もあって食べていただけで本当はわたしも食事不要だから、飲まず食わずでとてつもなく長い時間、二人で言葉の攻防を繰り広げた。


やがて星が光り始め、館内に灯ったオレンジ色が閉ざされた小さな庭に落ちた。


魔法図書館は夜間に拡張する。閉館時間があるのはそのためだ。その時間を過ぎた館内に職員以外の人間が留まっていると、強制退去の魔法が発動する。その魔法の干渉は、わたしは自力で退けた。


どれだけ言葉を尽くしても、だがリスタがうなずくことはなかった。彼女はわたしにはほかの誰かとの幸せがあるとすら考えているようだった。


そんな相手がもしいたとしても、その相手も子供も、いずれわたしよりもリスタよりも老いて行くのに。もしかしたらこの呪いは子供に引き継がれてしまうかもしれないのに。


ほかの相手など望んでいないのだと、理屈も感情も全てをさらけ出して訴えたが、彼女は受け容れなかった。



「わたしは老いているから」



どれだけ言葉を交わしても話は最後にはそこに行き着いた。




「………わたしの姿が若いから、駄目だということですか」




長い話し合いの末にそう訊いた。その頃には空はもう星で一杯だった。


その問いにはうなずいたリスタは泣きそうな顔をしていた。



「―――――――――――――――」



格子窓から漏れる灯りの色に染まった、小さな庭の小さな花壇。





六百年独りで生きた――――――――――――――もう十分だ。





年齢ときがずれていることが問題だと言うのなら、一つだけ方法はある。





「――――――――リスタ」





彼女の膝の上で互いの手を重ねた。


初めてリスタの手をそんな風に握った。


息を呑んだそのひとをみつめる。





「あなたが若返ればよいのですか?」


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