12.暗殺者たち
スラノバ国国民党の党首室で、モナ女王はマリアと電話していた。
「ドクター近藤は助かったのね。良かったわ。玲子のピアノは、やはり奇跡を起こすようね」
モナ女王は、玲子の能力を改めて認識し、驚いているようだ。
マリアは、玲子のピアノの旋律が遠く離れた近藤に届き、危険を伝えたことも詳しく説明した。
その後、モナ女王はマリアとの電話を終えたが、丁度そのとき、アセフ大臣が党首室に入ってきた。
「アセフ大臣、聞いて! 誰かがドクター近藤の車に爆弾を仕掛けたみたい」
モナ女王の知らせに、アセフは驚いた。
(ジョンのやつ、証拠は残さないと言ったはずなのに)
アセフは心の中でつぶやいた。
だが、あえて驚いたふりをして、
「それで、ドクター近藤は、助かったのですか?」
「事前に爆弾が察知できたため、無事だったみたい。良かったわね」
アセフは、内心がっかりした。だが、ここで慌てて、ボロを出すわけにはいかない。
すかさず、
「無事で何よりです」
と、心にもないことを言い、
「いったい誰がドクター近藤の命を狙ったのでしょうか?」と尋ねた。
「犯人は、まだ不明よ。でも、昨夜、車に爆弾を仕掛けたみたいだから、防犯カメラから犯人はすぐに割り出せると思うわ」
アセフにとって聞きたくない返事だった。いや、聞かなければ無事でいられない重要な情報だった。
モナ女王の返事は、アセフの心を凍らせた。犯人がすぐに割り出せるのならば、アセフが命じたことも、すぐにばれてしまう。
(まずい。早く防犯カメラの映像を処分しなければ、俺自身が危なくなる)
アセフは心の中でつぶやき、
「モナ女王、急用ができましたので、失礼します」
アセフはそう告げると、慌てて党首室を後にした。
廊下を駆け足で走り、駐車場に停めてある車に乗り込んだ。車は急発進し、大急ぎで警備会社へ向かった。
警備会社はスラノバ国国民党の事務所から車で十五分ほどの場所にある。途中には交差点がいくつもあり、赤信号の際には車を停止しなければならない。
赤信号で停車するたびに、アセフは焦りをあらわにした。
今のアセフには、一秒の遅れが命取りとなるかもしれない。防犯カメラの映像が警察の手に渡れば、全てがおしまいとなる。それだけは、なんとしても阻止したかった。
そして、やっとのことで、アセフの車が警備会社に着いた。
警備会社では、突然のアセフ大臣の訪問に、受付の者が驚いた。
「昨日、フルクス市アルカディア地区の病院駐車場で、ドクター近藤の車に爆弾を仕掛けた者がいる。大急ぎで防犯カメラの映像を見せてくれ」
「それならば、先ほどモナ女王からの要請を受けて、警察立ち会いのもと、第一会議室で解析中です」
(……遅かったか)
アセフは内心悔いたが、ここで引き下がる訳にはいかない。
「その解析に立ち会いたい。ドクター近藤を殺害しようとした者を、私も確かめたい」
アセフは、強引に第一会議室に入り、解析結果を尋ねた。
調査を担当しているギニア警部は、アセフ大臣の突然の訪問に驚いたが、快くアセフに映像を見せた。
暗がりには二人のシルエットが移っている。長身の痩せた男と、背の低い体格の良い男だ。
長身の男は、車の底に潜り込み、何かをしている。おそらく爆弾を仕掛けていると思われる。背の低い男は辺りをきょろきょろと見回している。どうやら見張り役のようだ。しかし、暗がりでの撮影なので、二人の顔が全然わからない。
「もっと拡大できないのか。暗さは補正できないのか」
アセフはギニア警部に尋ねた。
「この防犯カメラだと、これが精一杯です」
ギニア警部は、残念そうに答えた。
アセフは、内心ほくそえんだ。これだと証拠不十分である。彼は心の中で狂喜した。だが、それをおくびにもださず、
「なんたることだ。このままではドクター近藤が危険にさらされる。彼はスラノバ国の宝だ。なんとかならないのか!」
と、心にもないことをあえて語り、自分を正当化した。
すると、ギニア警部がアセフを安心させるように、
「大丈夫です。二人の顔はわかりませんが、二人の身長と体格、それに歩き方の特徴は、わかりました」
ギニア警部としては、これでアセフが納得するだろうと思っていた。だが、この気配りは、アセフを恐怖に陥れた。
ギニア警部はさらに説明した。
「人間の歩き方は、個人により異なります。欧米では、歩き方の特徴を科学的に分析し、犯人逮捕の証拠として、裁判所に提出しています」
「歩き方の特徴が犯人逮捕の証拠となる……」
アセフはつぶやき、目の前が真っ暗になった。
だが、ギニア警部はそれに気づかず、
「これだけの証拠があれば、二人組で歩いているものを防犯カメラで次々と調べ、一致しているものがいれば、逮捕が可能です」
と、調査の方法までアセフに教えてしまった。
「そうか。ギニア警部、頑張ってくれたまえ。君には期待している」
無理やり笑顔を作り、アセフは慌てて会議室を後にした。
駐車場に停めていた車に乗り込むと、アセフは直ちにジョンたちに電話をかけた。
「作戦は失敗した。しかも、お前たちの身長、体格、それに歩き方の特徴が防犯カメラに映っている」
さらにアセフは、二人に指示した。
「ジョン。お前は一人で今すぐ別のホテルに移動するのだ。今後は、決して二人一緒に歩くのではないぞ。二人一緒に歩いたら、それだけで十分な証拠となってしまう。詳しくは、今晩二人に説明する」
それだけ告げると、アセフは電話を切った。
ジョンとマックも警察に捕まりたくないので、今後二人が一緒に歩くことはない。とりあえず、当面の危険は去った。
アセフは、ようやく安心し、胸を撫で下ろした。
やがて日が暮れて夜になり、アセフ、ジョン、マックの三人は、ホテルの一室に集まった。
「どうして作戦が失敗したのかを、詳しく教えてほしい」
ジョンが質問した。
「ドクター近藤の恋人である白井玲子が、爆弾が仕掛けられたことを、ピアノで伝えたようだ」
アセフは、モナ女王から聞いたことを、そのまま伝えた。
「そんなバカな…、ピアノでどうやって遠く離れた場所にいる相手に伝えることができるのか?」
ジョンは、珍しく冷静では無かった。
彼は、自分の計画に対して絶対的な自信を持っていた。それを、常識では考えられない方法で、阻止されたのである。平常心を保てる訳が無かった。
「信じられないかもしれないが、白井玲子のピアノ演奏は奇跡を起こす」
アセフが説明すると、すかさずマックが尋ねた。
「白井玲子とは、『東島の勇者』玲子のことか?」
「そうだ」
アセフの答えに、マックは納得顔をした。
「俺は依頼を受けた日からずっと、ドクター近藤のことを調べた。すると、面白いことがわかった」
そう告げると、マックは過去の新聞の切り抜きをテーブルに並べた。
「ドクター近藤は、今回も含め、過去四回、死から逃れてきた。一回目は、この国が内戦のときだ。狙撃兵たちは、確実に彼を狙撃できるはずだった。だが、結果として、誰一人として彼を狙撃できなかった。二回目は、ワニに飲み込まれたときだ。全長十三メートルを超えた巨大ワニだ。誰もが死んだと思った。だが、ワニの胃を切り裂き、奴は腹から出てきた。三回目は、毒蛇に咬まれて心臓が止まったときだ。このとき彼は、間違いなく死んだはずだった。しかし、奇跡的に死から蘇生した。そして今回が四回目だ。俺たちは、彼の死を確信した。だが、俺たちの想像を超えた方法で、彼は助かった」
マックの説明を聞いたジョンは、目をぱちくりさせた。
「たまげた。ドクター近藤は不死身の男か?」
「いや、そうじゃない」
マックが、すかさず否定した。
「今回もそうだが、いずれの場合も、白井玲子が彼を助けている。彼女は、ドクター近藤の守護神だ」
「ひょー。凄い女だな。おそらく筋肉がごっつい女なんじゃないか?」
「残念ながら違う」
マックは、玲子の写真を見せた。
セミロングの髪形で、切れ長の目をしており、手足が長い女性である。
「へー。綺麗な顔をしている。俺好みだ。この女が守護神か」
ジョンは、しげしげと玲子の写真を眺めた後、
「ということは、ドクター近藤を殺そうとするならば、先に玲子を殺す必要があるな!」
ジョンの意見に、マックもうなずいた。
「ところで、アセフさんよ。ドクター近藤の、こんな大切な情報を俺たちに教えず、通常の料金で暗殺を依頼するなんて、お前、殺人をなめているのか?」
マックがアセフに詰め寄った。マックはアセフの襟首を掴み、今にも殴りそうな剣幕だ。
「暗殺が失敗すれば、俺たちが警察に捕まる確率は大幅に増える。お前、それを分かっているのか!」
ジョンも怒りをぶつけた。
「二人ならば、何とかなると思ったので黙っていた」
アセフの答えに対し、マックは、
「ドクター近藤が、こんな不死身の男だと分かった今は、通常の料金では引き受けられないな。契約金を三倍にする必要がある」
するとジョンが、すかさず訂正した。
「いや、白井玲子も殺す必要があるので、五倍だ」
「そんな大金は…、払えない」
アセフが、恐る恐る返答すると、
「なに? 狙撃兵やワニや死神さえもさじを投げた『不死身の男』ドクター近藤を始末するのだぞ! さらに魔女のような能力を持った白井玲子も殺すことになったんだ。五倍でも安いほうだぜ」
「……」
ジョンの意見にアセフは返答できない。
「払えなければ、それでもいいんだぜ。俺たちはアメリカへ帰る。但し、俺たちがアメリカへ帰った後、変な噂がスラノバ国に流れるかもしれないな。たとえば、『アセフ大臣はドクター近藤の暗殺を企てたが失敗した』とかの噂だが…」
ジョンは、あからさまに、アセフを脅迫している。
「お前たち、噂を流すつもりか?」
アセフが二人に問うと、ジョンが落ち着いた声で、
「いや、俺たちは何もしない。だが、スラノバ国の誰かが噂を流すかもしれないと、教えてあげただけだ」
ジョンは、薄ら笑いを浮かべている。
「お金は分割払いでも受付けるぜ。但し、利息は付けるが」
マックも不気味な笑顔を見せ、アセフを恫喝する。
アセフは、彼らの要求を呑むしかなかった。
「わかった。五倍で合意する」
アセフは、しぶしぶ告げた。
「それじゃあ契約成立だ。先に玲子を殺すことにする」
マックが契約書をアセフに渡そうとした。
すると、ジョンが割り込んだ。
「いや、その前に、もう一つ確認することがある」
「確認? それは何だ」
マックとアセフが同時に尋ねた。
「今回、なぜ、爆弾が仕掛けられていることを察知したのか。その理由がまだわからない。それがわからなければ、また失敗する」
ジョンの指摘は鋭い。
「アセフ。お前は、なぜ玲子が察知できたのかを明日中に調べてこい!」
ジョンはアセフに命令した。
もはや、アセフとジョンやマックの立場は、完全に逆転している。
この日は、これで打ち合わせは閉会となった。
ホテルからの帰り道で、アセフは以前よりも追い詰められていると感じた。
(…このままでは、俺はあいつらに、骨までしゃぶりつくされるかもしれない)
アセフは、ジョンとマックをスラノバ国に呼んだことを、後悔した。
人を殺して達成する目的は、ろくなものではない。そのことをアセフは、理解していない。それがアセフの不幸の始まりだ。
風力発電機とソーラパネルの購入が決定した際、アセフは近藤と話をすれば誤解が解けたはずである。ただそれだけだった。
しかし、彼は近藤と話をしなかった。イブラハムともパラカトとも話をしなかった。彼らと話をし、良心的な価格で販売するように変更していれば、風力発電機とソーラパネルは彼の会社へ発注されたはずである。
彼のプライドがそれを拒んだのである。その代償は、今となっては、あまりにも大きいものになってしまった。
次の日の夜、アセフとジョンとマックは、またしてもホテルの一室に集まった。
「玲子が事前に察知できた理由は調査できたのか?」
ジョンが尋ねた。
「ああ。過去四回、ドクター近藤が助かったときは、玲子だけでなくマリアという少女もいたことがわかった。おそらく、マリアが何らかの方法で察知したようだ」
「何らかの方法じゃわからないだろう。どうやってわかったのかを調べなければ意味が無い」
マックがアセフの報告に怒った。
「その方法は、誰もわからないそうだ。これ以上は調べようがない」
アセフがすかさず言い返した。
「それじゃ、マリアも先に始末するか」
「それは止めたほうが良い。マリアを殺害すると、たとえアメリカへ帰っても、世界中どこに逃げても、お前たちは間違いなく殺される」
アセフの返事にマックは驚いた。
「どうしてだ。マリアという女は、スラノバ国のVIPなのか?」
「VIP以上のものだ。トップシークレットなので詳しくは言えない」
アセフは、マリアがモナ女王の妹であることを知っていた。
アセフが武器商人をやっていた十年前、当時六歳だったマリアを秘密裏に国外へ連れ出したのはアセフだった。そのときのマリアの泣き顔を、アセフは忘れることができない。
戦争の駆け引きとして犠牲になった当時六歳の子供だった。『彼女をこれ以上不幸にしたくない』と、アセフは思う。だから、マリアだけは殺害の対象から外したかった。それはアセフの持っている唯一の良心だった。アセフは、完全な悪には、なりきれていなかった。
ジョンとマックは、マリアの正体が自分たちの予想を超えたものだと悟り、しばらく沈黙した。
「マリアという女は…、ドクター近藤や玲子以上に、秘密を持っていそうだな」
マックがつぶやくと、ジョンもあいづちをうった。
「わかった。俺たちも命がほしい。とんでもない謎を持っているマリアの殺害は遠慮しておく」
アセフは、二人がマリアを殺害しないことがわかったので、ホッと胸を撫で下ろした。
「しかし、玲子の殺害時には、マリアを玲子から遠ざける必要がある。そうしないと、必ず失敗する。暗殺者としての俺の勘が、『マリアを玲子から遠ざけろ』と、言っている」
ジョンは、マリアが不思議な能力を持つ少女だと、長年の経験から判断した。その能力が何かはわからないが、とにかく玲子の殺害のときは、マリアを玲子から遠ざけたかった。そうしないと、逆に自分たちが危険な目に遭うことが予想できた。それは理屈ではなかった。まぎれも無く暗殺者としての勘だった。
「わかった。玲子をマリアから遠ざける機会を作るので、その時に始末してくれ。それまで待ってくれ」
「いや、アセフ。お前は玲子の予定を教えてくれるだけでいい。これ以上お前が動くと、マリアから察知されてしまう危険がある」
ジョンは、アセフに動かないよう告げた。
やがて、打ち合わせが終わり、その後、三人は、別々にホテルの部屋から出て行った。
自宅へ帰る最中、アセフは心の中で、激しく葛藤していた。
彼は心の中では、玲子を殺害したくなかった。なぜならば、彼の家族は玲子のピアノ演奏をこよなく愛していた。玲子のピアノ演奏のおかげで、母親の認知症が幾分か回復できた。玲子のピアノ演奏の影響を受けて、娘がピアノを習いだした。玲子のピアノ演奏のおかげで、アセフ自身のすさんだ心が癒された。
彼と彼の家族に大きな幸福を与えている玲子を殺害することは、アセフの信念に反していた。
しかも、現在の玲子は、スラノバ国の農業や漁業を発展させるために全力を尽くしている。そしてそれは、国民の暮らしを豊かにするためである。そのことも、アセフは理解していた。
(それでは、ドクター近藤はどうなのだろうか?)
アセフは改めて確認した。
ドクター近藤は、今までスラノバ国国民のために、昼も夜も身を粉にして尽くしてきた人間である。国民の誰もが、彼を尊敬している。そのことは、アセフ自身が十分に理解していた。
(俺がドクター近藤を殺害しようと考えたことは、間違いだったのか? 俺は、ちっぽけな逆恨みのために、二人を殺害しようとしているのか?)
アセフは、ドクター近藤を殺害しようとした自分の考えに疑問を持った。
しかし、事態は既に、引き返せないところまで来ていた。




