11.ドクター近藤暗殺計画
昨日までアセフ大臣は、玲子がメロン栽培への協力を拒んでいることを知り、喜んでいた。
しかし、今日になり、玲子がメロン栽培に協力したという知らせを受け、愕然とした。
すぐさまアセフは、側近のアムドに尋ねた。
「なぜ玲子は、突然バラカトに協力する気になったのか?」
アセフは、怒りをぶちまけている。
彼は、近藤の意見を支持しているバラカトが気に入らない。
そのためバラカトが企画する事業は、全てドクター近藤の入れ知恵が含まれていると思い込み、それを邪魔したかった。
「我々の調査によると、玲子はモナ女王やドクター近藤、それにイブラハム水産大臣の説得を受け、バラカトに協力するようになりました」
側近イザムの報告は、アセフをさらに苛立たせた。
「またしてもドクター近藤か。いったいいくつ、あいつは俺の計画を阻止したのか」
実際にはモナ女王やイブラハムも玲子を説得したのだが、アセフの脳裏には近藤の姿しか映らない。こうなると、アセフは平常心では、いられなくなる。
アセフは、確かに追い詰められていた。
だが実際は、アセフを追い詰めた者は他ならぬアセフ自身だった。
バラカトや近藤は、一度もアセフを追い詰めたことは無い。今回の風力発電機やソーラパネルの購入にしても、アセフが良心的な価格で販売していたならば、すべてアセフの会社へスラノバ国は発注したはずである。
だが、アセフは心の鏡が曇ってしまい、それに気づかない。
(ドクター近藤が邪魔だ。あいつさえいなければ、全てうまくいく)
そう考えたアセフは、近藤を抹殺する計画をたて始めた。
しかし、近藤は、国民から『ドクター近藤』と呼ばれ尊敬されている。彼は、貧困者の治療を無償で行い、離れた村落には定期的に出張診療をしている。しかも彼は、昼夜を問わず身を粉にして、国民のために尽くしている。
そんな彼の暗殺を部下に指示し、計画が国民に知れると、アセフの政治生命は終わりになる。いや、それだけではなく、アセフ自身も、犯罪者として刑を受けることになる。
だから近藤の暗殺計画は、秘密裏に行う必要がある。
(…外国の殺し屋を雇おう)
アセフは心のなかでつぶやいた。
それから三日後、二人の外国人が、スラノバ国に入国した。
一人は、長身で痩せた男だ。もう一人は、背は低いが体格の良い男である。長身の男の名前はジョンであり、低いほうはマックだ。
二人は、ホテルの一室でアセフと会った。
「アメリカからよく来てくれた。感謝する」
アセフは喜びながら、ジョンとマックに握手した。
「早速だが、この男を始末してほしい」
アセフは、二人に近藤の写真を渡した。
「こいつか。たいして強くなさそうだ。俺なら一発で仕留めてみせる」
マックが右手でピストルを撃つマネをした。彼の眼は血走っている。
「条件がある。事故死に見せかけてほしい」
近藤はスラノバ国で圧倒的な人気がある。銃で撃たれたとなると、警察は必死に捜査する。多くの国民も犯人探しに協力するに違いない。
アセフはそれを避けたかった。
「それならば、契約金は五割増しだ。支払いは大丈夫か?」
アセフは一瞬とまどったが、「大丈夫だ」と、返事した。
アセフは会社を経営しており、自由に使えるお金は、それなりにある。だが、最近は会社の業績が思わしくない。スラノバ国の内戦が終了し、武器の販売ができなくなったためだ。昔みたいに湯水のようにお金を使うことはできない。
すると、ジョンがサイコロほどの大きさの箱をバッグから取り出し、アセフに見せた。
「これは小型の時限爆弾だ。これをあいつの車のフロントブレーキオイルの管とリアブレーキオイルの管に取り付ける」
「車が爆発したら、警察が不審に思うが…?」
「大丈夫だ。爆発といっても、ブレーキオイルの管が破れる程度だ。爆発音も極めて小さい」
ジンジャエールを飲みながら、ジョンは説明を続けた。
「これが爆発すると、車はブレーキが効かなくなり、事故死に見せかけることができる」
「しかし、時限爆弾が取り付けられた痕跡が残るのではないか?」
アセフは、しきりと心配した。
「心配不要だ。爆発とともに、時限装置は全て燃え尽きる。証拠は一切残らない」
ジョンは自分の計画に絶対的な自信を持っている。
ジョンの顔つきは、殺し屋というよりも、エンジニアの風貌である。彼は、これまでも冷静に計画を練り、殺人を遂行してきた。人を殺すことに何の動揺もない。あたかもシュレッダーで紙を裁断するときのように、何のためらいもなく人命を奪う。
それに対して相棒のマックは、人を殺すことに無上の喜びを感じている。目は血走っており、見るからに危険な匂いがする。
「よし。それで決まりだ」
アセフは、不気味な笑顔を見せた。
その日、ジョンとマックは、近藤の予定を確認した。その情報は、アセフが側近に調査させたものだ。
明日、ドクター近藤は、ナミブ村に出張診療に行く予定だ。村までの途中の道には、曲がりくねった急な下り坂がいくつもある。もちろん田舎道なので、ガードレールは無い。道からはみ出たら、谷底へ真っ逆さまとなる。
殺し屋二人にとっては、願ってもない幸運な機会である。
二人は深夜、近藤が明日乗る予定の車に、時限爆弾を取り付けた。
一方、玲子は、ココゾ村でのメロン栽培のためのピアノ演奏が終わり、ホテルに戻った。
玲子がホテルに戻ってきた夜は、まさに、ジョンとマックとが、近藤の車に爆弾を仕掛けた夜だった。
次の日、マリアは目覚めが悪かった。
「おはようマリア」
「おはよう…玲子姉さん…」
「マリア、元気無さそうだけど、どうしたの?」
「うん…なんだかわからないけど、気分がすぐれないの」
玲子はマリアの額に自分のおでこをあて、熱の確認をする。
「熱は無いみたい。朝食は食べられそう?」
「うん…」
返事はしたものの、マリアは確かに元気がない。
二人はホテルのレストランで朝食をとったが、マリアはさらに、気分が悪くなってきたのか、しきりに頭を押さえていた。
(今までの経験から、こんなときには何かが起こるはず…)
マリアは心の中でつぶやいた。
しかし、それが何かは、マリア自身にもわからない。彼女は、見えない恐怖に怯えた。
マリアの様子が、あまりにもつらそうなので、ベッドで横になるよう玲子が勧めると、
「玲子姉さん。お願い、一緒にいて…」
か細い声でマリアが哀願した。
「わかったわ。私も一緒に寝てあげる」
玲子は、マリアと枕を並べて横になった。
すると、いきなりマリアが抱きついてきた。マリアは、手足がガタガタ震えている。
玲子はマリアの髪の毛を優しく撫でた。
「どうしたの? こんなに震えて…」
「わからない…。玲子姉さんが危険な目にあうのかと思ったけど、どうやらそうじゃないみたい」
マリアは、あいかわらず震えが治まらない。
「でも…、私が知っている誰かが、危険な目にあうわ。それが誰かは、まだわからない」
マリアは、玲子にしっかりとしがみつき、玲子の胸に顔をうずめた。
マリアの震えがますますひどくなったので、
「聡に電話してみる。きっと良い薬があるはずだわ」
玲子がそう言った直後、マリアが、
「あーっ」と、大声でわめき、
「わかったわ。近藤さんよ。近藤さんが狙われている」と叫んだ。
マリアは、さらに、大きな声で、
「玲子姉さん、急いで電話して」
マリアの声と玲子の行動は、ほぼ同時だった。
玲子が近藤の携帯電話に電話してみると、電話が繋がらない。電波が届かない場所にいるようだ。
玲子はすぐさま、病院に電話をし、近藤の所在を確認した。
「院長は二時間前に、ナミブ村に出張診療に行かれました」
受付の人が答えるのと同時に、
「車よ。車に爆弾が仕掛けてある」
マリアが玲子にいった。
マリアは、直ちにモナ女王に電話した。
事情を素早く話すと、
「わかったわ。ナミブ村の村長さんに電話をしてみる。でも、ナミブ村から車が出発し、ドクター近藤の車に出会うまで三十分近くかかると思う。その間に、爆発しないことを祈るしかない」
モナ女王は、すぐに行動するため電話を切った。
それでもマリアは、不安がおさまらない。
「モナお姉様の手配では…、おそらく間に合わない…」
そんなとき、マリアの脳裏にイブラハムの言葉が思い浮かんだ。
『きみが危険だと感じたら、俺を呼んでくれ』
マリアは急いでイブラハムに電話した。
「マリア。どうした?」
と、陽気に話しかけたのも束の間、イブラハムは瞬時にマリアの心を読んだ。
「わかった。幸い俺はホテルの近くにいる。あと十分で着くから、ホテルのロビーにあるグランドピアノを玲子が演奏できるよう、手配してほしい」
「どうして、ホテルでのピアノ演奏なの?」
マリアが尋ねると、
「玲子に奇跡を起こしてもらおう。それしかドクター近藤を助ける手段は無い」
そう告げてイブラハムは電話を切った。
マリアは、すぐに玲子の手を握り、説明した。
「玲子姉さん、ロビーにあるグランドピアノで曲を演奏してほしいの。それしか近藤さんを助ける方法が無い。はやく。急いで!」
玲子は、マリアの言っている意味が理解できない。しかし、マリアが真剣な表情でうったえたため、マリアを信じることにした。
ロビーに着くと、マリアはホテル支配人のサムに、グランドピアノを演奏させてもらえるよう交渉した。
「お願いします。玲子姉さんにピアノを演奏させてください。今すぐに」
突然のことなので、支配人のサムは、マリアに使用の理由を尋ねた。
「ドクター近藤を助けるためです」
マリアの回答は、支配人サムには意味不明である。
しかし、サムは玲子のファンだ。しかも、このピアノは、玲子が内戦を停戦に導いたときに使用したものである。
「よくわからないけど、玲子さんが弾くのであれば、使用を許可します」
サムの承諾を得て、ピアノは使えるようになった。
その時、息を切らしてイブラハムがロビーに駆け込んで来た。
挨拶もそこそこに、イブラハムは玲子をピアノの鍵盤の前に座らせ、右手で玲子の右肩をつかんだ。
「な、なにを…」
玲子は驚いたが、イブラハムは気にしない。
「マリアは左手で玲子の左肩をつかむんだ」
イブラハムに導かれるように、マリアも玲子の左肩をつかんだ。そして、イブラハムの空いている左手は、マリアの右手としっかり握りあった。
マリアとイブラハムと玲子は、玲子を三角形の頂点として、つながった。
「俺の能力と、マリアの能力、それに玲子の能力が合わされば、きっとドクター近藤に危険を知らせることができる」
「えっ? イブラハムさんの能力って…」
「玲子、今は説明をしている暇はない。さあ、ビアノを弾くんだ」
イブラハムの言っていることは、正直、玲子には理解できない。
しかし、玲子の肩に置かれたイブラハムとマリアの手が、異様に熱く感じられた。まるで、二人から大量のエネルギーを注入されているようだ。しかも、マリアがさっき言っていた『車に仕掛けられた爆弾』が、玲子の脳裏に鮮やかに映し出された。
非常に小さな爆弾が二つ、フロントブレーキオイルの管とリアブレーキオイルの管に取り付けられている。
玲子は確信した。
「玲子姉さん、ビアノを弾いて」
マリアも叫んだ。
もう迷うことはない。玲子は、力強い旋律を奏で始めた。
あまりにも高音で激しい音なので、支配人が驚いている。
支配人のサムが苦言を言う前に、すかさずイブラハムが、
「ドクター近藤を救うためだ。しばらく我慢してくれ」
といい、玲子に演奏を続けさせた。
ビアノの旋律は、ホテル中に響き渡った。
今、マリアの予知能力と、イブラハムの読心能力、それに玲子のピアノを介した思念伝達能力が、一つになった。
マリアが予知した爆弾のイメージは、イブラハムにより玲子へ伝えられた。そして玲子は、そのイメージを近藤に伝えるべく、思いを込めてピアノを演奏している。
その頃、近藤の乗った車は、ナミブ村の手前まで来ていた。
「あと三十分でナミブ村に着きます」
ホムスが運転をしながら近藤に告げた。
「これから先は、曲がりくねった急な下り坂が続く。慎重に運転してくれよ」
「わかりました。でも、慣れた道だから大丈夫ですよ」
近藤は、ホムスの運転技術を信用している。だから、多少スピードを出しても、それほど気に留めない。
近藤は、村に着くまでの間、ひと寝入りすることにした。
しかし寝つけない。体は疲れているはずなのに、心がざわめく。微かだが、心のなかに雑音のようなものが聞こえる。
意識を集中し、雑音のようなものの正体を捉えようとする。すると、それはどうやらピアノの音のようだ。
「ピアノの音が聞こえる。ホムスには聞こえないか?」
突然、近藤から尋ねられたホムスは戸惑った。
「いえ、聞こえません。おそらく、カーラジオから聞こえてくる音だと思います」
「すまないが、カーラジオを消してくれ」
ホムスは、カーラジオの電源を切った。
すると、ピアノの音は、さっきよりもはっきりと、近藤の耳に聞こえるようになった。
「やはりピアノの音だ。今度はホムスにも聞こえるだろう?」
近藤は、再び尋ねた。
しかし、ホムスの返事は変わらない。
「いや、全然聞こえませんね」
近藤は、妙に胸騒ぎを覚えた。
(なぜ、この音がホムスには聞こえないのだろうか。なぜだ。いや、それよりも、この曲には、聞き覚えがある…。どこだ。どこで聞いたのか)
近藤は、心の中で自分に問いかけ、必死に記憶をたどった。
(…そうだ。僕が一度死にかけたときに、玲子が奏でたピアノの旋律だ。思い出した)
一年前、近藤は毒蛇に咬まれ、心臓が停止したことがあった。そのときに近藤の魂を死の淵から呼び戻したのが、玲子が奏でる旋律だった。
(…では、なぜ、今聞こえるのか? 玲子は、僕に何か伝えたいことがあるのだろうか?)
近藤は、思わず携帯電話を取り出した。携帯電話の画面に表示される旗は一本も立っていない。携帯電話の電波が届かないことがわかる。
(だからピアノを弾いたのか)
近藤が、そこまで思いを巡らせたとき、突然、頭のなかに映像が浮かんだ。
時限爆弾の映像だった。しかも爆弾は小さく、二か所に取り付けられているようだ。
すぐさまホムスに叫んだ。
「ホムス、車を止めるんだ! 今すぐ」
近藤の大きな声に驚き、ホムスは車を止めた。
「車から出るんだ! 爆発するぞ」
近藤は、車から降りた。ホムスも、近藤に引きずられるように、車から降りた。
すると、まさにその直後、車の底面の箇所で『ドーン、ドーン』という連続した小さな爆発音がした。
一見、車に外傷は無さそうに見える。
しかし、車の底を覗くと、ブレーキオイルが漏れているのがわかる。おそらく、フロントとリアのブレーキオイルの管が、それぞれ破損したと思われる。
「危なかった…。もう少し気づくのが遅れていたら、僕たちは谷底に落ちていただろう」
ホムスも、ブレーキオイルが漏れているのを確かめると、顔が真っ青になった。
近藤は、玲子のいる方角に向かって手を組んだ。
(玲子、ありがとう。またしても、君は僕を救ってくれた)
近藤は心の中で玲子に感謝した。
「ドクター近藤、誰が爆弾を仕掛けたのでしょうか?」
「それは…、僕にもわからない…」
近藤の声は小さく、しかも、ためらいがちだった。まるで、犯人の名前を伏せているようにも感じられる。
「わかっているのは、爆弾は昨夜仕掛けられたことと、これで終わりではなく、これが始まりということだ」
「心あたりは全くないのでしょうか?」
「ない…。あるとすれば、僕が死ぬことにより利益を得る人、もしくは、僕に激しい怨みを持つ人だ」
「院長を怨む人なんて、スラノバ国にいるのでしょうか?」
「……いると思う」
近藤は、時間をおいて答えた。
「その人は誰でしょうか?」
「……」
近藤は、あえて口を閉じた。思い当たる者は、確かに一人いる。内戦が終了したことで損をした人物だ。だが、その人の名前をここで公表すると、とんでもない事態になることが想像できた。そのため、あえて無言を貫き通した。
近藤が無言なので、ホムスも黙ってしまった。
しばらくしてホムスは、ポツリと言った。
「村まで歩きましょうか?」
「いや、村まで歩くと二時間かかる。あと三十分も待てば、村から迎えの車が来るはずだ」
「でも院長、この道は、一日数台しか車は通りませんよ。村からの迎えなんて、期待しないほうが良いです」
「いや、必ず来る。なぜならば…、玲子がピアノで危険を知らせた…。ということは、事前にモナ女王に相談しているはずだ。だからモナ女王の要請で、村からの迎えが来る」
近藤の説明を、ホムスは信じることができない。だが、三十分後、ホムスは驚くことになる。
一方、ホテルのロビーでは、マリアの足の震えが突然おさまり、マリアは落ち着きを取り戻した。それと同時にイブラハムがマリアの心を読んだ。
「玲子、もういい。ドクター近藤は助かった」
イブラハムは、鍵盤を激しく打ちつける玲子の手を押さえた。
演奏に没頭している玲子は、イブラハムから突然手を抑えられたため驚いたが、イブラハムの説明を聞くと、
「えっ。本当に助かったの? 怪我はしていない?」
「大丈夫だ。玲子のおかげで、ドクター近藤は無傷だ。ただし、車が故障したようだ」
イブラハムは、あたかも現場を見ているような話し方だ。普通の人では到底、信じることができない。
しかし、玲子は、イブラハムの話を素直に信じた。それと同時に激しい疲れのため、イブラハムの腕の中で眠りについた。
「やはり玲子は無理をしたようだ」
イブラハムは眠りについた玲子を抱きかかえた。
「玲子姉さん大丈夫?」
「大丈夫だ。しばらく眠れば疲れはとれる」
イブラハムはマリアを安心させた。
やがて、玲子を抱きかかえたイブラハムとマリアは、ホテルの支配人サムにお礼を述べた」
サムは、さっきまでピアノを演奏していた玲子が眠りについているため、驚いた。
「救急車を呼びましょうか」
「いや、玲子は部屋で寝せたら大丈夫だ。それよりも、おかげでドクター近藤が助かった。協力してくれて、ありがとう」
サムは、イブラハムの言っていることが全く理解できず、しきりと首をかしげる。
(ドクター近藤が助かったとのことだが、どうやって危険を知らせたのだろうか。そして、どうやって解決したのだろうか。なぜ玲子さんは急に眠りについたのだろうか)
サムは、心の中でつぶやいた。
玲子を抱きかかえたイブラハムとマリアは、エレベーターで二階へ上がり、部屋へ続く廊下を歩いていた。
そのとき、マリアが突然、
「何か『キーン』という音が聞こえる。何の音かしら?」と尋ねた。
イブラハムも耳を澄ますと、確かに『キーン』という音が聞こえる。
「確かに聞こえる。どこからだ?」
ごくわずかな音だが、『キーン』という音が響いている。それも二種類の微妙に異なる音のようだ。
マリアが集中して音源を確かめると、それはイブラハムの胸元と、玲子の胸元から聞こえてきた。イブラハムが玲子を抱きかかえているため、二つの音源の間は十センチもない。
「イブラハムさん、ごめん」
マリアはそういうと、イブラハムの胸元を触った。すると何か金属の塊がある。
「これは?」
マリアはすぐさまイブラハムのボタンを一つ開き、中に入っているものを取り出した。出てきたのは金の鍵だ。
さらにマリアは玲子の胸元を触った。玲子の胸元にも何か金属の塊がある。
「玲子姉さん、ごめん」
そう言いながらマリアは玲子の胸元のボタンを一つ開け、中身を取り出した。出てきたのはなんと、銀の鍵である。イヌワシからもらった鍵を、玲子は胸元にペンダントとして下げていた。
金の鍵と銀の鍵とは『キーン』と、さっきよりも大きな音を響かせている。まるでお互いに共鳴しているようだ。お互いに呼び合っているようにも聞こえる。
マリアは金の鍵と銀の鍵とを合わせてみた。
『パチーン』と、大きな音がして、それ以降『キーン』という共鳴音は鳴り止んだ。
「マリア、これはどういうことだ?」
「わからない。ただ、私が思うに…、金の鍵と銀の鍵とが、お互いに呼び合っていたみたい。おそらく長い間、二つの鍵は離れ離れになっていた。そして、今日、ようやく再び巡り会えた。二つの鍵が喜んでいる」
マリアはそういうと、二人の胸元へ、それぞれの鍵を返した。
そしてイブラハムに聞こえぬよう、極めて小さな声で、
「…そして、金の鍵の持ち主と銀の鍵の持ち主も、長い年月を経て再会した…」と、つぶやいた。
一方、ナミブ村の近くでは、近藤が予想したように、村から車が迎えに来た。しかも村長が言うには、『モナ女王から依頼されて来た』とのことである。
さらに、車に仕掛けられた爆弾のことも、モナ女王は知っていた。
「院長、あなたは、名刑事になれます。こんなに見事に推理が当たるのならば、犯人はすぐに見つけることができますね」
ホムスは実際、近藤の鋭い洞察力に驚いている。
近藤は、そんなホムスの言葉を聞き、顔をしかめた。
(こんなに読みが的中するのであれば、犯人はきっとあの人だ)
近藤は、心の中でつぶやき、近い未来に起こると思われる最悪のことを予想した。




