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第十七話:酒呑童子は今、ふたたび目覚める

〇〇


 蘆屋道満は、かつて恋焦がれた鬼に似た女性に見つめられ(実際は椿は睨みつけている)まさに夢心地のような気分だった。しかしそれは一瞬で終わってしまう。


 彼女がふらついたのに気づいて佐田に憑依している蘆屋道満は支えてあげようとした。しかし、その手は彼女に触れることはなかった。そして目の前で二人が見つめ合い何やら話し合っている。


『おい、近すぎじゃ無いか』


『そんなに近くで話し合うことなのか』


 彼女のそばにいる男を見ながら佐田は心にズシリと重くどす黒いものを感じた。そして、男がこちらを見据えてきたので佐田は目を細めて苛立ちを口に出した。


「お前、誰の許可を得て、彼女に触っている?」


〇〇


 糀は自分に質問してきた男に対して眉間に皺を寄せながら反論する。どうして彼女が倒れそうになったのか気づいていないのかと糀は男に敵意を向ける。


「倒れる人を支えるのに許可なんているのか?っていうかお前のせいで彼女転びそうになっただろ、気をつけろよ」


 ぐうの音も出ないほどのもっともな反論に佐田はまた目を細めて彼女に目を向けて謝罪をした。


「それはすまなかった、怪我はなかったかい?」


「…はい、彼が支えてくれましたので」


 心配そうに語りかけてきた佐田に椿は困惑しながら答えた。彼女が答えてくれたのは嬉しかったが、そのおかげなのが彼なのがとても不本意であるが、彼女に向ける優しい目つきとは一転、


「彼女を支えてくれてありがとう、私は彼女と話がしたいのでどこか二人っきりで話をしないか」


「おい、だから、彼女が嫌がっているのが見えないのか」


「私は君に聞いていないよ、どこか行ってくれないかい」


「奇遇だな、俺もだ」


 二人の間にバチバチと火花が飛び散るのを朝日たちは見た気がした。佐田は周囲を見てため息をつきなが口を開いた。


「ここは人が多すぎる、君はコーヒーとお茶どちらが好みかな?」


 独り言ではなく、佐田は椿に向かって話しかけているのだ。このような騒ぎを起こした張本人と誰が好きこのんでお茶をしたいと思うのかと椿は口元を引きつかせながら口を開いた。


「丁重にお断りする」


 椿はそう話すが佐田は話を続ける。


「そうかい、少し顔色が悪そうだね、どこかに休めるところが…」


「おい、お前の目は節穴か」


 佐田のマシンガントークを止めたのは糀の一言だった。不愉快そうに眉を潜めた佐田は横目で見た。


「君には関係ないだろう」


「関係ないとかじゃなくて、見てわからないのか。嫌がっているだろう」


「そんなことは…」


 話しかけると椿はこくこくとうなづいた。合歓はそれを見て彼女に深く同情した。過去に面倒くさくしつこいアプローチをされて困ったことがあった。そうゆう男は大抵、姉の香散見と兄の藤次郎の目に止まり、それ以降見ることはなかった。


『糀兄さん、怒っている…』


 いつも温厚で人当たりのいい彼があんなにも感情的になるのは家族以外にあっただろうか。糀のそばに立つ彼女がどういう関係なのか分からなかったがただ、糀と椿がただの知り合いではないと感じた。 


〇〇


 糀はそばにいる椿を見て話しかける。


「少し離れた方がいい」


 一緒に戦うと言いたいが、今の自分では足手纏いになると自覚した。椿は離れた瞬間に糀は力を解放した。


「はい、気をつけて」


 それと同時に佐田も同じように力を解放した、しかしその禍々しさに溢れる妖気の塊に糀は目を見開いた。


「お前どんだけの妖を殺した…」


 それに冷たく笑みを浮かべながら答えた。


「ああ、数えていないね」


「そうか、お前が少しでも良心があるなら手加減をしようと思ったが安心したよ。お前はまず死なない程度にぶっ飛ばす」


 糀は足を踏み出して佐田に殴りかかった。しかし、その拳は男には届かなかった。まるで透明な壁があるようで届く前に止まってしまう。


「お前の手は届かない、諦めろ」


 佐田は手を前にかざすと言葉を発した。


「縛!」


 その瞬間、糀の身動きが取れなくなった。体を動かそうと思ってもぴくりとも微動だにできない。


『動けねえ…っ』


 合歓は今起きている現象に見覚えがありすぎてまさかと目を疑った。妖気を発しているものは妖怪と相場が決まっていたからだ。


 この場に術ができる陰陽師がいることは珍しいことではない。合歓は男を観察した。どう見ても妖気を発している男にしか見えなかった。それも霊力がある男に妖怪が取り憑かれているのかと考えた時にストンと頭の中が整理できた。


『まずい、術を使う相手では私たち妖怪には不利…っ』


 合歓は糀に教えようと声をあげる。


「糀にい、あの男は妖ではありません! 何かに取り憑かれている人間です」


 念話にしなかったのはこのことを会場内にいる朝日、真澄、椿に知らせるためである。朝日、真澄、椿はその真実を知り目を見開いた。


『そうか、だから術が使えるのか、それじゃ、その取り憑かれているものを取り除けば』と三人は考えるが、


「それがわかってなんになる、お前も邪魔だな」


 佐田は手をかざした瞬間に合歓は素早い動きで自分の妖力を糸に込めていた、糸を手繰り寄せて攻撃をぶつけた。


「あや取り【つづみ】!!」


 合歓のスタイルは小道具を使うことが多い、糸を使うきっかけになったのは父である志郎が昔使っていたからだ。


 糸に妖気を込めると簡単にちぎれなくなる。練り込んだ妖気を糸状にして、全方位に追い込み、敵を拘束する。


「これはすごい、なかなか強いが私ほどではない」


 拘束したはずなのに、佐田は動こうとする様子はなかった。朝日は合歓の見事な手捌きに見惚れた。


「すごい」


「あれでは、まずいです」


 真澄のポツリとした一言に朝日は聞き返そうとした。


「どうゆう…?」


 その瞬間拘束していた糸が弾けとび、妖気の塊が合歓に襲いかかる。たまらず後方に下がるしかなかった。


〇〇


 動けなくなった糀は歯がゆい気持ちになった。無理に拘束を解こうとすると、ギシギシと骨がなる。己の無力感に苛まれる。


「くそ」


『俺にもっと力があれば』


 そう強く感じた瞬間だった。


『力が欲しいか?』


 どこからか声が聞こえた。朝日でも真澄でもない。周囲を見るが誰の声が分からなかったが、なぜか吸い込まれるようにある方向を見つめた。


 それは箱から取り出されたままの首からである。にわかに信じがたかった。けれどそれほど糀は切羽詰まっていた。そしてもう一度男の声が聞こえた。




『力が欲しいか?』




「ああ、欲しい みんなを守れる力が」


『そうか、俺の力を使え』


「わかった」


 糀は怪しむことはないと思ったのは直感だった。ただ純粋に助けたいという思いが彼から伝わってくる。


『俺の首を使うためにはあることをしなければならない、それは』


 首からされた指示に糀は目を見開いた。だが今の状況を打破するためにはそれしかないと即答した。


『朝日、話がある』


〇〇


 最初に糀の異変に気づいたのは朝日だった。一体誰と喋っているんだと思っていると、糀の方から念話で話しかけられて少し驚いた。


『うわ、どうしたの糀』


『朝日、お願いがあるんだけどいいかな?』


『お願いって?』


 糀がそのお願いを話していくと、朝日は思わず声を上げた。


「そんなことできるはずないだろ!?」


 いきなり激昂する朝日に真澄と合歓は驚いた。少し離れていた椿も朝日の挙動に少し驚いた。


「どうされたのですか、朝日様?」


「はぁ、はあ…っ」


 真澄が心配して駆け寄ってきても朝日は大丈夫だという余裕がなかった。それほどまでに朝日は突然の決断に動揺していた。


『そんなことできるわけが…』


『まだあの男は本気を出していない、今の俺たちでは捕まえるのは難しい、あの男が逃したら他のものたちはどうなるか』


 普段は子供のような口調がやけに大人じみしている糀に困惑しながらも、もっともな正論に朝日は言い返すことができなかった。


『だけど…』


 それでも糀の頼みに朝日はうなづくことができなかった。


「朝日、僕が変わっても、また僕を家族として受け入れてくれる」


「そんなの当たり前だろ…っ」


 朝日は俯きながらも答えた。糀がどんな気持ちで朝日に頼み込んでいるのかわかった。


『わかった』


『ありがとう、朝日』


「信じるよ、糀」


 朝日は俯いていた顔をあげて、前を見据えた。その表情にもう迷いはなかった。


『真澄と合歓さんはよく聞いて』


 今まで応答がなかったので反応があったことに二人はホッとする。


『一体何が』


 合歓が話しかけようとするが、朝日が話を進める。


『今から僕がすることを、僕と糀を信じて欲しい…』


「分かりました…朝日様と糀さんを信じます」


 即断だった。真澄の即断に合歓は異論はなかった。


「私も信じます」


「ありがとう…」


 朝日は刀を携えてある方向へと走り出した。糀めがけて向かっていき、刀を真横へと一線、鋭い斬撃が糀を襲った。糀の首が宙に舞う。遠くで誰かの声が聞こえた気がした。


『戻れ!!』


〇〇


 少年が彼めがけて走っていくのが見えた。それを刀を構えて、今にも振り払おうとした。


「待って、いったい何をするつもりで…やめて」


 朝日たちが念話をしていない椿はどういう状況なのか把握できておらず、思考がついていかなかった。そして少年の刀は糀の首を刎ねた。


「やめてーっ」


 椿の絶叫が場内に木霊する。パニックになった椿は朝日に刀を向けた。


「なんで、あなたたち仲間じゃ…っ」


 椿は朝日に今にも斬りかかろうとする、それを合歓と真澄は見逃さなかった。感情的になっている相手の背後を取るのはいとも容易かった。合歓は椿の首に手刀をして気絶させた。


「すみません、後で説明しますので」


 悲しそうに歪む椿の顔に合歓は申し訳なさそうに謝った。


〇〇


 いきなりの奇行に男は驚いて思わず笑った。


「はは、気でも触れたか。お前たちは仲間ではなかったのか?」


 おかしな光景にせせら笑っているとどこからが声が聞こえた。それは先ほどの少年から切られた男の首からだった。


「戻れ!」


 何を言っているんだと佐田は分からなかった。しかし、『戻れ』とどこに向かって叫いるのだと目線を泳がすと、それは落札された男が手に入れたいと思っていたものだった。男は奴が放った言葉の意味がわからないが嫌な予感がした。


 すぐさま実行に移した。佐田は首の元に駆けようとしたが目の前に人影が躍り出る。それは先ほどの首を切った少年と黒髪の少女だった。


「邪魔はさせません」


「そうですか、まだ若いのに私の邪魔をしたことが運の尽きです」


 佐田はニタリと口元が邪悪に歪んだ。しかしその数秒間のロスで勝敗を決した。糀は言葉を放った瞬間に首がどこかへと消えた。佐田はどこにと周囲を見た瞬間に首は忽然と出現した。それも私を懇意にしている女性の心を奪った男の目の前に。


「やめろ!!!」


 佐田の断末魔の叫び声が響きわたる。もの凄い勢いで奪おうとするも抵抗虚しく終わった。


〇〇


 声が聞こえる。懐かしい声が、ああ、そうか。糀はむくりと起き上がった。切られたはずの首が元に戻った。


 その瞬間、髪が赤く煌めき、ツノが大きくなった。そして閉ざされていた目がーー数百年の時を超えて今、ふたたび目覚めた。


〇〇


「お前らが邪魔をしなければっ!?」


 睨み殺してくるかのような怨念を邪魔をしてきた朝日と真澄にぶつけた。あまりの執念に二人は他白くが、妖気の塊を二人にぶつけると転倒した。


「ふん、あとはあの女性を」


 佐田は気づいた、先ほどそこにいたはずの鬼がいなくなっていることに。どこにと思い、周囲を巡らすと耳元で聞こえた。


「ここだ」


 そこには首を飛ばされたはずの糀が目の前に忽然と現れた。糀の拳が佐田に襲いかかる。


「ふん、残念だったな」


 佐田は妖気の壁に守られていた。一瞬焦るが、蘆屋道満はまだ笑っていた。しかし次の攻撃で決着をつける。


「そうか、なら、これはどうだ」


 糀が腕を引き、体からばちばちと電気が迸る。肉眼でも見えるほどの電気の凄まじさに蘆屋道満の表情に余裕がなくなり口元を引き攣らせた。障壁は物理攻撃は防ぐことはできるが自然現象である雷を防ぐことはできなかった。


「なんだ、それは…」


 光り輝く稲妻が佐田を襲った。妖気に覆われていた障壁は糀の電撃によりあっけなく無惨に散った。

次話の投稿は26日となります。

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