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第十六話:かつての天才陰陽師は異形と成り果て舞台の上で愛を囁く

〇〇


 最初に異変に気づいたのは司会者の一人だった。壇上にいると必然的に視線が高くなるので観客が不自然な動きをすればすぐに分かった。


「おっと、どうされたのでしょうか、落札された方を祝いに来たのでしょうか」


 新垣は観客たちを和ませようとするが、心の中ではそれどころではなかった。声を上げるのを必死に抑えるために自分を落ち着かせようとしていた。


『何やっているんだ、あの男は!? 酔っ払っているのか』


「酔いが回ってきたのでしょうね、どなたかお知り合いの方いませんか?」


 司会者の滑らかな口調に観客たちはくすくすと笑っていた。警備の男が舞台に近づいた彼に近づき声をかけた。


「さあ、お客様、移動をお願いします」


 だが彼はぴくりとも動かなかった。警備のものに口頭で注意されても微動だにせずに腕を上げてあるものを指を刺した。差した方向には先ほど落札された首だった。


「あれは私のものだ」


 しっかりとした声が会場に響き渡った。会場が静寂に包まれる中、新垣は彼になるべく事を穏便に終わらせるように配慮した。


「申し訳ありません、お客様、あれはもう落札が決まっていますのでお引き取りを」


 しかし、新垣がどう言葉を並べようとも、壇上から下がるように促そうとするが彼は動かなかった。警備の男は少々手荒な方法を取るしかなかった。


「お客さん、失礼しますよ」


 彼の肩を掴んだ瞬間だった。



「私の肩を触るな、下郎が」



 その瞬間に警備の男は2メートル近く吹き飛ばされた。警備の男は何があったのかと自分の体が浮いているのがわからなかった。しかし、自分の体が床へと落下した瞬間痛みで悶絶する。


「ぐわぁ!?」


 あまりの非現実的な暴力的な光景に、観客たちはたまらず堰を切ったように悲鳴をあげた。


「きゃあああ」


「み、みなさん落ち着いてください、すぐにこの男性は取り押さえますので」


 司会者の新垣は観客たちの恐怖を取り除こうとするが不安を取り除くことはできなかった。合歓は動揺している新垣に近づき声をかけた。


「すみません、この場はもう避難させた方がよろしいかと」


「も、申し訳ありません、すぐに終わりますので」


 といった瞬間に、もう一人の警備員の男が吹き飛ばされてしまったのを目の当たりにした新垣はすぐに思考を切り替えた。


「お、お客様はスタッフの誘導に従ってご退場をお願いいたします」


 震えながら司会者は声を上げてスタッフの指示を促した。司会として仕事を全うした彼に賞賛の言葉を送りたくなった合歓だが今の彼にいっても耳に入らないだろうと見送った。


 警備の者が次々と倒されていくとうとう一人がなす術なく倒されてしまった。買い手となる観客たちもいなくなり、残りは関係者のみとなった。


〇〇


 ようやく器が手に入る。邪魔するものたちを薙ぎ払い、一歩また一歩と足を踏み出していく。


「やめろ、お前何やってんだよ!?」


 佐多は足を止めた。視線を見下ろすと、そこには会場の外に誘導されたはずの友人、宮地がいた。


「お前、そんなことする奴じゃなかっただろ、もう誰も傷つけるな!?」


 宮地はただ友人の男を説得しようとしているだけだ。だがその言葉は佐田福太郎本人に届くことはなかった。


「悪いがここまでだ」


「…え」


 その瞬間に宮地はパタリと倒れた。その様子に合歓は目を見開き、すぐさま壇上から飛び降りて、その男性の元に駆けつけた。そして素早く首の頸動脈を指に当てた。血管が動いていることにホッとした。


 合歓と宮地は全くの赤の他人であるが目の前で人が死ぬのを悲しまないほど心が死んでいるわけではない。一瞬で眠らせたであろう早業をした男に合歓は静かに見据え皮肉を述べた。


「随分とお優しいんですね、お知り合いなのですか」


「ああ、この体の本当の持ち主のな、彼には色々と世話になったからな、私はそこまで残酷ではないよ。君は医学に精通しているようだね」


「…昔、父が医者の仕事をしていたことがありまして」


「そうかい、それでは私はあれを手に入れたらお暇せてもらうよ」


 佐田がまた歩き出した。合歓は倒れた人の容態を見るために壇上から降りたことに少し後悔した。


「いかせま…っ」


 あれを奪われる訳にはいかないと合歓はすぐさま壇上に戻ろうとするが、その場に誰かいたことに気づいた。そこには今までいなかった女性が壇上に立ち刀を翳していた。


「彼を奪いたければ私を倒してからにしろ」


 威勢のいい口上と共に、女性は芦屋椿は佐田を睨みつけた。その視線を独占していることに佐田に憑依している蘆屋道満は陶酔していた。



「ああ、やはり君と私は運命なんだ…」



〇〇


 椿は箱を開けられた瞬間にどうしようもない衝動に駆られた。大勢が拍手する中、椿の瞳から涙が溢れていた。


『涙…?』


 どうして初めて見たはずなのに、涙なんて流しているのかわからない。ただしばらく呆然と立つことしかできなかった。


 しかし、事態は急変する。若い女性が落札をして壇上に上がり、皆が拍手喝采する中、一人の男が壇上へと上がろうとしていた。その男は少し前に自分の腕を強く握って引き留めた人物ではないかと。


 椿は男が何故落札者ではないのに壇上に近づいているのか分からなかった。これは余興なのかと司会者の顔を見た時に動揺していることは明らかだった。



 例の男がどうゆう訳か落札されたはずの出品を自分のものだと言い出した。そして、警備員が男を止めようとするが、吹き飛ばされてしまった。明らかに人の力ではない芸当に椿は戦慄が走った。男が警備員に止められている間に壇上へと上がっていった。


 彼が何を目的としているのか分かった以上突っ立ていることはできずに壇上に上がる。そして男と目が合い椿は刀を翳して声を上げた。


「彼を奪いたければ、私を倒してからにしろ」


〇〇


 朝日と真澄と糀はパニックになっている観客たちを誘導していた。そして無事に会場から観客たちを避難させると三人は合流した。


「みんな、大丈夫だった!?」


「はい、何があったのでしょうか、とりあえず会場に戻りますが」


 朝日はキョロキョロとしているのに真澄は気づいた。幼馴染の安否を教えてあげると朝日は心底ホッとした顔をした。


「花月さんたちならあちらの方にいるので大丈夫ですよ」


「ありがとう、真澄! とりあえず会場に戻ろうか、糀も」


「うん」


 エレベーターは使えなくなっていたので緊急用の通路しか使うことができなかった。それで思った以上に時間をロスしてしまった。そして会場にたどり着いた先に見たものは…。


〇〇


 椿の戦闘スタイルは刀を使う近接戦闘タイプだった。鍛えれば鍛えるほど、自分が強くなっていくことが如実に分かればそれを極めようとする。なので男が何かの力で警備員の男たちを吹き飛ばしたのだ。椿は斬りかかろうとしたその時に男は当たり前のように躱した。


「ああ、おいたがすぎるよ、そんな一面も可愛いが」


 耳元で囁かれた椿は背筋がぞくりとした。それを聞きたくなかったが聴覚がいい合歓は至近距離で聞いてしまった椿に同情した。椿は男の甘い囁きが気色悪くてしょうがなかった。


「お前は絶対に私が捕える」


「ふふ、ああ、君に熱く見つめられると心臓の鼓動が止まらないよ」


〇〇


 朝日、真澄、糀は階段を駆け上がり会場に到着するまで数分かかった。そして入り口の扉を開けた瞬間に見た光景に三人は驚く。


 まず誰一人まともに立っているものはいなかったからだ。合歓は膝を立てて立とうとするのがやっとの感じに朝日と真澄は驚いたが、駆け寄った。


「合歓さん、どうしたんですか!?」


 いつも冷静沈着な彼女の姿しか見た子ない朝日と真澄にとって膝をつく姿は衝撃的だった。ここまで苦戦を強いる相手だったのかと、犯人と思われる男を凝視する。


『真澄、あの男は』


『…はい、人間に見えますが、明らかに妖気を纏っていますね』


『やっぱり』


 だとしたら陰陽局の結界をどうやって掻い潜ったのか気になったが、周囲を巡らしたことでようやく気づいた。糀がそばにいないことに。そして彼がいたのはもう一人の女性の方だった。


 朝日は脇目を振らずに糀が向かったのに少し驚いたが、不思議には思わなかった。その女性はふらついていたからである。何を話ししているのかわからないがただ糀は女性を心配しているのが伝わった。


〇〇


 糀は扉を開けた瞬間に状況を把握した。合歓のほかに誰かがいることに驚いた。そしてその女性が今にも倒れそうなことに、体が勝手に動いていた。倒れ掛かる体を糀は受け止めた。


「…誰?」


「悪い、遅くなって」


 疲労している椿の体を糀は優しく支えた。そして彼女をここまで追い詰めた犯人を睨みつけた。そして犯人の男と糀は目があった。


「お前、誰の許可を得て彼女に触っている?」


〇〇


 椿は近接戦で決めようとするが、相手はすんでのところで躱されてしまう。途中からあの品を落札した女性が参戦してきた。


「加勢をします」


 身のこなしにただの一般人ではないことがわかった。陰陽局主催のオークションなら、同業者がいてもおかしくない。


「お願いします」


 今は一人より、二人の方が心強かった。というよりも目の前の人物の情報が少なかったからである。普段は一人で陰陽局の仕事の依頼をこなしているが、グループで連携をしながらする仕事もある。なので初対面の相手でも大丈夫なのだが、


「ああ、君に見つめられると胸が張り裂けそうになる」


「そんなに僕を見つめてどうにかなりそうだ」


 椿が男を見れば見るほど、男は嬉しそうに喜ぶので調子が狂う。助力してくれる女性は無の表情で相手を見据えていた。


「あれは、あなたのお知り合いですか?」


「知りません、今日会ったばかりですし、誰かと間違っているのかもしれません」


 キッパリとバッサリと断る声音に合歓は困惑気味にうなづくしかなかった。


「それは、また」


 そしてたった数分間の間であるが、椿と合歓は怪我はすることはなかったが、主に精神的な苦痛を味わったのだった。ちなみに佐田はノーダメージである。

次回の投稿は24日となります。

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