第九話:遺志を受け継いだもの、その名は
そしていよいよ首作りの日々が始まった。
まずはどんな顔をしていたのかという話になり、酒呑童子は文献では大層乱暴もの印象が強く顔は赤ら顔で五本の大きな角を持ち、十五個の目を持つと記されている。
または黄色い目を持ち、手には大きな盃を持っている巨大な鬼で左右には女性を二人侍らせているなどなど。
しかし定信が考える酒呑童子は違った。
妖怪退治を専門とする武将が妖怪を守ってくれという遺言は後に影を落とすかもしれないのに、わざわざ残したのは何故か。定信が思い描いた顔を紙に書いていく。
太く凛々しい眉、大きな瞳など描いていきそれが完成した。出来上がったのを暁光に見せた。
「すげえじゃねえか、お前絵の才能があったんだな」
「そ、そうでしょうか」
小さい頃から紙で文献などを思いついたことを書き記しているうちに、絵の方にも興味を持ち始め、描いているうちにメキメキと上達した。あまり他人には見せる機会がないので暁光の褒め言葉に定信は照れくさそうに笑った。
「さてと、これでどこまで近づけるか…ちょっと一緒に出かけたいところがあるんだ」
「はい…?」
外出用に着替えた暁光を見た定信は驚いた。
「その格好は…」
狩衣ではなく、平民が着ているような格好と少し髪型が変わっている暁光に定信は違和感が拭えなかった。顔を顰める定信に暁光はおかしそうに笑った。
「今から行く所がちょっとな、そうだ、お前はこれをつけておけ」
何を渡されたかと思ったらお面だった。しかも顔全体が隠せる大きさのお面だった。どうしてこれをつけるんだと思ったが、暁光の言う通りにつけた。
門の前には乗り物である駕籠が用意されていた。籠のそばには胸板がたくましい男衆がおり筋肉が一向につかない定信は羨ましく思った。
そしてしばらくして駕籠の中で揺られることぴたりと止まった。気持ちのいい揺れに
定信はうたた寝をしていたことに気づき目を覚ます。
『寝ちゃっていた…もう着いたのかな…?』
「お〜い、着いたぞ」
「着きましたか?」
定信は声をあげて簾を上げると、たくさんの人でごった返しをしていた。その人の多さに定信は目を右往左往に泳がせていると暁光から話しかけられた。
「さてと、あいつの所のいくか」
「あいつって…?」
「この絵を元に作ってくれる人形師のもとにだよ」
「人形師…??」
初めて聞く職業に定信は興味を引かれた。そして暁光についていくとも門の前にたどり着いた。周囲を塀や堀などで囲っている場所のようで、まるで小さい時に見たお城のようで胸を高鳴らせた。
しかしその胸の高鳴りは徐々に別の意味となる。門の中に入っていくとそこは平屋が鮨詰め状態になっていた。その中で気になったのは人はいるのだが女性しか見かけないことだった。
それが気になった定信は暁光に聞いた。
「ここって女性しかいないんですね」
「ああ、遊女屋だからな」
「ああ、遊女屋…うん?」
今、暁光が放った言葉があまりにも自然でうなづいてしまったが、その意味になんなのか分からないほど定信は子供ではない。
「い、今 遊女屋って言いました!?」
「おう、遊女屋って言ったぞ?」
開いた口をぱくぱくとさせるがお面の中なので定信の表情がわからないが、動きが停止した様子に暁光は不思議そうに首を傾げる。
「もしかしてサダ、ここは初めてか?」
一応、偽名で呼んだ暁光に定信はそれに刻々とうなづいた。
「はい…っ、こんなところ母上に知られたら一体どうなるかっ」
知られた日には『一から修行をしなおしましょう、定信』と手には木刀を構えて視線だけで相手を殺すような瞳で対峙するのかと思うと背筋にブルリと悪寒が走った。その話を聞いた暁光は申し訳なさそうに謝った。
「定信の母上は凄いな…悪いな、成人しているから来ていると思ったよ。その時は俺もお叱りを受けるから、だけど俺より造形に詳しいのはここに住んでいるあいつしかないと思ってな」
まだ出てきたあいつという言葉に、ここまで来た以上もう後戻りはできないと定信は腹を括った。
たどり着いた先にあったのはひときわ大きい平屋だった。暁光は戸に向かって声をかけた。
「おい、喜三郎はいるか〜?」
暁光が放った男性の名前に定信は中には女性しかいないと思っていたが返事は返ってこない。もしかしたら誰もないのではなと失礼だが、耳を澄ますと中から聞こえたのは艶やかな女性の喘ぐ声だった。
「ちょ、いや」
「そこは」
「待って…」
明らかに中で何かをしている様子に思春期の定信は顔を赤らめて、ここで待っているのはまずいのでは抗議しようと思った。
「アキさん、ここにいるのは…っ」
「ふ〜、すっきりしたわ、喜子ちゃんの手もみは最高ね」
簾を開けて出てきたのは着崩した小袖を着た美人の女性だった。タレ目でうなじにかかった黒髪が妖艶である雰囲気を醸し出しているが、漢らしく腕を回す様子で相殺されていた。
「あら、アキさん、こんにちは」
「お〜、ナミ、久しぶりだな」
「喜三郎はいるか?」
「ええ、いるわよ 最近来てくれないから私、寂しいわ」
しなだれかかるように女性がやってきたが、暁光は特に動揺することなく微動だにしない姿に定信は感服した。
『自分であったら、狼狽えてどうなるか』
ナミと暁光の間を滑るように入ったのは黒髪の式神の少女だった。
「ナミさん、こんにちは」
「あら、こんにちは、真澄さん。あなたもいたのね、小さくて見えなかったわ」
「ナミさんは背が高くていいですね、でも足元に注意されたほうがよろしいですよ」
見えない火花を散らすかの如く、二人を止めたほうがいいのではとウロウロとしていると女性と目が合ってしまった。
「さっきから気になったけど、今日は可愛い連れがいるようだね」
定信を品定めするかのようにじっとナミは見つめると、暁光はその視線を遮るかのように立つとナミは少し驚いたように、そして目を細めて笑った。
「ああ、ここにようがあってな」
「そういうことかい…喜子ちゃーん、アキさんが来ているわよ〜」
簾を少し上げて、中にいる家主に声をかけた。
「それじゃ、私は行くよ…それじゃあね、ここに用が来る時が来たらお姉さんがたっぷりもてなしあげる」
定信に手を振りながら颯爽と去っていくナミに定信は惚けながら見送った。夢心地でいたが背後からドスドスという音と簾を勢いよく上がり出てきたのは、少し?大柄な女性だった。
「アキちゃ〜ん、ようやく会いに来てくれたのね、私寂しかったんだからっ」
大きな腕を広げて暁光を抱擁しようとしたが、するりと躱された。その運動神経に定信は思わず拍手をする。だがそれを見て何かのスイッチが入ったのか、口角を上げて目をぎらつかせた。
「もう逃げないでよ、逃げられると…捕まえたくなっちゃうじゃない」
いきなり低めの、いや男の声になりワキワキと手を鳴らす様子に定信は悲鳴をあげそうになっがたが、襲われている暁光は全然動揺しておらず慣れているような感じだった。
「今日はお前に会いに来たのは俺じゃなくて、こいつのためなんだ」
暁光が視線を向けると背後にいた定信に喜子と言われた女性?の注目を浴びるわけで、定信は逃げたくなったがグッと堪えた。
「あら、可愛い、食べちゃいたいわね」
ふふふと不敵に笑う喜子だったが、それを聞いた暁光は口を開いた。
「こいつに手を出したら、お前とは絶交する」
それを聞いた喜子は衝撃を受けたかのように硬直して肩を振るわせた。
「…そんなの、絶対に嫌よ!!? 絶対に手を出さないから、なんなら私の操まであげるから」
「それはいらないが」
喜子の愛の告白にバッサリと断る暁光に定信はただただ尊敬の念しか湧かなかった。そしてようやく本題に入った。
「さてと私に用ってのは何かしら?」
「実はあるものの顔を作って欲しくてな」
暁光が懐から出したのは定信が書いた酒呑童子の顔だった。それを見た喜子じゃなく、喜三郎の目つきが真剣な眼差しに変わった。
「あら、随分と男前なのね、この子の顔は」
「サダが書いたんだ、上手いだろ」
「あら、あなたとても上手ね」
暁光の得意気にいう姿と言われ慣れていない褒め言葉に定信はここにきて初めて気分が上昇した。
「腕がなるわ」
袖を捲り上げるとそこには見事な上腕二頭筋があった。
〇〇
あれから数ヶ月が経ち喜三郎の人となりを知った。髪は長く、背は暁光と同じくらい背が高いが筋骨隆々のたくましい胸板を持っている。喜子というのは彼が気になっている愛称であるらしい。
生まれつき、武家の三男として生まれ、言葉遣いも厳しく育てられてきたから男が女のような口調で言うなんて言語道断であるが、最初はどうしても慣れることができなかったが、彼の仕事、人形作りを見ていくうちに偏見や不安がなくなっていった。定信はできた顔を喜三郎に見せてうなづいた。
「こんな所かしらね」
首は完成し、まるで生きているような造形に定信は驚愕した。暁光はそれを見て喜三郎に感謝を述べた。
「ありがとな、喜子」
滅多にない暁光の呼び方に、喜三郎は顔を赤らめて口を開いた。しかしその要求は可愛らしさのかけらもなかった。
「お礼なら、アキちゃんと一晩…」
そこにタイミングを見計らったようにやってきたのは真澄だった。
「喜三郎様、汗をおかきだと思いましたので水浴びはどうでしょうか」
「ええ、ちょ、今、良いところなんだから」
「どうでしょうか?」
真澄の有無を言わせない威圧に喜三郎は残念そうに声を上げながらも、おとなしく川に連れて行かれる様子に定信は苦笑した。
「さてと、これからは俺の仕事だな」
今まで何もしてこなかったわけでなく首を作るためにいろんな文献や資料なども集めていたのだった。
そして、術式を完成させてそれを三日三晩唱えた。すると今まで人形のような白色が健康的な肌色になってきた。
「あともう少しで完成ってところか、ちょっと休んでくる」
「はい!」
部屋に残った定信は首と対面した。
「世の中何があるか分からないですね、あなたに言いたいことがあるんです」
その時、定信は手を合わせて念じた。
「ありがとうって」
その瞬間だった。今まで閉ざされていたはずの瞳がすっと開いたのだ。しかし、定信は念じていたので気づくことはなかった。そしてそのまま静かに目を閉じた。
それから一年の月日が流れた。首と体をつなげて同化させることに神経を注いだ。そして暁光がいつものように術式を唱えていると目を開けた。
その進歩に定信と暁光は喜んだ。そして次の瞬間だった。口を開けて今にも消えそうなか細い声を発した。
「会…いたい」
「え…っ?」
今なんて言った、会いたいと言ったのか…?もう一度聞き返したものの何もなかった。その代わりに涙を流していた。
「え、ええ、どうして泣いているの!?」
オロオロと困惑しているうちに涙が止まり目を閉じたのだった。一体何が起こったのかと暁光は定信は調べようとするが原因がわからなかった。
「会いたい」確かにそう言っているのが聞こえた。誰に会いたいのかを調べるがわからず次に目を覚ました時に聞こうと思い出てきた言葉は、
「うう、ああ!!」
「これは一体どう言うことですか」
昨日は一言だけでも話していたのに今見るとそこには赤ん坊のようにはしゃぐ大きい子供がいた。暁光は定信の驚く表情に申し訳なさそうに口を開いた。
「すまない、俺も手を尽くしたのだが、記憶を取り戻すことはできないみたいなんだ」
「!? でも昨日は」
「多分あれは体の方に残っていた、記憶の残滓だ。よほど強い念が込められていたんだろう」
「そんなことって…っ」
呆然とした定信に暁光は何を言うことができなかった。しばらくじっとしていると影ができていることに気がついた。なんだと思い上を見ると彼がこちらをじっと見ているのだ。
「うゔ、ああ」
彼が自分の頭を撫でていた。その仕草に定信は自分を励ましているようで涙が溢れた。
「励ましてくれているの?」
溢れてくる涙を彼は不思議そうに見つめていた。ここで諦めたくない。そう決めたらもう迷わなかった。
共に過ごしているうちに暁光と真澄が年を取らずにいることに気づいたのは、自分が30を過ぎた時のことだった。真澄は人間ではないので歳を取らないことはわかっていたが、周りの目が徐々に暁光を徐々に奇妙な目で見ることが多くなったある日、彼からある告白をされた。
「俺は人間と妖の半妖なんだ…」
「そうだったんですね」
定信はそれを聞いて納得したが、なんでもないことのように聞き入れる定信の返事に不思議そうに口を開いてきた。
「お前、怖くねえのか?」
「暁光さんを怖いと思ったことはありませんし、ってかもう何年一緒にいると思っているんですか?」
自分のことをどんな風に思っていたのかと憤慨する定信の最後の一言に暁光は嬉しそに笑った。
「そっか、そうだな、結構長い付き合いになったな、あの日から…」
「そうですよ」
「ねえ、何、話をしているの〜?」
二人が話をしていると彼が話しかけてきた。彼の名は糀と名付けたのは暁光ではなく、定信だった。二人は目を合わせて笑った。
「ふふ、内緒だ」
「ええ、ずるい」
子供ぐらいの知能はつくことができたが、それ以上発達することはなかった。定信が天命をまっとうしても記憶が戻ることはなかった。
芸術家の筆頭には狩野派があり、後に定信は狩野派に目に留まり、サダは愛称で、師匠である『暁光』から名前を取り名を『狩野定暁』と改め、絵師として芸術家の道へ突き進み、生涯を終えた。
〇〇
自分の中に流れてくる。定信が今際の際に残した思いの強さが。『会いたい』という彼の願いを叶えてあげたかった。
なんて献身的で優しい人なのだろうか。叶えてあげたい、この人の願いを。その時眠りから目を覚ました。
次回で久しぶりに現代の方へと話が戻ります…
何ヶ月ぶりかと思えば5ヶ月ぶり…( ゜д゜)
次話の投稿日はまた後日記載いたします。




