第四話:賀茂在昌の価値観
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真夜中、町の中を駆けていくものたちがいた。いや、一人のものを追っているのだ。そのものには人間にはあるはずの首がなかった。
しかし目の前に壁があっても飛び越えて、ぶつかることなく器用に走っていた。それを猛然と追いかけていたものたちがいた。彼らは陰陽師、妖怪を退治するものたちだ。
つい先日貴族の姫君の屋敷に首なし妖怪が忍び込んだ。その姫君は霊感が少しあったことが不幸となった。御簾の中に人影があり、姫君はそれを使用人の誰かと思い、御簾を開けるとそこにいたのはボロキレを纏った首なし男だったのだ。
「きゃああああああ」
姫君は堪らず金切り声をあげて卒倒した。叫び声に使用人が駆けつけるが影も形もなくそこには姫君が倒れているのみ。娘の悲鳴が聞こえて両親もすぐさま駆けつける。
「どうした、一体何があった!? 一体何があったのじゃ!!」
倒れる娘に父親は嘆き悲しむ。母は意識のない娘を見て気を失い、卒倒しそうになるが後ろに控えていた侍女は慌てて支えた。
「奥様、お気を確かに!?」
使用人たちは奥方の介抱に追われた。そして翌日になり姫君は目を覚まし、それに気づいた侍女は声をかけた。
「姫様、お気づきに…!?」
「…」
何やらモゴモゴと口を動かしているのに気づき、耳を近づけた。そして彼女が何を言っているのが分かった途端に顔色が青ざめた。
「これは大変! 旦那様に伝えないと」
侍女は姫君のことを他の女中に任して主人の元に急いで馳せ参じた。普段は走らないようにして歩いているが、今は一刻も争うと廊下を足音を立てながら駆けて、部屋の前で少し息を整えた。
「旦那様、急ぎお伝えしたいことが」
「おお、なんだ 姫が目を覚ましたか!?」
「姫様が目を覚ましたのですが…」
「それは誠かっ」
主人は目を見開き立ち上がり、娘の元に向かおうとするのを侍女が止めた。邪魔をする侍女になんだと眉間に皺を寄せる主人に侍女は先ほど姫君がつぶやいた一言を黙っていることができなかった。
「姫君はもののけを見たのかもしれません!!」
主人はぴたりと足を止めて侍女の話しに耳を傾けた。
「なんじゃと…?」
「はい、この耳でしかと…姫様がうなされているのを聞きました、首なしの物怪と」
侍女の青白くなる表情と震える声に嘘には見えない。主人はそれを聞いて背筋に寒気が走りブルリと肩を震わせた。にわかに信じがたいが信じるしかない。
「お祓いをしよう、いや陰陽師を連れてこい、誰か使いのものを出してくれ」
「かしこまりました」
主人の命令に側に控えていた使用人は返事をしてすぐさま陰陽師が在籍する陰陽寮へと向かった。使いのものは必死に駆け、門の前までいくと門番のものに文を渡した。
「朝倉家の使用人の五郎と申します。火急の件です。陰陽師にお祓いをお願いしたい!」
男のただならぬ様子に門番はうなづき奥へと消えた。数分後、門番と出てきたのは烏帽子をつけた水干姿の男性だった。男性は来訪してきたものをじっと見つめて挨拶で出迎えた。
「こんばんわ、火急でしたね。すぐに向かいましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「私の名は賀茂在昌と申します、以後お見知り置きを」
「よ、よろしくお願いいたします」
「それでは、参りましょう」
使用人でも賀茂家が妖怪退治の大家ということは知っていた。下人は初めて見る陰陽師に羨望の眼差しを向けた。その熱い視線に在昌は視線を逸らしたことに使用人は気づかなかった。
「ただいま、戻りました」
「おお、帰ってきたか この暗闇の中でご足労いただいて」
玄関には主人が待ち構えていた。前置きが長くなりそうだったのを在昌はそれを制止した。
「いえ、早速ですが姫様の状態を見てもよろしいでしょうか?」
「は、はい こちらでございます」
主人は挨拶の時間も惜しいと思っていたので在昌の言う通りに答えた。案内されると在昌は問題の姫のいる部屋に近づいていくとピタリと止まった。
『この妖気は、ただものではない』
在昌が止まったことに主人は不思議そうにこちらを見ていた。
「在昌様、どうかされましたか?」
「いえ、なんでもありません」
引き受けた以上ここで引き返すことは賀茂家の沽券に関わると虚勢を張った。そして御簾の中に入るように促されるとそこには布団の中で横たわっている少女がいた。額の上には氷嚢が置かれておりうなされていた。
「うゔ」
うなされる娘に父は必死に声をかけるが返事はない。いつもは健康的な肌色が病人のように青白い顔に精神的におかしくなりそうだった。
「在昌様、どうか娘をお救いください!!」
父親の懇願に在昌はうなづいた。
「わかりました、私が退治してご覧に入れましょう」
在昌は祝詞を唱えた。
「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」
高らかな声が妖気を祓っていく。その波動が振動していく。眉間に皺を寄せていた娘も、徐々に大きくなり安らかになった。その変わり様に主人は驚いた。健康的な寝息をする娘に主人は嬉しさは声が震えた。
「これで治ったのでしょうか…?」
「はい、強い妖気に充てられて体が拒絶反応を起こしたのでしょう。最初は粥とかの方がいいでしょう」
父親は在昌に向かい平伏した。
「ありがとうございます。なんと、なんとお礼をすればいいのか、娘を助けていただいて謝礼は弾みますので」
「ありがとうございます、少しで大丈夫ですので」
苦笑しながら在昌に答えた。暗に無報酬ではないことを伝えると、それは勿論と主人は何度もうなづいた。そして娘が助かり、精神的な余裕が出てきて気になったことを在昌に話しかける。
「あのお聞きしたいのですが、この原因は娘が見たもののけにあるのでしょうか?」
恐る恐る聞く主人に在昌はうなづいた。
「はい、妖気が原因でしたので」
「…と言うことは物怪が現れたら娘がまた同じ思いをすることに…?」
期待と不安が入り混じった眼差しに何を言いたいのか在昌はわかっていた。主人はまた平伏してお願いしたのだった。
「分かりました、その物の怪を退治しましょう、その分の謝礼をお願いいたします」
〇〇
それが首なし男を追いかけることになった理由である。在昌は一度陰陽寮に帰り、援助を求めると、近くにいた同僚のものが口を開いた。
「それでは暁光殿を呼んだ方がいいのでは?」
何気ない一言だが、在昌にとってのそれは禁句に等しいことに変わりはなかった。それに気づいた同僚の一人は小声で注意した。
「お前、それはっ」
それに気づいた在昌は微笑みを作り、礼を述べた。
「ふふ、お気遣いありがとうございます、この人数がいれば事足りるでしょう 本日はよろしくお願いします」
「は、はい」
在昌が去っていく姿に同僚はオロオロと動揺する。気づいていない同僚は自分が何を言ってしまったのかわからず在昌を去るのを見送ることしかできなかった。
「俺、何かまずいこと言っちまったか」
「その名前は先輩にとって禁句だぞ!」
「ええ、なんで暁光さん、優しくて当主のお弟子様だし」
「それは人によってはな、先輩は当主の息子なんだ、出世頭だった。暁光さんが現れるまではな…」
「ええええ」
それを聞いた同僚は在昌が先ほど見せた表情に納得して、顔がどんどんと青白くなる姿に同情した。
「どうしよう、僕左遷されるかな」
「まあ、大丈夫じゃないか。悪気があっていったわけではないから」
「そ、そうかな」
二人は歩きながら去っていった。その一部始終を在昌は物陰で隠れて聞いていた。在昌はそれで目くじらを立てるほど短気でも性格も歪んではいない。けれど思うところが彼にはあった。
賀茂暁光。
そう彼が十年前に現れるまでは自分が賀茂家の出世頭だったのだ。霊力、霊感も共に優れており幼い頃は神童と呼ばれていた。その自分を覆すほどの存在が忽然と目の前に現れたのだ。最初は良きライバルになるかと思っていた。
しかし彼とは決定的に価値観の違いがあった。それは貧富の差だった。陰陽局が依頼するものには必ず金銭、または物品で支払いし陰陽師がそれをおこなうのだが彼は違った。
次話は29日に投稿いたします。




