第二話:渡辺綱の不可思議なある遺言
〇〇
別れ際にダンから感謝の言葉を述べられた。今まで妖怪退治をしてお礼に高級な贈りものをもらうことは多々あった。けれど今までのどんなものよりも嬉しくて、胸が苦しくなった。
夕焼けに染まる空を仰ぎながら渡辺はあることを考えていた。自分はこれから何ができるのかと。赤の他人である、ましてや妖怪にこんなことをする義理などないはずなのに。
ああ、そうか…。
私は彼に生きていて欲しかったんだ。彼のような妖が多くいれば、人間は同僚は殺されなかったかもしれない。
それなのに私は彼に酷いことを言ってしまった。人間だったら良かったのにと、自分のエゴを彼に押し付けてしまった。
その瞬間どうしようもなく自分が許せなくなった。彼にどう報えればいいのか、考えに考えて、晩年を迎えた。
渡辺綱。嵯峨天皇を祖にもつ、源融の子孫で頼光の四天王の筆頭として知られる。しかしそんな輝かしい経歴を持つ彼に一つ不可思議な遺言を残して彼はこの世を去った。
それはこう書き記してあった。首なし妖怪を見つけて欲しいと、彼が困っていたら助けて欲しいとのこと。その首なし妖怪は首が無くなった酒呑童子のことを指すのだが、暗に渡辺は後世にそれを伝えなかった。
しかしその後、渡辺亡き後、ある思いがけない出来事が起きてしまう。
首は蘆屋家に厳重に封印され、体の方は一時、安倍晴明預かりとなり、その後数百年の間は安部家へと封印されていた。しかし、ある年の大地震で箱に封印されていた呪符が霞んで解かれてしまい眠りから覚めた体は飛び出した。体は首を求めて彷徨い歩き出した。
安部家の陰陽師たちはなんとか抑えようとするが、首はなくとも体は大妖怪の覇気を纏っており、並の陰陽師では相手にすることができずに、安部家の式神となった安倍晴明も抑えようとするが、式神となったばかりの彼では捕まえることができなかったのだった。
数多の妖怪を討伐してきた武将が何を言っているのか、親戚であっても理解することができなかった。
妖怪はそれほど恐れられた存在だったからだ。いつしか、この遺言は子孫へと語り継がれていった。
〇〇
時は戦国時代、世情の不安定化によって、室町幕府の権威が低下し、各地に戦国大名が台頭した。
各地の戦国大名が領土を拡大するであった。一方、渡辺家の子孫は時代の流れとともに四散した。その中で一風変わった人物がいた。その者の名は三浦定信。
三浦家は知力よりも武力に重きを置いていたので小さい頃から修練に励むように厳しく父や兄から教わってきた。しかし13歳の成人の儀が行われたある日、父から話があると言われ、広間に呼ばれた。
「定信、おめでとう」
「ありがとうございます、父上」
「座りなさい」
「はい」
定信は正座をすると父の有定がおもむろに口を開いた。
「成人の儀を迎えたものは男女問わずある遺言を伝えるようになっている。我が三浦家の祖である、渡辺綱様の遺言だ」
「!」
それは子供の定信でも知っていた。彼の英雄譚は子供の間では人気になっているぐらいである。知り合いの少年に渡辺の子孫だと伝えると、憧れや羨望の眼差しで見られることは誇らしかった。
その先祖の遺言があることに初耳で、興奮気味に顔を変える息子の顔に父は口元が綻びそうになったが、なんとか威厳を保ちながら話を続けた。
『彼が言っていた言葉はこうだ。首なし妖怪を見つけて欲しい。彼を見つけたらどうか守って、彼が困っていたら助けて欲しい』との仰せである』
その言葉を最後に沈黙が部屋中に広がり、定信は次の言葉を待ったが、父から発される言葉なく大きな目を瞬かせた。
「父上、それだけなのですか?」
「それだけ、以上だ」
早々に切り上げようとする父に定信は慌てて止める。
「ちょっと待ってください!? 色々と聞きたいことが首なし妖怪ってなんなんですか?」
「わしにも分からん、首なし妖怪がなんなのか。渡辺様は妖を見えていたかもしれないが、わしは妖怪を見たことがないからな…」
それもそうである。見たことがないものを説明できるわけがない。定信は「首なし妖怪」に俄然興味が沸いた。普通の子供であればそこで終わるかもしれないが、ごく普通の少年には変わった力、不思議なものを見る力があった。
〇〇
成人の儀が終わり定信は自分の部屋に帰ろうとすると上の兄二人に呼び止められて振り返った。
「定信!」
「あ、定継兄さん、頼定兄さん」
「成人おめでとう。これから、大人の仲間入りだな、しっかりと精進するように」
固い挨拶するのは長兄の三浦定継であり、着こなしもきっちりとしているがいつも眉間に皺を寄せている。
「これから、色々と教えてやるぜ、弟よ」
ちょっと砕けた物言いをするのは次兄の頼定である。下に弟がいるがまだ8歳なのでまだまだこれからある。
「で、どうだった 成人の儀は?」
面白そうに聞く次兄に定信はなんの事かとすぐに察した。
「はい、ご先祖様の遺言ですね、首なし妖怪を見つけるって面白そうですね」
定信は笑いながらいうと長兄の定継は一蹴した。
「妖怪なんて馬鹿馬鹿しい、そんなものいるわけないだろ、いくら大昔の英雄と言われていた方でも、きっと何かと見間違えたんだろう」
定継は眉間に皺を寄せながら向こうのほうへと歩いていった。その様子に弟の頼定はいつもより面白そうに見送るのを定信は不思議に思い首を傾げた。
「はは、兄上、あ〜見えて幽霊とか暗いところ苦手だからな」
「え、そうなんですか?」
「小さい頃よく夜中に起こされて、川屋に何回一緒に行かされたことか」
完璧だと思っていた思わぬ兄の弱点に定信は驚いたものの特に邪推することはなかった。それよりも気になることがあったからだ。兄の過去を面白そうに語る次兄に定信は聞いた。
「頼定兄上は妖怪ってのは…」
「はは、いるわけないだろ、いたらお目にかかりたいぐらいだ」
笑いながら長兄と同じ方向に去っていった。定信はポツンと取り残されたような気持ちになった。
『そうだよな、妖怪なんて普通は見えないよな…』
二人と違って定信は妖怪を見えることができたので見てみたいと思った。その首なし妖怪がどうしてご先祖様が遺言として残してまで守りたいのかを、そして何の当てもない定信の首無し妖怪探しが始まった。
武術の稽古をしているときはできないので、休みの時は街の中を探すが、妖怪は昼間に見つからない。妖怪は人がいない時に活動的になる。
ならば、夜中に家を抜け出して探すしかないと考えた。成人になるまで相部屋だったが、成人になり一部屋もらうことになったので色々と好都合である。
毎日出るといつどこでバレるか分からないので満月の日に出向くことにした。夜になると町の中でも明かりはなく、月の光だけが夜道を照らしていた。蝋燭も提灯もあるがあまり無駄にはできない。
妖怪にもさまざまな種類がいる。人間に害を及ぼすような妖怪もいれば、非力で可愛らしい小妖怪もいる。定信が会話を試みるのはもちろん後者である。
いそうなところに目星をつけて、地図などに描いていく。そこは大体神社や仏閣である。定信はひっそりと耳を澄ませているとどこからか声が聞こえてきた。
「今日は何して遊ぶ」
「俺、鬼ごっこがいい」
「私、おままごとがいいわ」
「僕はかくれんぼ」
まるで子供のように遊んでいる会話である。しかし、こんな夜中に子供を放置する親がいるわけがない。定信はひっそりと物陰から覗き込むとそこにいた。可愛らしい形をした小妖怪たちが見えた。
『いよいよこれの出番だ』
懐から出したのは自作で作った妖怪の面を描かれたお面である。普段は人から隠れている妖怪が驚かせないように持ってきたのだ。定信はいざと、お面にくくりつけた紐を耳に引っ掛けて前へと躍り出た。
「やぁ、僕も話に混ぜてくれないかな?」
小妖怪はいきなり出てきた乱入者に驚いたが逃げたりはしなかった。こちら側が敵意を向けなければ小妖怪は逃げたりしない。
「うわ、びっくりした〜 お前なんの妖怪だ?」
「僕はお面の妖怪なんだ、僕も仲間に入れてくれないかな?」
「いいよ、みんなもいいよね」
「おう、いいぜ〜」
それに呼応するかのように返事をしてくれた。定信は受け入れてくれたことに内心ほっとした。




