第三十四話:託された願い【前の巻・終】
〇〇
「…よかった、童子様」
また一人になってしまったかと思った。けど違った。まだ私は一人じゃない。そう思えただけで心が救われた。そしてその後の行動に渡辺は驚愕する。鬼が人間に向かい頭を床に擦り付けてきたのだ。それは平伏しているのだと渡辺はすぐにわかった。
「ありがとう、ありがとう…」
何度も感謝の言葉を述べていたのを渡辺は慌てて止める。
「っ…もういい、もういいから! 辞めてくれっ私はお前の仲間達を殺したんだ、恨んでもいいぐらいだ、なのに、お前はどうして恨まない…っ」
渡辺は彼の姿を見ていられなくて堰を切ったように声を上げるといばらは頭を上げて答えた。
「お前は正しいことをしたんだろう?」
純粋な瞳に渡辺は言葉を失いかけたが、目を逸らさずに答えた。
「…ああ、正しいことをした」
いばらは不思議そうに渡辺の顔の異変に気づいた。
「なら、どうして泣いている…?」
その時、渡辺の瞳から一筋の涙が溢れていた。泣いたのはいつ以来だろうか、新人の時自分を庇ってくれた同僚が殺された時以外泣いたことはなかったはずなのに。
「お前が人間であれば、きっと良き友人になれていただろうか」
渡辺からの思わぬ言葉にいばらは目を見開く。しかし、彼は途中で思い返したように首を振った。
「いや、忘れてくれ…これからまたある計画を実行しないといけないがそのために、君の力が必要だ」
「俺の力?」
「ああ、君と同じように酒呑童子もまた、あの男にとっては実験材料にしか見えていない。偽装工作はしたがいつまで持つか、それはわからない。君は酒呑童子に対してどこまで身を呈することができる?」
「全部…自分はどうなってもいい、煮るなり焼くなり、好きにしてくれても構わない…もう一人にはなりたくない」
全滅と聞いた時のことが脳裏に甦り、いばらの口元を震わせる。それに渡辺は目を伏せて口を開いた。
「…わかった、あなたには一芝居打ってもらいたい。改心して、蘆屋に協力的になる。あの男は喜ぶだろう、そしてその時私を襲うふりをするんだ…そして…」
その後に続く言葉にいばらは笑ってうなづいた。
〇〇
翌日男が現れた。
「やあ、おはよう 今日も元気かい」
今日もきっと無視されるだろうと気軽に挨拶をした。少し話をして帰るつもりだった。
「…ああ」
返事が返っくると思っていなかった蘆屋はたいそう喜んだ。その様子にいばらはなんだかおかしくなり少し笑ってしまった。その柔らかい表情に目を見開いた。
「君が私に話しかけてくれるなんて初めてだね」
「ああ…ここは、どこなんだ」
いばらは周りを見上げると嬉しそうに声を上げて説明した。
「ここは、京の都にある僕の、蘆屋家の離れになっている」
「そうか」
「ふふ、ようやく話してくれて嬉しいな、そうだ、腹が空いただろ、何か食べたいものがないかい?」
「そうだな…うさぎの肉がいい、新鮮な」
「わかった、急いで手配しよう」
いばらの注文に芦屋は喜び勇んで、バタバタと走り去っていく。うさぎの肉はすぐに準備された。とても柔らかく、脂肪分が少ない肉で、味は鶏肉に近い。それをほどよく焼いた香ばしさがいばらの鼻腔をくすぐる。うさぎの肉で空腹を満たしながら横になった。
『最後の晩餐はこんなもんか…』
〇〇
それから数日後、源頼光は蘆屋道満から宴を招待されて、誰を誘うかとまず近くに控えていた渡辺に声をかけた。
「渡辺、蘆屋からなんだけど、宴をしたいんだって、何か悪いものでも食べたのかな?」
本人がそばにいないからと言ってあまりにも失礼な言葉を放つ主君に渡辺は嗜めた。
「頼光様…」
「はいはい、お前は行くだろうから、碓井と卜部はお留守番ね」
渡辺の苦言を頼光はするりと躱し、宴には頼光と、渡辺と坂田の三人で向かった。庭先に用意されている酒の席には蘆屋道満といばらが待ち構えていた。頼光は思わず止まった。
「蘆屋様、来て早々なのですが、鬼の枷はどうされたんですか?」
頼光は捉えられている鬼の方を見て何も拘束されてないことに気づいて立ち止まる。それに蘆屋は眉を顰めた。
「枷なんて無粋なもの、窮屈だろう。彼は痛いと言っていたし」
その言い様に頼光は開いた口が塞がらなかった。主従契約もしていないかと聞くと、蘆屋は見るからに動揺しそれはこれからだと口籠った。その物珍しい表情に鬼が蘆屋をどう攻略したのか気になった。
「さあさあ、御三方席についてくれ」
頼光たちが席に座ろうとした瞬間だった。鬼は駆け出した。どこへいくのかと思いきや、それは渡辺に一直線にむかってきた。そして、あっという間の出来事だった。
ぶすり
鈍い音があたりに響き渡る。頼光と坂田は何があったんだと気が動転していて動きが止まっていた。芦屋は目を見開きながら口元を戦慄かせた。
「何を、何をしているーー渡辺!!!」
彼を襲ったのはいばらで、蘆屋にとって渡辺は眼中になかった。鬼が奇襲をかけたのが100パーセント悪いのだが、自分のものを傷つけられて黙っていることはできなかった。蘆屋が術を行使しようとした時だった。
「オン…」
「ちょっと、うちの側近に手を出したらただじゃ置かないよ」
頼光は刀に手を翳して目を光らせた。天才陰陽師、蘆屋といえど、将軍である頼光を近接戦闘で相手にするのはまずい。そのほかにも四天王の一人、坂田もいるのだから。悔しげに声を漏らした。
「ぐっ!?」
「だいたいちゃんと枷つけてないからこんなことになるんだよ。宴の席に呼ばれたと思えばうちの側近が襲われるし、怒りたいのはこっちの方なんだけど…」
頼光のキレ気味の言葉に蘆屋はぐうの音も出ず、反論することもできなかった。
〇〇
その話を胸を貫かれながら聞いていたいばらはなぜか笑っていた。渡辺はその表情を見て訝しんだ。
「…何がおかしい」
「いや、愛されているなって、思っただけだよ。お前に返してなかったんな」
「何を」
「お前が人間であればって、きっと友人なれただろうって」
渡辺は昨日のことを思い出す。
「ああ」
「少しだけ思ったんだ、人であればどれだけ良かったか、でも人でははなかったら私はもうこの時代に生きていたのだろうかって思ったんだ」
じわじわと刀が体を蝕んでいく霊気に、おびただしい血の量ががいばらの口から溢れていた。
「最後にお前のような人間に出会えた、良かった。…後のことを頼む…」
渡辺は胸を貫きながら、そして祓えの言葉を放った。
「急急如律令」
彼の体が清めの炎で焼かれていく。それを芦屋は焼かれていくさまを見送るしかなかった。その様子を拘束されていた蘆屋は黙って見ていることができずパタリと気を失った。
「ご主人様!?」
主人が倒れたことに蘆屋の使用人は慌てて介抱する。それを頼光はつまらなさそうに見つめた。
「後始末は彼がするだろうし…」
頼光は帰るぞ渡辺に言おうとしたが、口を止めた。渡辺は頼光の方を見送ることなく口にした。それを坂田は無礼だと思った。
「僕たちは先に帰っているいるから ゆっくりと帰っておいで」
「渡辺、その態度は」
「行くよ、坂田」
「ですが…」
「僕がいいって言ったんだけど」
「は、はい 申し訳ありません」
坂田の謝罪は頼光はうなづいた。
「それじゃあ、帰ろうか」
「かしこまりました」
頼光と坂田は戻っていき渡辺が燃えていく体をずっと見つめ続けた。どれぐらいそうしていたのかわからない。
ただ体が金縛りにあったように動けなかった。夜明けになり太陽が昇る。朝日がこんなにも眩しく感じたことがあっただろうか。渡辺はそのままゆっくりと帰っていった。
朝方になり、蘆屋は目を覚ました。起きた瞬間に庭先に向かった。そこには血痕とその中央には何かを燃やしたような灰が積もっていた。
昨日の宴の席のままであることにあれは本当にあったことだったのだと現実に眩暈がした。
「あ、ああ」
その時一際強い風が靡いた。目の前の灰が崩れ落ちる中、蘆屋は視線の先できらりとしたものが映った。なんだと思い彼は重い足取りでそこに向かった。それは宝石のように赤く煌めいていた。
ひとまず一区切りとなります。
いばらと童子・前の巻を最後まで読んでいただいてありがとうございました(^^)
見直してみて思ったのが現代の方は女子が多いのですが、反動なのか男性が多くなっていることに気づきました…(・_・;
後の巻は21日から投稿再開いたします。




