第三十一話:鬼神に横道なし
時間は少し遡る。いばらはふと目を覚まし縁側にいると足音がした。聞き慣れた音に横を向くと思った通りの人物がいた。
「童子様も眠れないのですか…?」
「ああ、お前もか?」
そういいながら童子はいばらの横に座った。
「はい、ちょっと気になることがありまして」
「気になること?」
いばらは山伏たちの中にある人物が気になっていた。その人物は自分の片腕を斬った人間に似ていたような気がしたのだ。だがそれを他のものに言えば山伏たちを怪しむことになるだろうといばらは黙っていた。
「きっと私の気のせいです」
「そうか、まあ今日は久しぶりにお前も飲んだからな、それにしてもあの一番若い男は相当できるな、一度戦ってみたい」
「童子様…彼らは修行をするためにこの山にやってきたのですよ」
童子の一言にたしなめながらいばらは可笑しそうに笑った。それに童子もまた笑った。その何気ない会話の数時間後に彼らと敵対することなど思いもよらなかった。
〇〇
月を見ながら童子といばらは談話していると誰かに見られているような気がして仕方がなかった。何とも言えない胸騒ぎに隣にいた童子に声をかけようとした。
「童子様…」
いばらは童子の顔を見ると眉間に皺を寄せて一点を見つめていた。その剣呑な表情にいばらは驚き訝む。童子も何かの異変に気づいているのかと思い口を閉じた。口火を切ったのは童子である。
「人の家に上がり込んで、盗み見とは無粋な奴らだな」
軽快な語り口調で話す童子に話仕掛けると、吹き出したような笑い声が聞こえた。それは隣にいるいばらではない。笑い声の持ち主は木陰からスッと出てきた。
「これは失敬…あまりにも二人が楽しそうに話をしているので、終わってから話しかけようと思いましてね」
童子は目を細めると、話を続けた。
「お前、山伏の男だな、なぜそんな格好をしている?」
男は目を見開いた。その姿は頭から黒頭巾をかぶっていて異様な姿だった。正体に気づかれるとは思っていなかったのだろうか、けれど童子はその人物が自分に話しかけてきた若い山伏の男だと言うことに直感した。童子は男から視線を外し、少し視線をずらした。
「もう一人いるだろ」
童子に指摘されると若い男は目をもう一度驚き、後方に声をかけた。
「ああ、もうバレているよ〜出てきていいよ」
すると他の木陰から出てきたのは若い山伏の男よりも体格がよかった。その人物はいばらが気になっていた人物だった。
「この者たちは一体…」
「ああ、こいつらは山伏なんじゃねえ、おおかた寝込みを襲ってきて見れば、俺たちが寝ていなくて手をこまねいていた違うか?顔を隠していもて誰だか分かるぞ?」
頭巾をかぶっていた男、頼光はおかしそうに笑いながら黒頭巾を脱いだ。そしてその顔に童子といばらは目を見開いた。そこにいたのは山伏の男ではなく目鼻立ちが整った美青年がいた。
「本当の顔はそんな面なのか」
「あ〜あ、やっぱりバレちゃうね。まあ、驚いたならそれでいいか。渡辺、意味ないってそれ」
童子といばらの驚く表情に頼光はほくそ笑み、後方にいる彼に頭巾を取るように言葉を放った。男は言う通りに頭巾を取った瞬間にいばらは驚愕した。
「お前は…!?」
いばらの驚く様子に頼光は堰を切ったようにおかしそうに笑う。
「久しぶりの再会だよね、まさか自分の腕を切り落とした相手に会えるなんて思わなかったでしょう」
「…なんだと」
いばらの片腕を斬った犯人に童子は渡辺に対し明らかな殺意を向けた。それに対し渡辺は立っているのがやっとだった。その悍ましい殺意の威圧に常人であれば卒倒していただろう。
「お前は俺の仲間を傷つけた、生きて帰れると思うなよ」
渡辺と頼光に攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。ぐらりと視界が歪んだ。童子の異変に気づいたいばらは声をかけようとした。
「どう…じ!?」
あまりの強い目眩に視界が霞み、思わず膝をついた。
「これは…っ」
それに頼光は嬉しそうに身振り手振りで嬉しさを表現していた。それに童子といばらは余計に苛立つ。
「ようやく薬が効いてきたね、いや君たちにとっては毒かな。少しずつ効いていくって効いていたから」
『薬…』
苦しげに話す童子の問いに頼光は答えた。
「まさかあの酒に何か入っていたのか…」
「ふふ、御名答」
そんなことあるはずない。盃は山伏の男たちも飲んでいたはずだ。ならば同じように効いていておかしくないはず。
「けど、あなたたちもそれを飲んで…」
「これは人間には効かない薬なんだって、すごいでしょ、僕が作ったんじゃないけどね、さてと、本当は正々堂々戦いたかったけどあんたらは強すぎるから」
頼光が手にとったそれは大きな太刀だった。月明かりの下で神々しい輝きを放っていた。源家から代々継承される名刀【安綱】と呼ばれている。安綱という名は伯耆国の大原の刀工から由来されている。
〇〇
『あれがあの刀がいばらの腕を切ったのか…あれはまずいな』
童子は隣にいるいばらに語りかける。
「いけるか」
「はい」
ふらつきながら童子に答えるがやっとで思考が定まらない。余裕のある頼光は隣にいる渡辺に話しかけた。
「さて、俺が童子の相手をするけど渡辺はどうする」
「あの鬼は私に任せていただきませんか?」
渡辺の願いに頼光はうなづいた。
「いいだろう、俺はこの鬼とやり合う」
「おい、勝手に話を進めるな お前らの相手は俺一人で十分だ」
童子の威勢のいいセリフに頼光は面白そうに笑った。
「それは普段の君だったらの話しだ。立っているのもきついはずだよ」
「ふん、これぐらいハンデがある方がいいだろう」
頼光に指摘された通りに立っているのもきつかった。眩暈がして額には冷や汗を滲ませた。
「童子様…」
ふといばらに呼ばれて童子は振り返った。
「なんだ?」
ぱしん
その時渇いた音がした。一体何が起きたのだと童子はわからなかった。童子の頬をいばらが引っ叩いたのだ。いきなりの挙動に童子は呆然としている。
「お前、何を」
「何を言っているのはこちらの科白ですよ、なんで一緒に戦うって言ってくれないんですか。…私たちは仲間でしょう」
いばらは今にも泣きそうな表情に童子は自分が先ほど言ったことに対して気付かされた。
「…いばら、そうだな。俺たちは仲間だ」
「ねえ、そろそろ始めてもいいかな」
頼光は二人の会話をどうでも良さそうにだが興味津々にこちらを見ていた。それに童子といばらは答えた。
「ああ、悪かったな、始めよう」
そう、合図を告げた瞬間に童子は手をあげると瞬く間に雲を呼び寄せ、ゴロゴロと稲光が轟く風が吹き荒れる。
「雷はまずいな」
頼光は上空を見て刀を鞘にしまった。感電する恐れのあるものを持っているわけにはいかない。そして懐にあるものを表に出してこれみよがしに見せびらかした。
「あまり使いたくなかったんだけどね、刀が使えないんじゃどうしようもないからね。渡辺、後の処理はよろしくね」
「かしこまりました」
容器の中にある液体を飲み込んだ。その時、風が匂いを運んで酒呑童子の鼻に届いた。それが何なのかいばらにも分かった。
「これは…」
その瞬間に童子の身体が遥か向こうへと吹き飛んだ。それは瞬く間の出来事だった。近くにいたはずなのに、いばらは目で追うことができなかった。
「童子様…っ!?」
あまりの衝撃に童子は壁に叩きつけられてしまう。酒呑童子の体重は背丈もあるのでそれなりにある。それをいとも簡単に吹き飛ばしたのだ。
「ああ、やっぱこれ加減が難しいよ」
「貴様っ」
いばらは頼光に攻撃しようとした時に近くに控えていた渡辺が現れ邪魔をしてきた。
「私のことをお忘れですか?」
「ぐ、まずはお前からだ」
いばらは懐にしまっていた小刀を取った。隻腕でも渡辺は侮ることはなかった。あの時初めて対峙した時にはいばらは渡辺に対し躊躇いがあった。しかし今は鋭い殺気が向けられていた。それに対し渡辺は目を逸さなかった。
「ええ」
土煙の中、人影が現れた。その人影は童子ではなく、頼光のものだった。そして頼光はこちらを振り向いた。信じがたいものを見るようにいばらは口元を戦慄かせた。
「それは…」
「ああ、これ 君たちと同じ、かっこいいでしょ」
頼光の頭には酒呑童子といばらのように角が生えていて、自慢するように指で差している。
「どうしてさっきあなたは人間だった…まさか、あれは」
いばらはそれが何なのかわかった。
「あはは、そうだよ、あれはね君の腕から採った君の血だよ。蘆屋っていう陰陽師が君の腕から血を研究したんだ。まさか一滴飲んだだけでこんなに力が漲るなんてね」
頼光は手に持っていた石のかけらを片手の握力だけで粉々にした。
「そんな、普通の人間が飲めるはずが…」
「そうだね、強すぎるから、だいぶ実験動物が死んでしまったと嘆いていたけど、蘆屋は嬉しそうに語っていたよ。それをあるものと混ぜたら君の血を弱らせることができたんだ」
「あるもの…?」
「そう、俺らの中にあるものだよ」
自分の体に手を当てているのにいばらは分かった気がした。
「まさか…」
「そう、そのまさかだよ。人間の血だ」
「そんなことしたら元の体に戻れなく」
「これは数時間しか持たないんだ、けど今の僕であればね」
愉快そうに笑う頼光と倒れかけている自分、目の前が真っ暗になった。どうしてこうなってしまったのか。違う。自分があの時腕を切られていなければこんなことにならなかった。こんなに戦っても金童子が他のものたちもくる気配がない。ここまで血の臭いがここまで漂ってくる。
「感謝するよ、茨木童子、こんなにいい贈り物、僕の愛刀以来だよ」
その瞬間駆け出していた。頼光に向かい、猛然と受かっていく。しかしそれを渡辺が受け止めた。
ガキン
刀と刀が激突する音が重なる。
「どけ!」
いばらの気迫に渡辺は負けじと立ち向かう。その瞬間渡辺の力がさらに強くなったのを感じ、力を抑えられる。
「退きません、あなたの相手は私ですから」
「ぐ、お前もまさか」
「私は飲んでいませんよ…他人の力で強くなっても嬉しくありませんから」
予想外の言葉にいばらは勢いを削がれた。
「私が強くなったのではありません、あなたが弱くなったんです」
渡辺は打ち払い、いばらの脇腹に強烈な拳を振り翳した。無防備だったいばらの脇腹に重い衝撃が走り、膝から崩れ落ちた。
『童子様…金童子…みんな…』
最後にみんなの姿が脳裏に浮かび、そのまま気を失った。その様子に頼光は拍手をした。
「さてと、それ、どうしようか、蘆屋は茨木童子が欲しいって言っていたし」
「頼光様、一つお願いがあります」
「どうした? 改まって」
頼光はいつにない態度の渡辺を不思議に思った。
「私にこの鬼を譲ってくれませんか…?」
思わぬ願いにおかしくて笑いそうになったが、渡辺の表情を見て笑うのをやめて逡巡し口を開いた。
「いいだろう、お前に譲ってやる」
渡辺が頼光のお礼を言おうとした時だった。
「さっきからごちゃごちゃと、何を話している…」
頼光と渡辺はその声にすぐ反応した。倒されたと思っていた酒呑童子がゆらりと立ち上がっていた。
「そいつを奪いたきゃ、俺を殺してからだ…」
燃えるような赤銅色の髪と爛々と輝く青い瞳に頼光と渡辺は背筋に悪寒が走った。先に正気を戻したのは頼光だった。
「さてと、渡辺、最終決戦と行こうか」
「…はい」
それから数時間の激闘の末、最後を制したのは頼光だった。頼光は勝ったものもう満身創痍で立っているのがやっとだった。
「はぁはぁ、僕の勝ちだ…最後に言い残すことはあるか」
頼光は童子に刀を向けて話すと、倒れ伏した童子はこちらを見上げながら口を開いた。
「鬼神に横道なし」
頼光と渡辺が童子が吐いた言葉の意味に絶句した。頼光は刀を振り落とすと童子の首はゴトリと落ちた。頼光は落とされた首を見ながらいつにない弱音を吐いた。
「…この世は弱肉強食、弱いものは淘汰されていく、ただそれだけのことだよ…楽しかったよ、酒呑童子」
「頼光様…」
渡辺は声をかけるが返事はない。それもそのはず、彼は目を開けたまま気を失っていた。それに渡辺は倒れないように支えながらある作戦へと移した。のちに酒呑童子を討ち取った刀は天下五剣の一つとして「童子切安綱」と呼ばれるようになった。
書き切りましたが、また直すかもしれません(・_・;
8月の投稿日程は近日中に活動報告の方に記載いたします。




