第二十八話:勅命
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鬼が夜な夜な屋敷に忍び寄り女性を攫っているという噂が流れ出した。その噂を流したのは誰だということは分かっていたが渡辺は今の自分でやるべきことを全うすることにした。
『鬼が毎晩若く美しい姫を攫って人の血を啜っているらしい』
『その鬼は大酒呑みで、顔が真っ赤で獰猛な牙を持っているらしい』
『大江山の麓には人喰いの里があるらしい』
『俺は人間を食っていると聞いたぞ』
『ああ、怖や怖や』
噂話が一人歩きして、夜は男であろうが人っこひとり歩かなくなった。部下からの報告を聞いた主君の頼光は面白そうに笑った。
「本当にどうして信じてしまうんだろうね、嘘なのに、まあ、いいや。僕は強いものと戦えればそれでいいから…さてと、帝からの勅命を賜ったし鬼退治の準備をしようか、渡辺」
「かしこまりました」と渡辺は事務的に答えた。
その後、人々を恐怖に陥れる噂のある酒呑童子を退治するように勅命を受けた将軍、源頼光は藤原保昌や家来の四天王(渡辺綱、坂田公時、卜部季武、碓井貞光)は山伏に扮して大江山を目指した。
大江山の麓に行くと村があり、頼光たちはそこに立ち寄った。そこは酒造りで栄えている里であり、噂とはあまりにもかけ離れていた。
里人たちはまさか頼光たちが山伏に扮しているとは思わないだろう。外から来た山伏たちを珍しそうに話しかけてきた。
「どちらの山に行かれるのです」
「私たちは大江山、修行をしようと思いまして」
「そうですか、それはいいところを選びましたね、大江山の童子様はお酒が大層お好きでして、会われた時はお酒を献上してもらえないでしょうか」
「…ええ、いいですよ、もちろん」
あまりにも無防備で警戒心のない里の者に渡辺が何かを言いかけたが、この後のことを思い逡巡し気持ちを沈めた。
頼光は酒を見て含みのある笑いをした。そして別れ際に酒を渡され立ち去った。川を渡る前に一人の女性が着物を洗っていた。その近くには小さな子供が二人遊んでいて、こちらに気づいて近寄ってきた。
「どこ行くの?」
「今から大江山に行くんだよ」
「童子さまのとこに行くんだね、気をつけてね」
子供は手を振りながら去っていく姿に同行する藤原保昌は手を振りかえして自らの疑問を呈した。
「あの噂が本当であれば大人や子供はあんな顔で笑っていられるだろうか…?」
それに答えたのは頼光である。
「その噂話を確かめるために、今から大江山に行くんだよ」
これから鬼退治に行くというのになんて平和な光景だろうかと子供達が遊ぶ姿に彼らが童子を慕っている言葉に渡辺は目を細めながら山奥へと突き進んでいく。しばらく歩いていくと屋敷の前にたどり着いた。そこで小妖怪が忽然と現れた。
「お〜い、誰か来たぞ」
「なんだ、お前?」
「どこから来たんだ」
いきなり現れた小妖怪に四天王は驚くがどうしたものかと思案していると無防備に近づく小妖怪の様子に渡辺は子供のように思え自然と話しかけていた。
「私たちは山伏で、この山で修行をしたいのですが、ここの主に挨拶をしたいのですが」
「挨拶? わかった!」
ニパッと笑うと小妖怪は階段を駆け上がりすっ飛んでいった。小妖怪が見えなくなったのを見て四天王の一人が口を開いた。
「渡辺、妖怪とよく普通に話せますね ああ、なんて悍ましい」
碓井が小妖怪が去っていった方向を薄汚いものを見るような目で見ながら侮蔑の言葉を吐いた。それを横で見ていた渡辺はここ最近思ったことだが口に出さなかった。
『私は人間の方が怖い…』
「任務中に私情は禁物ですので」そう返答すると碓井は感心した目で渡辺を見つめて、小妖怪に対する視線を逸らし、周囲に気配がないことを確認して口を開いた。
「それで協力者は中にいるのですよね」
「ああ、お待ちかねだ」
頼光は口元に笑みを浮かべて渡辺に返した。
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「来客ですか…?」
小妖怪から知らせを受けた副将の金童子は門前に向かうとと、山伏が五人立っていた。
「どうされましたか?」
「私たちは見ての通り修験者でして、国を巡っていたところ、里の方たちから沢山の話を聞き参ったところでございます。この山で修行をさせていただけないでしょうか」
金童子は山伏の言葉を聞いて、鷹揚にうなづいた。大江山は頼光たちが来る前も修験者で来るものは少なからずいたので不思議に思うことはなかった。
「そうでしたか、別に構いませんよ」
「ありがとうございます」
山伏に扮した頼光たちはお礼を述べて離れを借り、一通り敷地の案内をした。最後に長い廊下の前へと立ち止まった。
「奥はこの大江山の主である童子様の寝床ですので、くれぐれも行かれないようにお願いします」
念押しするような金童子の言葉に頼光、渡辺、坂田、卜部、碓井、保昌はうなづいた。敷地を案内し終わるその時だった。
「あれ、誰か来ていたと思ったら来客ですか…?」
男性の声に頼光たちは振り返り、そしてその人物を見て硬直した。黒髪に赤い瞳の鬼であるいばらは来客たちを物珍しそうに見つめるが、あまりにも彼らが凝視してくるので視線を逸らした。
「いばら、この方達はこの山に修行をしに来られたとのことです」
「なるほど、初めまして…何か困っていることがあれば何なりと声をかけてください」
四天王たちはいばらの言葉に大人しくうなづいたが、大人しくできなかった者が一人がいた。それが頼光だった。
「これはかたじけない、握手をしてもらっても」
渡辺たちは主君の挙動にギョッとしたが平静を装った。そうするといばらは何の躊躇もなく右腕を出してきた。
「ええ、構いませんよ」
頼光は部下の心労をよそに、いばらの片腕を見て口を開いた。
「腕はどうかされたのですか…?」
「ああ、私の不注意で、よくわかりましたね」
「いえ、人をよく見るのが癖でして」
「そうなんですね」
いばらは特に疑問は思わず追及することはなかった。というのも特に若い山伏の男は淡々と話しかけてきたので考える余裕がなかったのだ。話すのが苦手ないばらに金童子は気づき案内を終わらせるために離れに向かった。
「しばらくここを使われるとよろしいでしょう」
「何から何までありがとうございます」
渡辺はお礼を述べると、副将の金童子といばらは返礼し退室していった。
次話は28日に投稿いたします。




