第二十七話:渡辺綱とある人物との密談
渡辺綱はどうしても気になっていたことがあった。
あの鬼はどうして人間に向かって庇うような動きをしていたのか、渡辺は妖怪は退治するべき対象だと幼い頃から主君の源家に仕える家臣として育てられてきた。
過去に同僚が妖怪に殺された経験があり、妖はこの世にいなくなるべきだと、この手で妖怪を幾度も屠ってきた。しかしあれから何日も経つのだがどうしてもあの鬼を切った時の感触が生々しく残っていた。
普段であれば絶対に気にしないはずなのに、蘆屋道満があの腕をどうするのか気になった。蘆屋の屋敷は京の都にもあるが、使用人に聞くと主人は京の外れにある屋敷に向かったとのことで渡辺はそちらに向かうことにした。ある屋敷の門前までたどり着いた。
『ここであっているのか…?』
見るからに人が住んでいるとは思えないボロ家に目が泳いでしまう。人ではない何かが住んでいるような雰囲気に眉を潜める。
『住まいにしている屋敷ではないとはいえ、ここを使っているのか?』
やはりあの男は苦手だと渡辺は感じて、一度帰ろうとしたそのときに微かな声が聞こえて渡辺は咄嗟に身を隠した。
こんな夜更けに誰だと思い身を潜めているとその声が持ち主が近づいてきて渡辺はその人物を見て我が目を疑った。
『妖怪…!?』
渡辺がどうしようかと思ったが、蘆屋道満はあの大陰陽師安倍晴明と術で競えるほど名高い術師だ、あの小物程度に負けるはずがないと平常心を保った。
それよりもどうして妖怪がここにと渡辺は隠行の術を使い屋敷へと入った。すると蘆屋と妖怪の話し声がした。
最初は聞いているだけだったが、腕の話しになり渡辺は耳を澄ませた。そして芦屋が何を狙っているのか目を見開いた。
芦屋と妖怪の話が終わり、二人はどこかへと消えていった。気配がなくなっても渡辺は呆然としていた。
あの鬼の弱点が人間だと…。
どういうことだ。
人間は鬼より遥かに弱い生き物だ。それに育てられていたとは。自分は妖怪は嫌いだ。だけど今の話を聞いて、あの鬼を退治できるかと聞かれるとすぐに答えられないだろう。蘆屋が妖怪と共謀していることを主君である頼光に打ち明けるか、否と即座に辞めた。
彼はそれを聞くと面白そうだといい、蘆屋に協力してしまうかもしれない。ただでさえ検非違使の蘆屋家と摂関家の警護をしている源家は懇意にしているのだから。
『従者である私では主君を止められない、ならば蘆屋道満を止めることができる人物…』
その時にある人物が思い浮かんだ。あまり面識はないが考えている余裕はないと渡辺はそのままその足で陰陽寮に向かった。陰陽寮はそれぞれ役職があり、占い、天文、時、暦の編纂の外の他に妖怪退治を生業としている。
なのでたとえ源頼光の四天王である渡辺綱であっても夜更けに入ることは難しかった。普段であれば文などで使用人に送らせて、返事を待つものなのだが事は急を要して手段を選んではいられなかった。そんなことを知るよりもない門番のものに止められて困っているとー
「何かあったのですか…?」
その声に渡辺は目を見開いた。
『この声は…っ』
〇〇
声をかけてきたのは一人の老人だった。けれど渡辺はその人物が只者ではないと知っていた。門番もその人物を見て慌てて挨拶をする。
「これは陰陽頭、こんばんわ」
「こんばんわ、何か話をされていたようですが」
「いえ、この方が陰陽頭とお話をされたいとのことですが…」
「私はもう陰陽頭ではないよ…後継者である吉昌がしている。そなたも名前で呼んでいいと何度も言っているのに」
「貴方様を名前で呼ぶなど恐れ多くて…」
門番は身振り手振りの全身で拒否をする様子に晴明は苦笑するしかなかった。その様子に渡辺はどうしたものかと傍観する。
晴明は渡辺の顔を見ると思い出したように表情を変えた。今はシワが目立ってしまっているが昔は相当の美男子だったらしいと端正な顔立ちであることが窺える。
「ああ、思い出した…今日はお話をするはずでしたね、最近もの忘れがひどくてもう年かの…」
自分の歳を嘆く様子の晴明に門番がオロオロとしていると渡辺の方を見て何度か瞬きをしていることに察して話を合わせた。
「思い出していただけてよかったです。入ってもよろしいでしょうか」
門番に確認するとすぐに了承されて入ることができた。中に入り、晴明は話しかけようとすると、
「ここでは、話しにくいでしょう。ついてきなさい」
そこはあの大陰陽師が住んでいるとは思わない質素な造りの離れがあった。晴明は室内にある蝋燭に火を灯した。
「さてと、君がここに来ることはわかっていた」
「え、なぜわかったのですか?」
「占いは専売特許でね、また君は色んなものを引き寄せることを知っていたからね」
色んなという含みのある言い方に渡辺は苦虫を噛み潰したような顔になった。それに晴明はおかしそうに笑った。
「晴明様、笑いすぎです…」
渡辺は指摘すると晴明は口元を隠しているが、目元がいまだに笑っているので渡辺は埒が開かないと憮然とした表情をした。
「いや、すまない…さてと、話を戻そうか、その色んな者の中に私がよく知る人物がいるようだね」
「はい、蘆屋道満様ですね…」
その人物の名前に渡辺は口に出すのも憚られたが口に出した。渡辺の表情に晴明は苦笑しつつ話を続けた。
「彼とはもう五十年来だからね、最初に出会ったのがまだ私が幼かった時のことだ。当時彼が若き天才で名高い術者と呼ばれたある日術比べをした。結果は私が勝ってしまい、彼の誇りを傷つけてしまったようで…それから何回も私にしつこく挑んできてね」
あの男に執着されてさぞ苦労されただろうと何度もなづき、それを聞いて渡辺がまず不思議に思ったのは蘆屋は二十代、三十代の外見だが、目の前の安倍晴明は六十代である。
「君が何を思っているのかわかるよ、若さの秘訣がなんにせよ…私は人として真っ当に余生を過ごそうと思ってね」
何かを思い返すような儚く感じるほどの微笑みに部外者である自分が追求するべきではないと思い踏み留まった。蘆屋は何か外法の術に手を出したのかと考えたが、今は別のことに時間を割いている余裕がなかった。
「さて、君がここにきたのはあの男に関わることだね」
「はい…」
渡辺は包み隠さず話した。ある鬼の腕を切ったこと。そしてつい先ほどある妖と彼が何かを企んでいることを。
「なるほど、それで君はその鬼をどうしたい?」
晴明にそう聞かれた渡辺は退治するべきものとして恥ずべきことかもしれない。けど、性格上、嘘や曲がったことは嫌いでそれは自分に対しても同じだった。そう思ったら口から言葉が出ていた。
「あの鬼を助けたい…」
渡辺の本音を聞いた晴明はある提案をした。
『これはあなたにしかできないことです』
次話は26日の投稿いたします。




