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第二十六話:もう後戻りはできない

〇〇


 なんとか歩くことができたのは酒呑童子が本気で殴っていなかったからか、本気で殴っていれば自身を木っ端微塵にされていただろう。いっそそうなって欲しいとさえ思ったがそれが叶うことはなかった。


 自分で居場所をなくしてしまった。


 なぜ自分の本音を抑えられなかったのか、気がついていたら口を開いていた。茨木童子の驚いた表情に酒呑童子と金童子から知らされていなかったのだろうと可笑しくて笑った振動で痛みに響き口元が引き攣った。


 彼らと一緒にいればいるほどただ耐えられなかった。あそこにいるとことが。あの眩しい空間にいることが。


 行く当てもなかった犬神は立ち往生していると遠くから声をかけられて振り返った。


「ああ、よかった、まだ近くにいて」


 まさか追いかけてくる者がいると思わなかったので犬神は呆然とした。縄張りの中で話をすることはあったが、特別仲がいい関係ではなかったからだ。話しかけてきたのは犬鬼(けんき)だった。


「お前は…」


「はい、私は以前、犬神様に危ないところを助けていただいた者です、お怪我の方は大丈夫ですか?」


「ああ。歩けるくらいはな」


「そうですか、それはよかった」


「いいのか、追放された私に話しかけて」


 声をかけてくれたことに嬉しくないわけではないが自分は先ほど追放されたばかりである。こんなところを縄張りのものたちに見られたら糾弾されかねないと彼の身を案じたが、


「私のような小妖怪を誰が咎めてもなんの得にもなりませんよ」


 大袈裟に手を振った犬鬼に自分よりも体は小さいのに神経は図太いらしいと少し感心した。


「実は追いかけたのも、犬神様にご紹介したい者がおりまして」


「紹介したい者…?」


「はい。その方は京の都の外れにおります」


 他に行くあてもない犬神は暇つぶしには丁度いいかと軽い気持ちで犬鬼についていった。京の都のハズレには崩れかけたボロ屋があった。いかにも何か出てきそうな雰囲気があった。大江山の縄張りにある屋敷が綺麗すぎて比較にもならない。


 こんなところに誰かが住んでいるのかと思ったその時だった。微かに気配がした。それは自分が嫌悪している者の気配だった。自分の考えが外れていて欲しいと願いながら先導を歩く者に尋ねた。


「犬鬼…」


「はい?」


「お前が会わせたいのはもしや人間ではあるまいな」


「ああ、言っていませんでしたね、彼は人間で…」


「お前、私が人間嫌いだと知っているだろうっ、私を騙したのか!?」


 どうして縄張りを追い出されたのか知っているはずだろうと、激昂する犬神は犬鬼を問い詰める。


「そんなつもりじゃ…」


「おやおや、外が騒がしいと思えば、何事かな?」


 犬神は人の声に警戒心を強めた。そしてボロ屋から人影が出てきたその人物はボロ屋に住んでいるとは思えない着物を纏っていた。その顔立ちが綺麗で細目だった。犬鬼はその者に膝を折って恭しくお辞儀をした。


「主様、ただいま戻りました」


「ああ、おかえり、それで僕に用件とは何だい」


 犬神は自分の目と耳を疑った。今、彼は何を言ったのかと驚きで言葉が詰まる。呆然としている犬神に犬鬼は気づいた。


「今、なんて言った。主様って、どういう…」


「ああ、これは申し訳ありません、私は主人様…蘆屋道満様の式をしております。犬鬼灯(イヌホオズキ)と申します、以後お見知り置きを」


 先ほどの怒りはどこかへいき、何事もないように無邪気に笑う少年の姿に犬神は犬鬼に対し初めて不気味さを感じた。


「お前は妖怪じゃなかったのか…」


「そうですね、ただ私は人でもありませんし、妖怪でもありません。ただ私は主様によって造られた式神ですので」


「式神…」


 犬神と犬鬼。


 名前は似ていて、どこか親近感を抱いていた。それもそのはずである。彼は人間によってこの世に生まれたのだから。


 犬鬼の正体に犬神は驚いて言葉も出なかった。主人と言われた男は飄々としていて弱そうに見えるが底知れない感じにここからもう逃げ出すことはできないだろうと察した。


 目の前にいる人間の男は一瞬で自分を殺すことができるだろとそういう予感がしたからだ。


「俺に何をさせたい」


 諦めたように息を吐く犬神に道満は口元に笑みを浮かべる。


「察しがいいね、君 少し待っていてくれ」


 奥の部屋に戻っていきいそいそと戻ってきた。その両手には大事そうに木の箱を抱えていた。そして箱の蓋を開けると中身のものを見せびらかした。それに犬神は驚愕した。


「それは…!?」


 そこには人の片腕があった。そしてそれは数珠によって封じ込められていた。その片腕の人物に犬神は一人だけ思い浮かんだ。


「それは茨木童子の片腕か…!?」


「ほう、この腕の持ち主は茨木童子というのか?」


 名前が分かり道満はまるで子供のようにはしゃいだ。


「これ、一応借り物でね、でも一番のお気に入りなんだ、本当はすごく欲しいんだけど」


 うっとりとしている道満の表情に犬神は口元が引き攣った。そして犬神は気づいてしまった、自分がどうしてここに連れてこられたのかを。


「俺をここまで連れてきたのは情報か」


「ふふ、やはり君はいい。弱い妖怪はすぐに捕まえることとはできるんだけどね、僕の研究に耐えることができなくてね…なら強い妖怪はどうなのかって探しているんだけどなかなか見つけることができなくて、困っていたんだよ。そしたらこの前、源の家に行ったら渡辺という男がこれを持ち帰ったんだ。それに一目惚れして、運命だと思ったよ」


 一気に捲し立てる道満の様子に犬神はげんなりとして思わず近くにいる犬鬼に話しかけた。


「いつもこうなのか?」


「はい、いつもこうです」


 これが日常茶飯事なのか、なんでもないことのように話す犬鬼に犬神は話す気力を失った。


「それでだ、私はこの腕の持ち主にぜひ会いたいのだが」


 ちらりとこちらを伺う様子に犬神はそういうことかと察しがついた。


「残念だが、それは難しいだろう、それに俺は追い出されたから尚更だ」


「そうか、難しいか、追い出されたのなら私のところにくるといい、衣食住は保証しよう。その代わり、茨木童子の情報を教えてくれないか」


 ただ情報を話すだけで自分の身を守れるのだ。こんなに身持ちが良さそうな金蔓はなかなか見つからないだろう。性格は難ありだが。


「それなら教えよう、茨木童子の弱点を、あいつの弱点は人間だ」


「人間? 茨木童子は鬼なのだろう?」


「ああ、茨木童子は人間に育てられたらしく、人間と共存できると思っている。他のものもそうだ、人間に対して無防備すぎる」


 人間である道満はそれに害することなく淡々とうなづいた。


「なるほど、他には?」


「縄張りのいるすべての妖怪など把握している、他には…」


「そうか、ならば簡単だ」


 その話は夜明けまで続いた。道満があやしく笑う度に犬神はぞくりと悪寒がしたもののもう後戻りはできないと腹を括った。


次話は24日に投稿いたします。

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