第二十三話:渡辺綱との邂逅と初めての敗北
今日もまたダンに会いに行くと、友人の彼はいつものように酒と肴を用意して待ち構えてくれていた。談笑すること1時間くらいが経っただろうか、そろそろお暇しようとした時にダンからの言葉に耳を傾ける。
「それじゃあな、帰る時には気をつけろよ」
妖の自分を心配してくれるダンになんだかくすぐったくなった。けれど神妙な表情をするダンの言葉がなぜか気になり尋ねてみた。
「何かあったのか?」
「…最近、京で人が襲われているらしいんだ」
「それは妖怪か?」
あの後からもう狒々の姿は見ていないので瀕死の重傷のままではもう動くこともできずどこかで野垂れ死んだのだろうといばらは思っていた。まさか生きていたのかと一瞬焦ったが、それにダンはすぐに首を横に振った。
「いや、人間が人間を襲っているんだ」
ダンが言った言葉を反芻するが、いばらは理解することができずに首を傾げてまた聞き返した。
「…なんだ、それは?」
「俺もよく分からねえが、検非違使の者たちも手を焼いているらしい、早く捕まってほしいがな」
「わかった、ただの人間であれば俺が負けるはずがない」
心配そう見送る友人にそう笑い返しその場を後にした。京を駆け抜けていく中、ダンの言っている言葉が気になり、少し見回りをしていこうとしたその時だった。
向こうの方から叫び声が聞こえた。声からして男性だとわかった。現場にはいばらの俊足ですぐに駆けつけることができた。
夜だと分からないが、月明かりがあるので、うっすらと見える。鬼であるいばらには問題ないが。そこには二人の人影があった。人が馬乗りにされていて拳で殴られていた。地面に叩きつけるように鈍い音にいばらは眉間にしわを寄せる。
「やめ、やめてくれ…っ」
男は半べそになりながら許しをこいている。けれど馬乗りにしている男は止めようとしなかった。どんな事情であれ戦意がない相手を一方的に殴る行為、それに見過ごすことができなかったいばらは殴る前の振り上げた手首を掴んだ。
「おい、いくらなんでもやりすぎだ」
そう言って拳を下ろさせようとするが腕を下ろそうとしなかった。そして自分の腕を掴んできたいばらをぎっと睨みつけた。そこで目が合うといばらは襲いかかっている男の異変に気づいた。
『こいつ、正気を失っている!』
馬乗りしていた男は殴りかかっていた男からいばらをターゲットに変更してきた。
「ぐるるるっ」
まるで獣のような唸り声に本当に人間なのかと思った。角も生えていないし、妖気も感じなかった。こうなればいばらは仕方ないと強硬手段=気絶させるしかないと考えた。
突進してくる男をいばらは、ほおに拳を叩きつける。防御していないためまともに受けた男は吹っ飛び地面に叩きつけられてそのまま気を失ってしまう。一応手加減はしているが、その後に死んでないかを確認していばらは一息ついた。
『やはり、こいつは人間だ…』
なのにあの感じはなんだったのかいばらは分からなかった。すると視界の端で何か動いたのに気づいた。いばらは襲われていた男に声をかけた。
「おい、大丈夫か…?」
襲われた男は気が動転していて震えながら口を開いた。
「わかんねえっ、ここを歩いていたらいきなり襲われたんだ…助けてくれてありが…」
そこで男はようやくいばらの方を見た。そしでこれでもかというくらい目を見開き叫んだ。
「化け物!!」
男は無我夢中で走り去り、遠くへと行ってしまった。突然言われた言葉にいばらは驚きはしたものの、走ることができたのかと逆にホッとした。
だがそれが彼にとっての最悪の呼び水になってしまったことをいばらはまだ知らない。
〇〇
渡辺綱はその日、夜の見回りの当番だった。近々妖ではなく人間が暴れ出して検非違使も手に追えない状態になっていた。
そこに駆り出されたのが渡辺綱だったのだが、狒々を瀕死に追い込んだものを探して早数日が経ち、気が短い頼光は早くも飽きたらしく「今日は渡辺が行ってきて」と軽い一言で見回りをすることになったのだった。
小さい頃から仕えてきた主君だが、彼の自由奔放な性格は熟知している渡辺は特に苛立つこともなく気持ちを切り替えて部下を指示を出しながら一人で歩いていると、
「化け物!」
男性の叫び声が聞こえた瞬間に全速力で駆け出した。そして辿り着くとそこには一人の人影があった。そして立っている人影と目と目が合い驚愕した。
「赤い瞳…」
赤い色で太陽や護摩壇で焚かれる炎以外にこんなにも美しいものが自然のもの以外であるのかと見惚れた。そしてその人影の頭には角があったことに渡辺は自我を取り戻し携えている刀を素早く抜き取った。
「鬼!」
〇〇
いばらは男が逃げ去っていくのを横目にその後少し見回りをしてから帰ろうとしたその時だった。鋭い殺気と斬撃に後方に飛び退いた。
カタン
橋の上に飛び降り立つと自分が先ほどいたところに誰かがいた。身なりは町の人が着ているものよりしっかりとしており、服の素材もいいものだとすぐにわかった。
『こいつが殺気を放ったのか…只者ではなさそうだ』
突然現れた謎の男に逃げきれないと感じたいばらは応戦することにした。いばらは懐にあった小刀を出した。そして男は持っていた太刀に手を翳した。
「参る」
男は口上を述べると切り掛かってきて、いばらはそれに持っていた小刀でそれを逸らすと甲高いキーンとした金属音が辺りに響いた。
男はまさか流されるとは思っていなかったのか目を見開いていた。この戦いが1時間近くの激戦になることをいばらは予想してなかった。
『こいつ、強い!』
なんとか小刀で受け流してきたものの襲いかかってくる男の様子は疲れた様子が見えない。焦りを募らせたいばらが後方に下がろうとした時だった。
人の声が聞こえた。追ってくる男は気づいていないだろう。いばらはその太刀を受け止めようとした。
しかし、それが悪手となってしまう。小刀では太刀を受け止めることができず、刃は折られてしまい太刀はいばらの腕をざくりと切り落とした。
「ぐわぁぁぁ!?」
いばらの悲鳴に後方にいた男はなんだと驚き声を上げた。そして月明かりの下で腕を斬られたいばらを見て、飛び上がった。
「ヒェぇぇ!?な、なんだ」
「こんなところに夜更けで一人で出歩くのは危険…」
渡辺は親切にそう注意するが、男は血まみれの刀を持った男を味方だとは思わず、人の話を聞く余裕なんてもちろんない。
悲鳴を上げて走り去っていく様子に渡辺は仕方ないと鬼をどう処理するかと顔を向けるとそこは誰もいなかった。
「しまった…」
一瞬の隙で鬼はどこかへと消えていた。これでは主君に笑われてしまうと何か証拠になるものはないかと周囲を見回すとあるものが目についた。
「これは…」
それは太刀によって切り落とされた鬼の片腕だった。
次話は18日に投稿いたします。




