第二十二話:見えない亀裂
※ブロマンス要素、一部過激な描写がありますのでご注意ください。
苦手な方は次話の投稿まで今しばらくお待ちくださいませ。
『少し呑みすぎてしまったな…』
ほろ酔い状態で棲家に帰って行ったいばらは酒呑童子と違いあまり酒を飲む方ではないが、かつての友人からあんなに嬉しそうに酒を薦められると断ることはできなかった。
空を見上げると夜明けまでまだあるし少し寝ようと寝室に向かおうとすると声をかけられた。
「今日も遅かったな…」
「…童子様?」
酒呑童子から声をかけられたことにいばらは少し驚く。この時間帯は普段であれば酔い潰れているか寝ていることが多いからだ。
「まだ起きていたんですね」
ふふッといばらは少し笑った。それに酒呑童子は目を細めたが、わずかな変化にほろ酔い状態のいばらは気がつかなかった。
「随分と酔っているな…お前が酒に酔うなんて珍しい」
いばらは柱に寄りかかりながら話を続けた。いばらの笑い声に不愉快そうに童子はますますシワを寄せた。
「はい、あまり飲めないのですが、ふふ、私は少し眠ります。おっと…」
千鳥足になりいばらは転びそうになった。それを酒呑童子は咄嗟に体を受け止めた。その時にいばらの着物から嗅いだことのない臭いを感じたその瞬間に目の前が真っ赤になった。
「ああ、すまない。ふらついてしまって」
いばらは酒呑童子に支えてくれたことにお礼を言って自分で立ちあがろうとするがぐいっと引き寄せられる。あまりの力に抵抗することなく酒呑童子の懐に飛び込んだ。
酒呑童子のいきなりの挙動にいばらは驚いた、その時に酒呑童子の髪の毛が肌に触れた。酒呑童子の髪の毛は硬そうでサラサラであることに、いばらは何度か綺麗だなと見惚れたこともあるほどだ、そう考えている余裕があった。
しかし次の瞬間にそれは霧散してしまう、童子がいばらに覆い被さってきたからだ。
「童子様…どうし…?」
いばらの動揺する言葉を無視するように鋭い牙がずぶりといばらの首筋を突き刺した。驚いている中、じゅるっと生々しい音が耳元で聞こえてくる。
『え…俺は今何をされているんだ…血を吸われている、なんで…??』
いばらは童子の体を離そうと必死に抵抗するが頭が酔いに回った状態では力が入らず童子の強靭な肉体はびくともしない。そこでようやくいばらは酔いが覚めて必死に声を上げた。
「やめ、やめろ、一体どうして!?」
血を吸われていく感覚に意識が遠のきそうになる。自分ではどうしようもないと咄嗟に副将の名を叫んだ。
「金童子、助けーーっ」
助けを呼ぼうとするが、大きな手で口を制されてしまった。その時に彼の目と目があった。いつもの青の瞳が爛々と輝いていて、まるで宝石のような美しさに奪われた。このまま自分の身体中の血液を飲まれてしまうのではないかと思ったその時だった。
「!?」
いきなり上から冷たい衝撃が走った。何事かと思い上を見ると副将の金童子が桶を掲げていた。少し息を切らしており慌てて駆けつけてきてくれたのだろう。
「全くっ、いばらの叫び声が聞こえて何事かと思えば、何をやっているんですか!?」
ずぶ濡れになった酒呑童子は呆然としながら俯いている。そんな童子の様子を見かねた金童子はいばらの方に声をかけた。水をかけられた瞬間に驚いた衝撃で酒呑童子と離れることができた。
「いばら、大丈夫ですか…?」
「あ、ああ」
「ひとまず傷口を洗ったほうがいいでしょう。血の匂いで他の者たちが騒ぐでしょう」
「わかった…」
金童子はふらつくいばらを倒れないように支えた。呆然としている酒呑童子にいばらは最後まで声をかけることができなかった。その後すぐに金童子に近くにある小川まで連れてこられた。
「傷口を見ていいですか?」
「あ、ああ」
見せたくなかったが、自分では傷を見ることができないので彼に噛まれた首をさらすと金童子は渋面をしながら口を開いた。
「かなり深くかぶりつきましたね、あのバカは」
童子に対して悪態をつけるのはこの副将ぐらいである。
「一体、何があったんですか?」
そう問われて、いばらは逡巡した。一体何があったのだろうか、何か自分が彼を怒らせるようなことをしてしまったのか。どうして童子が自分の血を吸ったの見当がつかなかった。
「…わからない」
その声はただ弱々しく震えていた。視線を彷徨わせる様子のいばらに金童子も童子が彼にやってしまった所業に戸惑っていた。手当てをされたが目が覚めて翌日の朝となっても傷はまだ完治していなかった。
「いっつ…」
噛まれた箇所が首元なのでどうしても目立ってしまう。首に布を巻くことでなんとか誤魔化した。
「よし、これでいいだろ」
部屋から出てまず童子に声をかけよう、挨拶して普段通りに接しよう…。そう決心して扉を開けた。
長年連れ添っている酒呑童子がどこにいるかは想像がつく。けれどどこを探しても見つけることができなかった。これでは埒が開かないと副将の金童子に聞きに行った。
「金童子!」
「いばら? 体調の方はどうですか?」
心配そうに伺う金童子にいばらは昨日のお礼と心配をかけてしまったことを思い出して首元の傷が疼いた。その様子に金童子は心配そうに眉を顰めた。
「まだ少し痛みますが…童子様はどこか見かけませんでしたか」
「ああ、童子なら新しく入ってきたものたちと北の方に出かけて行きましたよ」
「ええ!? ああ…そうなんですか、いつお戻りに?」
「夕方には帰ってくるんじゃないんですかね?」
いばらは棲家にいないのであればしかたながないと仕方なく帰りを待つことにした。夕方になり、童子たち一行が帰ってくるのが見えたいばらは彼らに駆け寄った。
「おかえり、外はどうだった?」
「あ、ああ…まあまあだった」
酒呑童子と目が合った気がしたがそれっきりだった。どこか様子がおかしいことに昨日のことを思い出したいばらは童子の肩を掴もうとした、その時だった。
パシン。
乾いた音が無情に響き渡る。その音は酒呑童子がいばらの手を払いのけた音だった。それが思いの外あたりに響き、周りにいた妖たちも何事かと驚愕していた。
『おい、見たか』
『見た、童子様が茨木様の手を!?』
『やはり、あの話は本当だったのか…』
ボソボソと喋っているが、二人はそれどころではなかった。払い除けられた手をいばらは呆然と見つめていると声をかけられた。呼んだのは新しく入ってきた妖怪だった。
「茨木童子様」
「君は確か…犬神か」
いばらに名前を呼ばれたことに軽く一礼して、犬神は酒呑童子が疲弊していることを伝えた。
「名前を覚えていただいて光栄です。酒呑童子様はお疲れの様子でして…」
「そうか…すまない、気づかなくて…また声をかける」
いばらはその後、酒呑童子と目を合わせることはなかった。ただまた手を払われて拒絶されることが怖かった。
そのまま棲家の部屋にじっとしていたが、余計なことを考えてしまいそうで夜に外に出た。山の中に穴倉があれば一晩くらいは野宿で過ごせる。
夜になるまでそこで過ごし、旧友の元に向かった。ダンは一昨日と同じようにいばらを待っていてくれた。
「おう、昨日は来なかったが、って、なんだ、その顔は何かあったか?」
「…ダン、俺、嫌われたのかもしれん」
いばらの悲嘆にくれる声にダンは目を見開く。そしてどんな反応をしたかというと嬉しそうに笑った。
「どうして笑うんだ…」
心配してくれると思っていたいばらはダンの反応に拗ねた。それにますますおかしくなりいばらの口調にダンは思わず吹き出した。
「はは、嬉しいんだよっ、お前、そんな顔をするぐらいの人が現れたんだなって、どんな時もお前はそんな顔をしなかったからな」
「そうか…?」
ダンと話すときは童子に血を吸われた時のことを忘れられた。あれから童子と話すことは少なくなった。けれどそばにいて仕えたいという気持ちは変わらない。その代わり、変わったことといえば…。
「童子様、今日はどこにお出かけに」
「今日は悪さをしている盗賊を懲らしめに行こう」
「おおっ」
新しく入ってきた新参者の出世頭の犬神は頭角をあらわにして、彼は話がうまく誰とも仲良くすることができる。一方自分は口下手で無口である。酒呑童子と副将と話すことはあるが、基本誰かと話すことは少なかった。けれどそれに対して妬みや嫉みがなかった。
〇〇
しかしいばらはそう思っていても彼はそうではなかった。そこそこの地位に昇り詰めても縄張りの主人である酒呑童子のそばにいることができない犬神は次第にその苛立ちを募らせていった。
そして最たるものは酒呑童子の眷属の茨木童子の存在と京の人間と懇意にしていたことがどうしても許せなかった。それは犬神にとって相容れないものだった。
二人の中に入る隙が見当たらず過ごしてきたある日、血の匂いがした。芳しい香りでたちまち虜になった。そして廊下から血まみれのいばらと支える副将の金童子を見かけた。
犬神はすぐに物陰に隠れた。あの茨木童子が怪我をしていると我が目を疑った。自分より背丈のある妖怪と戦っても怪我をすることなど一度もないほど彼は強かったからだ。
彼を怪我をさせたのは傷の具合から見るとまだ時間は経っていない。ならばまだ近くにいるのではないかと散策していると人影が合った。それが誰なのかすぐにわかった。
酒呑童子の方に向かうと呆然としている彼の姿が月の光に照らされていた。口元には赤い血が滴り落ちていて犬神が慌てて駆け寄った。
「童子様、これはどうされたのですか!?」
『童子様が茨木童子を怪我させたのか』
にわかに信じがたいが、酒呑童子の顔が物語っていた。
「犬神、あいつを傷つけてしまった…」
こちらを見ず酒呑童子はただ呆然と口に出した。あいつと言うの誰のことなのかすぐにわかった。犬神にとってこれを好機ととらえた。
「童子様、少し距離を取られたらいいのではないでしょうか?」
「距離…?」
「はい、そうです」
犬神は神妙な面持ちで童子に告げた。普段の童子なら絶対に言わないだろう。しかし、今の心理状態の童子は普通ではなかった。そして思った通りの答えが返ってきた。
「そうだな、あいつと距離を取ろう」
犬神はそのままうなづき、童子を寝室へと見送った。そして犬神は今にも笑い声をあげたくなったがグッと堪えた。せっかくの2度とない好機を逃すはずがなかった。
そして二人は話すこともパッタリとなくなり、代わりに酒呑童子の側に犬神がいることが増えていった。




