第二十一話:月明かりの下で
「茨木さま、お話があるのですが」
「…うん、ああ、どうした?」
「はい、最近新しいものたちが入ってきては諍いを起こすものが多くなっていて困っているんです」
「そうか、わかった、話をつけてくるよ」
「よろしくお願いします」
颯爽と去っていくいばらに相談をした妖怪たちは目を輝かせた。しかし、隣にいる妖怪は気難しい表情をしていた。
「は〜、さすが、酒呑童子様の懐刀、まじかっこいい」
「何か様子がおかしくなかったか、元気がないというか…」
「茨木童子様も疲れている時があるんだ、それを俺たちが支えるんだ!」
「おう、そうだな」
その二人の話をいばらは陰から聞いていた。仲間から気を使われることにため息をつきながら自分を恥じていた。
『は〜、ダメだな…あれから全然集中できない』
狒々から子供を助けてから数日が経つ。ひばらを家まで送り棲家に帰ってからも忘れることができなかった。
『僕の名前はね、とても大切な友人からとっているんだって』
『ダンじい、っていうんだけど、いつも怖そうなんだけど、その人の話をする時、すごく優しそうな顔をするんだ』
『でも…そのあとは必ずとても寂しそうな顔をするんだ』
ひばらの言葉が頭から離れない。そう思うと居ても立ってもいられなかった。深夜になるといばらはこっそりと抜け出した。
いばらの後を後ろからついてくるものがいたことに普段の彼なら気づいていたかもしれないが、注意力がいつも以上に散漫していたいばらは気が付かなかった。
ひばらの家の庭先には大きな楠の木が生えている。体格の大きいいばらにとって隠れるにはちょうどよかった。木の影から彼らの様子を見守っていた。
何も語りかけることもなくただひたすらに。満月の日、いつも閉ざされているはずの扉が開いていた。その扉の前に誰かが立っていた。月の明かりがあって誰が開けたのかすぐにわかった。
『ダン…』
彼は月を見ながら酒を飲んでいた。手元が震えていることにいばらは時の流れを感じた。その姿に見ていられなくて立ち去ろうとしたその時に彼が何かを呟いたのが聞こえた。
「いばら…お前にもう一度会いたい。会って話をしたい…」
いばらはその言葉に目を見開いた。それと同時にあるダンへの想いが噴き出して彼の足の動きを止める。
『今度、会えるのか』
『また来ればいい』
『でも今度会いに来て姿が見えなかったら、もしものことがあったら…』
人間である彼と妖怪である自分では寿命の長さが違う。人間は生きてもせいぜい100年。だが妖である自分は50年以上経っても若々しいままだ。それは酒呑童子の眷属になってから老化が止まってしまった。
『このままでいいのか』
『いや会わない方がいいんだ』
『でももし会えなくなったら…』
考えても行く着く先が同じだと気づいたらもう止まることができなかった。大木の陰から姿を曝け出した。彼にもう一度化け物と言われても構わないと思った。
ダンは月を見ながら酒を飲んでいると、大木の影から何かが飛び出てきたことに驚いて、いや驚きすぎて言葉が出なかったのだ。
『な、なんだ…!?』
すぐに立ち上がって逃げたいところだけ如何せん腰を抜かしてしまい動くことができなかった。ダンはどうしたのものかと焦りを滲ませた。
『声を出すか、いや声を出して他のものが来たら殺されてしまうかもしれない…っ』
ダンは他のものことを心配していると影が月の光の下に現れた。その姿が人影だとわかり目を細めた。そしてその人影の全体が月明かりに照らされた瞬間にダンは持っていたお猪口を落とした。
『そんなことあるはずがない、でもこんなにそっくりなことあるのか…いや違う、あれは、あの赤い瞳を持っているものを一人知っている、あいつは俺の…っ』
「い、いばらなのか…」
ダンの震えながら問われる声にいばらは答えた。
「ああ」
久しぶりに聞く友の声に彼は目を見開いて、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「近くで見てもいいか…?」
ダンの言葉にいばらはこくりとうなづき、裸足のままダンは足を踏み出した。そしていばらもまた彼と同じように足を踏み出した。
「相変わらず、かっこいいな、お前は…」
触れ合える位置に立ちながら、涙声になりながらもダンは見上げていばらの容姿を褒め称えた。それに対し、いばらも嬉しそうに笑みを向けて涙が一筋こぼれた。
「お前の方がかっこいいよ、ダン」
〇〇
二人が感動の再会を果たしている中、その様子をじっと見ていたものがいた。茨木童子がある屋敷に入っていき老人と二人で話していく様子に驚愕して、茨木童子への尊敬の思いから疑心へと変わった。
「人間と仲良くするなんて、ありえない…酒呑様に相応しくない…っ」
そうセリフを吐き捨て、大江山の棲家へと戻っていき、まずすべきことがあった。それは副将への報告だった。
「金童子様、少しよろしいでしょうか」
自分を呼び止める凛とした声に金童子はぴたりと止まった。
「あなたは確か新しく入った…」
「はい、先日人間に退治させられそうになったところを助けていただいた犬神と申します」
お辞儀で話しをしてくる犬神にそんなに畏まらなくていいと金童子は話すが、彼は頑なに首を振った。犬神は容姿はハツカネズミに似ていて、尻尾の先端が分かれている。
「いえどうしてもお耳に入れておきたいことがございまして…」
「耳に入れたいこと?」
「はい、最近茨木様がどこかに行っているのかと気になり後をつけたのですが、そしたら…」
「?」
「人間と酒を酌み交わしていたのです」
「…ほう、知りませんでした。それは里のものではないのですか?」
犬神も縄張りと懇意にしている里のものと友好関係を結んでいることは知っている。だがそれでも人間に対してあまりいい思い出はなかった。それは犬神がどうして生まれたのかに所以があるからだ。
飢餓状態の犬の首を打ちおとし、さらにそれを辻道に埋め、人々が頭上を往来することで怨念の増した霊を強力な呪物として人間に悪用されてきた。人間に対する嫌悪感と恨みは誰よりも強かった。
「いえ、里のものではございません、平安京にいる人間とです」
ガタン
夢中で話しをしていて二人は気が付かなかったが物音でハッとする。後ろで聞いていたものがいたことに後ろを振り返ると、そこには大きな盃を持っていた酒呑童子だった。
「それは本当か…?」
〇〇
いばらは夜に棲家を抜け出して庭先に降り立った。すると、縁側には老人が待ち構えていた。
「今日も来てくれたんだな、いばら」
シワだらけの顔をくしゃくしゃにしながらダンは嬉しそうに笑みを浮かべた。そして五十年もの間、ダンがどのような人生を歩んできたのか話しをした。
「お前はどうなんだ、幸せか?」
それにいばらは即答した。
「ああ、幸せだ」
「そうか、それは良かった」
いばらの嬉しそうな笑みにダンはうなづいて笑い合ったのだった。




