第十九話:ダン爺とアズばあ様
ひばらは元々話すことが好きなのか、おぶさられても話すのをやめなかった。
「それでね、僕の名前はね、僕の母さんにもつけられているんだ。のばらって…母さんのおじいちゃんで、僕はダン爺って言っているんだけど。この名前はね、おじいちゃんの友人の名前からつけられているんだってー」
その言葉にいばらは思わず走りを止めた。
「おにいさん…?」
走りを止めたいばらにひばらはどうしたのかと不思議がる。かつての友人の名前に心臓がばくばくと脈打ち、呼吸が苦しくなる。
『今、なんていった…?顔が似ているだけではなく、ダンの名前まで出てくるなんて』
あれから50年の月日が流れている。
『ダン爺』
彼もいい年齢になっているはずである。そう言われていてもおかしくはない。だからこそ体が鉛のように動かなかった。
「おにいさん、大丈夫? ってめっちゃ汗かいている!?」
心配そうに伺うひばらにいばらは平静を装おうとするがそれどころではなかった。気遣うひばらの言葉と表情にいばらは気持ちを切り替えるように首を横にふる。
「ちょっと休んだほうが…」
「…いや、あの狒々が単独で行動しているのか、それとも仲間がいるのか分からない。家の近くまで送る…ありがとう、心配してくれて」
いばらの笑みにひばらは照れ臭そうに笑った。
「話してくれないか、君の家族のことを…」
話を進められてひばらはこくりと頷きぽつりぽつりと話し出しすと、それをいばらは黙ってたまに相槌を打ちながら町の中を駆け抜けていく。しばらくしてある家屋の門構えの近くのところをひばらは指をさした。
「あ、あそこだよ、僕のお家」
「…そうかここが…立派な家だな」
「うん、僕のお家、下級官人の家のお仕事をしているんだって、お父さんがね…」
中々の建物の広さと大きさにいばらは驚いてひばらを背中からおろした。下級官人という初めて聞いた単語に興味が尽きないが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「ここでいいか?」
「うん、ありがとう、鬼のお兄さん」
ひばらのお礼にいばらは目を見開く。ずっと普通に話をしていたが自分が妖怪で彼が人間であることを忘れていた。大江山の里のものたちと話すのは日常的になっていたが、里以外のものの人間は鬼を見ればまずは逃げ出すか恐怖で失神してしまう。
「俺が怖くないのか…?」
いばらの質問に不思議そうにひばらは首を傾げた。
「怖くないよ? だってお兄さん、全然怖いことをしていないじゃん、むしろかっこよかったよ!」
ひばらの口から褒められると思ってなかったいばらは考えるのが馬鹿らしくなり、そういうところも似ているんだなと、口元に笑みを浮かべて口を開いた。
「そうか、家族を大切にな…」
「うん!」
そう言って、ひばらは家の方へと小走りで走り去っていく。その姿をいばらは優しい笑顔で見送った。
〇〇
「お母さん、お父さん!!」
息子の声を聞いた父親は玄関に駆け込むと、妖怪に攫われたはずのひばらが戻っていた。
「ひばら!!」
ひばらの父親であるヤヒコの涙声になりながら我が子をかき抱いた。
「本当にひばらなのかい?」
「うん」
普段見ない父の泣きだす姿にひばらは涙が溢れた。二人の声に気づいた人が奥から続々と出てきた。
「ひばら!? ひばらが帰ってきたのか!?」
血相を変えて出てきたのはひばらの祖父と祖母だった。
「ダン爺!!」
「おお、本当に良かった無事で…っ」
くしゃくしゃに顔を歪ませて、目に涙を浮かべていた二人の姿にひばらは思わずもらい泣きした。
「怖かっただろ、よく帰ってきてくれた…っ」
その一言にひばらは震えながら『否』と答えた。
「ううん、最初は怖かったけど、全然怖くなかったよ、お兄ちゃんが助けてくれたんだっ」
「お兄ちゃん? そうか、そうか、それでどこの御仁が助けて…」
「うん、そのお兄ちゃん、いばらっていうんだって僕とお母さんの名前に似ているよね」
名前を告げた瞬間に辺りは静まり返った。その静けさにどうしたのかとひばらは不思議そうに見つめた。
「今なんて…」
「どうしたの、ダン爺?」
ダン爺は目を見開き、口元が戦慄いている。いつも落ち着いている祖母は驚いて声を出ない状態である。義理の両親のただならない様子にヤヒコは異変を感じた時にあることを思い出した。
「…いばらって確か…偶然だな、お父さんの知り合いの名前から来ているんですよね?」
ヤヒコから話を振られたダンはなんとかうなづいた。
「あ、ああ そうだな…」
歯切れの悪い答えにヤヒコは何かを感じ取ったのか、別の話に切り替えた。
「あ、ひばら、おっかさんに顔を早く見せてやってくれないか、お前が攫われた後、気を失ってしまったんだ!」
「ええ!?」
ひばらはそれに仰天し、父と共にすぐに母の元へと向かった。けれど祖父と祖母は考え込むようにそこから動くことはなかった。
「あなた…こんなことってあるのかしら」
「アズサ、本当にあいつなのか分からない。あいつと同じ名前の若い男性かもしれない、ただもしあいつならもう一度会いたい、会ってあの時のことを謝りたいって…」
苦しそうに歪む夫の表情にアズサはその背中をそっと手を添えた。悪夢にうなされることは昔よりはだいぶよくなったが、時が経っても忘れることはできなかった。
その二人の会話を木陰から気づかれないように聞いていたものがいた。
いばらである。年をとっていても姿が変わっていてもすぐにわかった。そうか、彼女とアズサと結ばれたんだな。
ひばらは彼女のことを『アズばあ様』と言っていた。もしやと思い名前を聞いた瞬間に彼女のことだと分かった。
ダンがアズサのことに惚れていたのは知っていたから本当に良かったといばらは嬉しそうに目を細めた。
それにしてもまさか京の都にきていたとは、いばらは遠くからでも二人が一緒にいることを見ることができて嬉しさから涙が溢れた。それと同じくらい嬉しかったのはダンから嫌われていないということだった。
「ダン、俺ともう一度会いたいって思ってくれているのか…」
7月に入りますね。
7月の投稿日程はまた改めて活動報告の方で記載いたしますm(_ _)m




