第十八話:友の面影を持つ子供
〇〇
いばらは悲鳴が聞こえた方向に行くと女性が大声をあげていた。
「だ、誰か、私の坊やを助けてっ 坊やが妖怪に!?」
血相を変えた女性が指を刺す方向を見ると、夕闇に紛れて見えにくいが何かが飛んでおり、建物の上に降り立ったそれがなんなのか、この半世紀の間にいろんな妖怪を見てきたいばらにはすぐにわかった。
「あれは狒々か…」
建物の上には大柄な狒々がいて、いばらとカチリと目があった。その直後に狒々はケタケタと笑い走り去っていく。そしてその腕には何をか持っていた。
それは小さな子供だった。それを目で捉えたいばらは血が沸騰するように熱くなり勢いよく駆け出した。
〇〇
狒々は山中に棲んでいる妖怪である。猿を大型にしたような姿をしており、身長は3メートル大あまり、体は黒い毛で覆われていて、怪力を有し、女子供を襲う。
『狒々は山の中に棲んでいる妖怪じゃなかったか…?たまに山から降りてきて京に出没する妖もいるか…』
見回りをする検非違使はいるのだが10万人もいる巨大な都の住人を全員を守り切れるわけではない。
全国の物資が集まる中継基地として、都に物資を運ばれる。運ばれた物資は都の中にある大きな2つの市(東市・西市)に送り、人々の生活を支えた。
平安京は結界があるが、それは内裏しかないので都に住む人々は格好の餌食となっていた。それはいばらが預かり知らぬことだった。今日もその一人をさらい捕食しようと狒々は親子で歩いている子供の方を攫った。
母親が悲鳴をあげる様子にせせら笑いながら飛び立った。その時である。何か視線を感じた狒々は目が合うとニタリと笑った。
『なんだ、同族か…』
狒々はそれが何なのか安心すると、脚力だけで飛び上がり都の中を駆け抜けていく。その時だった。後ろから何かを感じた狒々は不意に振り返った。そして目の前に迫り来る何かに防御することなく突撃された。
「ぎゃっ!!?」
狒々は思わぬ衝撃で子供から手を離してしまった。子供は空中へと投げ飛ばされたと思った瞬間に死を覚悟した。しかし訪れたのは暖かい温もりだった。
「大丈夫か!?」
心配そうにかける声に子供は誰かは分からないが泣きそうになり震えた。それにいばらはぎゅっと子供を落とさないように抱きしめた。
落下した狒々は無防備な状態で攻撃を受けたため着地態勢を整えることもなく地面へと叩きつけられた。しかしそれだけで倒せるほどやわではない。
狒々はキッと自分の邪魔をした敵を睨みつけた。いばらの頭にある角を見て声を上げた。
『何かと思えばさっきの同族ではないか、私の邪魔をするな!?』
怒りに満ちた声で狒々は激昂する。しかしそれに負けないくらいにいばらは激怒していた。
「お前が最近子供を攫っていた妖怪か」
『うん? 何を言っている、そんなの別におかしくないだろ?俺たちは腹が減れば食う』
何度もないことのようにいう狒々にいばらはだんだんと頭の芯が冴えるように、冷たくなっていった。
「そうか、良かったよ」
『あ?』
「俺はあまり人でも、妖でも殺めたくはない、けどお前のようなやつは別だ」
狒々はいばらの分かりやすい挑発に当然のように乗り、狒々はいばらたちに襲いかかった。狒々の頭が冷静なタイプであればいばらも苦戦を強いられたかもしれないが、目の前の狒々は短絡的で攻撃が大振りなぶん脇が甘かった。
この五十年間の間にいばらは力はあれど技を磨くことに努力を惜しまなかった。一方自分の力を絶対的強者として力を振るいながらも、何の努力もしてこなかった。そして勝負は一瞬で終わった。
ガラ空きだった脇腹にいばらの蹴りが直撃した。それは骨がひしゃげ内臓を破壊するほどの打撃だった。
『なんだと…』
狒々はその身に瀕死のダメージを受けてそのまま昏倒した。いばらはそれを確認して腕に抱えていた存在がモゾモゾと動き出した。
「ああ、すまない」
戦いで忘れていたことをいばらは謝った。子供はうずくまっていたが顔を上げた。大丈夫かと声をかけようとしたがその顔を見て息をするのも忘れた。その顔はかつて村で一番仲がよかった友人の小さな頃にそっくりだったかからだ。
「ダン…」
〇〇
あれから五十年の月日が流れる。自分の育てた父と母はとっくの昔に亡くなっている。そのことを知ったのは酒呑童子の眷属となって二十年目が過ぎた頃、ふと父と母の顔が浮かんだのだ。
虫の知らせか、いばらは金童子に言伝をして、村へと戻った。夕暮れ時、村人たちが列を作りながら練り歩いていた。男たちが何かを背負っていた、それは棺だった。
嫌な予感がした。いばらはどこへいくのかとついていくと、そこはかつていばらが住んでいた家の場所だった。姿が変わってもいばらには誰かすぐにわかった。
『か、あさん…』
ヤエは棺の中に眠る夫のイサクに声をかけていた。
「イサクさん、頑張ったね、私もあと少しでそっちにいくからね」
切なくなる声にいばらは胸が張り裂けそうだった。母に声をかけたかったが、自分の変わり果てた姿を見てどう思うか、思われるのかが怖かった。だから父の墓にあるものを供えた。
イサクが亡くなり数日後、ヤエは墓に供え物をしようと外に出た。村人たちの助けにより夫を送ることができた。
墓前の前には花が備えてあり、そしてあるものが目に止まった。
『こんなもの昨日あったかしら…?』
気になったヤエは風呂敷が目に留まり、中を開けるとそこにはたくさんのヤマモモが入っていた。
それを見た瞬間にヤエは涙をこぼした。ヤマモモは特に父が食べていた好物だったからだ。けれどヤマモモという可愛らしい果物を男性である自分が好きなのを知られるのが恥ずかしいと私と自分の息子にだけ教えていた。
「やっぱり生きていてくれたのね…」
ヤマモモは腐りやすいのでまだ置かれてからそんなに時間が経っていないのがわかった。
「いばら、もし帰ってきたら伝えたいことがあったの、これだけは伝えてくれないかって 『私の息子になってくれてありがとう、お前と出会えて幸せだった』って…」
『父さん…』
いばらは木陰に隠れてその言葉を聞いて涙が止めどうなく溢れた。そして母は余生を過ごし、十年後に亡くなった。
ダンたちの様子が気になったが、村を見ても彼の姿はないことに気づき、ダンの両親もすでに亡くなっており、住んでいたかつての家も別のものが住んでいたため、行方を聞くこともできなかった。
『元気でいてくれればそれでいいと願っていたが…』
〇〇
「…ねえ、ねえねえ お兄さん 聞いてる?」
裾をぐいぐいと引っ張ってくる子供の無邪気な声にいばらは現実に引き戻される。下を見ると子供が不思議そうに見上げていた。
「あ、ああ、なんだ?」
「お兄さん、助けてくれてありがとう、俺、ひばらっていうんだ!」
「ヒバラ…?」
自分の名前と似た子供の名前に呆然としながら聞いていた。そして自分の今の名前ではなく、かつて親からもらった名を告げた。なぜなのかは分からない、ただ口がそう勝手に動いていた。
「俺はいばらという名で…」
この名前は今呼んでくれるのは命の恩人である、童子様と親しくなった副将の金童子だけである。
「え、お兄さん、いばらっていうの!? ひばらといばら、名前が似ているねっ」
ひばらは嬉しそうにニカっと笑った。その笑顔はあまりにも子供の頃のダンに似ていたのが眩しくていばらは思わず視線を逸らした。
「そ、そうだな、早く帰らないとお前のおっかさんが心配する」
いばらはひばらに背中に乗ってくれないかと声をかけると、ひばらは怖がることなく嬉しそうに飛び乗った。
次話は29日に投稿します。




