第十七話:童子様の懐刀・その名は茨木童子
それから五十年の月日が流れ、酒呑童子の眷属となったいばらは茨木童子と名を改めた。眷属となってからは全く老いることがなくなり、身体能力が上がり、その怪力は酒呑童子の次にあるほどである。
それに加えて気立ての良さと情に厚く他のものから信頼され、『童子様の懐刀』として縄張りの者たちから親しまれた。
やがて、酒呑童子と茨木童子の威名はあまりにもその強さから盗賊や野盗は恐れ慄き、人間から食糧や金品を盗んだり、殺戮を楽しむという噂話が広まりそれは京の都にまで届いた。
『聞きました、大江山の話を』
『鬼なんて怖いわ』
『ええ、若い娘を攫って生き血をすすっているらしい』
『ああ、なんて悍ましい』
『怖や、怖や』
貴族の姫君たちはいつ自分が襲われて喰われてしまうのではないかと噂を聞くたびに震え上がった。
〇〇
だがその噂話は尾鰭がついたものだった。実際は…童子たちは生き血を啜ることはあるがそれは動物の血だけで事足りた。
また悪いものを殺したりする時は情け容赦ないが、盗みや殺しは無闇にしなかったのは彼の酒呑童子の信念だった。その人柄の良さにいばらが惹かれたのも大きい。
二人が一緒になったことで大江山の縄張りはより強大になり、新しい仲間も増えてきた。そんなある日のこと、小妖怪たちが集まって話をしていた。何やら深刻そうに話す姿にいばらは気になって近づいた。
「おい、それ本当なのか?」
「でもあいつが嘘言うのかな」
「京の都で子供を攫っているって本当なのか?」
『一体、なんの話をしているんだ…?』
聞き耳を立てているのは性に合わないといばらは小妖怪たちに声をかけるとびくりと肩を揺らした。
「茨木様っ!?」
「すまない、驚かせてしまって…何やら話しているのが聞こえてね」
小妖怪たちは目を合わせて意を決したように口を開いた。
「実は京の都である妖怪が暴れているみたいで、その妖怪が人の子供を攫って生き血を啜っているらしいんです」
京の都で人攫いが横行していることをいばらは耳にした。
「どういうことだ?京の都って村より栄えている所だろ、男どもは何をしているんだ」
「どうやらその妖怪はあなたと童子の名を悪用しているらしくて、人間じゃ手に負えないみたいで」
それはいばらの決して触れてはいけない琴線に触れてしまった。
「なんだと…今すぐそいつを捕らえて、いや、懲らしめてくる…っ」
今にも飛び出しそうないばらをオニマルは制止させる。
「待ってください、一人では危険ですっ!?」
「危険…?」
オニマルが焦っている表情にいばらは首を傾げた。なぜそんなに焦っているのかと足を止めた。オニマルはいばらが足を止めてくれたことにホッとする。
「はい、京の都にはあの大陰陽師安倍晴明のお膝元、そして将軍の源頼光がいます」
「安倍晴明…源頼光」
「安倍晴明が外に出ることは少ないらしいですが、源頼光が持っている刀には気をつけて…っていない!?」
目の前にいるはずのいばらは遠くの方に移動していた。オニマルに向かい手を振ったのがみえた。
「とりあえず、気をつけて行ってくるっ」
まるでちょっとそこまでと遊びに行くような感覚に話すいばらにオニマルはため息をつきながらいばらを見送った。
「はあ、そうゆうところは主人に似てしまったのか…」
〇〇
自分はどんな風に言われても構わない。しかし、自分を助けてくれた恩人である童子の悪口を、やってもないことを何も知らない者たちから言われるのは我慢ならなかった。考えことをしながら無言で歩いていると誰かとぶつかった。
「!?」
いばらは体格があるのでよろめくことはなかったが、相手の方はひっくり返っていた。
「すまない、大丈夫か!?」
慌てたいばらはその妖を起こした。相手は肝が据わっているのかひっくり返されても平然としていた。
「はい、大丈夫です。少しびっくりしましたが…これは、これは 茨木様、何かお急ぎですか?」
「ああ少し、野暮用であなたは確か先日に入った…」
「ああ、覚えておられますか。私は犬鬼と申します」
犬鬼は小さなツノがおでこに二つあり、容姿はおっかぱ頭にまん丸とくりっとした瞳している少年の姿であるが、数十年は生きているらしい。まるで子供のように愛らしく笑う姿はツノを除けば子供となんら変わりなかった。
〇〇
平安京。
七九四年からある宮都で桓武天皇により長岡京に伝わる都として山背国(現:京都府南部)愛宕・葛野の両郡にまたがる地が選ばれた。
北部中央に宮城・平安宮(大内裏)が建設されている。都市全体が四角形で左右対称、街路が「碁盤の目」状に整然と直交するように設けられている。
市外の中心に朱雀大路を南北方向にあり、政治の中心となる大内裏は朱雀大路の北都の北辺に設けられている。
朱雀大路によって分けられた京城の東西を左京、右京と呼ばれている。南端に位置し、北端の朱雀門と相対する正門を羅城門と呼ばれた。
〇〇
「なんだ、これは…」
いばらは目の前の光景に圧倒されたからただ呆然と立ち尽くすしかなかった。そこには人、人、人で溢れていた。平安京について人攫いをさっさと捕まえて棲家に戻ろうと思っていたが、あまりの人の多さに目が眩んだ。
「真昼間に行くと茨木様が行くと目立つので動くのは夜がいいでしょう」
土地勘もないいばらは平安京に詳しい犬鬼に道案内を頼んだ。その助言にいばらは大人しくうなづいた。
小さい時に住んでいていた茨木村の人口は百人くらいだったが。ここ一体何百人いるのかといばらは目を白黒とさせた。(10万人〜15万人住んでいたと言われている)そして太陽が沈み、夕暮れ時になると人々は家に帰りまばらになっていく。そろそろ動く時間かと周りを見ていると犬鬼から声をかけられた。
「ああ、茨木様、一つ言い忘れていたことが…」
「なんだ?」
「この平安京には近づいてはならないところがあります。特に内裏と呼ばれるところには近づかないように」
「内裏? ああ、この国の主が住んでいる所か?」
「ええ、特に陰陽師と呼ばれている奴らには」
「陰陽師…?」
初めて聞く単語にいばらは首を傾げた。いばらは陰陽師にあったことがなかった。犬鬼は含みのある言い方に会ったことがあるのか聞いてみた。
「ええ、それはもう陰陽師は妖怪にとって天敵ですからね」
渋面になりながら口を開く犬鬼の様子に自分も気をつけねばといばらは思った、その時だった。
「きゃあああ!?」
被せるように遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
「今のは!?」
犬鬼がそう言った瞬間にいばらはもう走っていた。風のように駆けていくいばらに一拍遅れて追いかけるしかなかった。
「ま、待ってくだぁさい!」
次話は27日に投稿します。




