第十四話:手の温もり
〇〇
いばらは霧の中にいた。
『ここは、どこだ…』
辺りを見回してもそこには何もなかった。歩けど、歩けど、出口も見つからない。
『俺はどうしてこんなところにいるんだ?』
その時、自分が背中に受けた傷を思い出す。
『そうだ、俺はあの時矢を背中に受けて倒れそうになって何とか抵抗したけどそのまま気を失って、あの子達は大丈夫だろうか…俺を人間だと言ってくれた女性』
赤い瞳を見ても彼女は自分を人だと言ってくれた。そのたった一言で命を懸けていいとすら思ったんだ…。
もういいか。
母さん、父さん。
ーーダン、アズサ、村のみんな…。
俺、頑張ったよな、人として。
目を瞑ろうとしたその時だった。熱いものが口の中からつたってきた。久しぶりに感じたそれが体の全身に伝わってくる。眠ることは許さないと言わんばかりに内側へと駆け巡り浸透してきた。そして自分に誰かが語りかけてくる声が聞こえた。
『頑張ったな、もう大丈夫だ…』
その声が誰か知らないはずなのに、とても安心した。さっきまで真っ暗闇だったのに光が差し込んだ。
その光の中に誰かが手を差し伸べていた。その手に自然と手を伸ばした。久しぶりに感じた手の温もりだった。
〇〇
チュチュチュ…小鳥の囀る鳴く声が聞こえた。その鳴き声にいばらは目を覚ました。
「う…ん」
目を開けるとそこには見たこともない造りをした建物の中だった。あまりにも精巧な作りに見惚れた。そして自分はどこにいるのかというと布団の中で眠っていた。
布団のなめらかな質に驚いていつまでも寝ていたい気分だったが、ここがどこなのかという不安に襲われて目が覚めてしまった。
体を起こそうとするとすぐ近くに女性がいたことにびくりと肩を揺らした。その女性はうたた寝をしていて、いばらが起きたことに気づいていない。
そして彼女があの時に襲われていた女性だということに気づいた。見なりもしっかりしており、髪の毛も整っている。自分が気を失った後に誰かが助けてくれたのだろう。
『よかった、きっといい人に助けてもらったんだな』
ならいつまでも寝ているわけにはいかない。一言礼をしてここを出るべきだと考えた。彼女を起こすべきかと迷ったが、まずはここが安全な場所なのか確かめるべく起き上がり、部屋を出た。
見渡すと長い廊下に屋敷の大きさが伺えた。少し歩いていくと人影が見えた。
「あの、すみません ここの主人は…」
その人影が振り向いて驚いた。その人物の頭にツノが生えていたからだ。
「おう、お前か、目が覚めたんだな。よかった、よかった」
ニカっと笑顔を向けられたいばらは夢を見ているのかと自分の頬をつねった。
「痛い…」
痛覚があるということはこれは現実なのだと思いたいが、あまりにも非現実な目の前の光景に頭がついていかない。そしていばらが下した決断はその場を逃げるということだった。いきなり走り出したいばらに鬼は驚いた。
「おい、どうした!?」
どうしたのはこっちのセリフだと言いたい気分だが、そんな余裕はなかった。とにかく外に出るということしか考えることしかできなかった。バタバタと廊下を走っていくと、襖を開けて顔を覗き込んでくる。
いばらはその頭の上に角が生えているのを見て、ここには鬼しかいないのかと、ふと先ほどの女性の顔が頭をよぎった。
『あの女性はあそこにいて大丈夫なのか…?もしかして妖の類なのか?いやでもツノとか生えてなかったような…』
歩みを止めて考えていると自分を呼び止める声が聞こえた。
「お〜い、待ってくれよ」
その声にいばらは焦り再び駆け出した。これでは埒が明かないと廊下を出てどこかに身を隠そうと思い違う棟に移った。
いばらは少し歩いていくとそこには立派な庭園があった。先ほどの部屋の天井の作りといい、見事な造りにいばらは誰が作るっているのか気になった。追手が見えないことに確認しながら歩いていくと、池のほとりに人影があった。
『しまった、ここにも人が、いや鬼がいたのか!?』
いばらは身を潜めているとその人影は何かを池に投げていた。それを投げた水面のゆらいだ。魚でもいるのかと、視線がつられた。そしてふと、その人影の髪色が見たことがないくらい色だと気づいた。
赤い。
まるで自分の瞳のようだと思った。その鮮やかな髪色に心奪われていると、餌やりが終わったのか手の汚れをはたいている。そしてその後に人影は動いた。
「え…」
少し先にいたはずなのに、目の前からいなくなっていた。どこにも周りはおらずキョロキョロと探すが、どこにも見つからない。
「どこに行ったんだ…?」
「誰を探しているんだ?」
「誰って、そこにいた…」
いばらは振り返ると、そこには先ほど遠くにいたはずの赤髪の人物がいた。驚きすぎたいばらは飛び上がり、後方にある池に思わず落ちそうになったが、そうはならなかった。なぜなら体を物凄い腕力で掴まれ引き寄せられたからだ。
「あぶねえっ」
「あ、すみません」
とっさに謝った時に自分の顔が水面に移った。その時に不思議なものを見えた。それは自分にあるはずのないものである。
「な、なんで俺の頭に…」
そこには赤髪の鬼と同じ角が自分にも生えていた。
「ああ、今、気づいたのか? まあ、俺の眷属になったしな」
「…」
今まで人間として生きてきたいばらにとって、その変化に耐えられるはずもなく、あまりのショックにいばらは気を失った。
「おい、どうした!?って気を失っているし、おい、しっかりしろ!?」
赤髪は慌てていばらを呼びかけるが、返事はなかった。このまま放置することも忍びなくいばらを背負い歩き出した。
「…ったくしょうがねえな」
〇〇
「…ここは」
目を覚ますとそこは先ほどの同じ部屋だった。
「あ、起きられましたか?」
すぐ近くで声が聞こえたいばらは視線をずらすと、そこにはうたた寝をしていた女性がいた。
「君は…」
「あ、私はスズと申します」
スズと名乗った女性は腰をおり、頭を深く下げた。
「先日は私と友人を助けていただいてありがとうございました」
「!…そうか、君はあの時の、あの後、大丈夫だったか?」
いばらは起き上がり布団を捲った。
「はい、私と友人を童子様が助けてくださったので」
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「童子様…?」
「はい、人間の方ではないんですけど、とても強くて優しい方で」
『…うん?』
今、すごく聞き捨てならないセリフがあったような…。その時に自分が大切な何かを忘れていると頭を掻こうとして何かに当たった。その慣れない奇妙な感触にそれがなんなのか確かめて何なのかに気づいてしまい手が震えてしまう。
「スズさんとやら…」
「はい、なんでしょう?」
「私の頭に何かついていますか?」
自分では確かめようがないので、近くにいる彼女に聞くしかない。
「頭に…ってもしかして角のことでしょうか?」
『あれは夢じゃなかったのか…夢であって欲しかった』
表面がざらりとした感触は以前はなかった間違いようのないものでいばらは現実逃避したくなった。こうなったら岩に頭をぶつけて折るしかないかと物騒な想像をしていると襖の外から声がかかる。
「スズ、開けてもいい?」
違う女性の声に、いばらは首を傾げる。それにスズは説明した。
「私の友人のアオイ姉さんです、入ってもよろしいですか?」
それにいばらは断る理由もなかったのでうなづいた。外にいる友人に声をかけた。
「入っていいって」
女性が開けるといばらと目が合い会釈をした。
「ごめんなさい、起きていたんですね」
申し訳なさそうに謝られたことにいばらは首を横に振った。
「いや、大丈夫だ 君はあの時にいた…」
「はい、私はアオイと申します。先日は自分と友人を助けてくださりありがとうございます」
先ほどのスズと同じようにお礼を言われて首を振る。
「いや、俺は何もしていない。ただ怒りに身を任せて結局君たちを守ることはできなかった… 守ったのは童子様という方で…」
「それは違います!」
つらつらと言い訳するいばらにスズは声を張り上げる。それにいばらとアオイは驚く。
「あ、すみません 大きな声を出して…あなたがあの時怒ってなければ止めてなければ私たちはどうなっていたか…そう考えると震えが止まりません…。あなたは賊の一人でいたかもしれないけど、私とアオイ姉さんの命の恩人に変わりはないですから」
スズの真剣な表情にいばらは目を背けなかった。いばらは久しぶりに感じる人の温もりに、目頭が熱くなった。
「そうか…ありがとう」
そういうと二人は照れくさそうにはにかんだ。




