第十一話:人としての矜持
時はいばらが村を出ていくところまで遡る。ダンに正体がバレたいばらは無我夢中で山の中を駆け抜けた。無我夢中で走り抜いて息が切れた頃にようやく彼の足が止まった。
「はぁ、…っ はあ、はあ」
額には汗がかかり息が上がっていた。そこで寝転び空を見上げた。そこには満点の星空があった。それを見上げたいばらは何度もダンや両親、村人たちのことを走馬灯のように思い出す。
『母さん、父さん…心配するかな』
村に残して行ってしまった両親の後にダンの驚いた表情を思い浮かびそれを否定する。
『いや…』
そして彼が発した言葉を。
「来るな、化け物!!」
ダンは怯えていた。それを見たいばらは耐えられなかった。いばらにとってダンは村で一番親しくなった友人だったから。あの様子ではきっと彼の父親である村長が知ることになり、いずれは両親が知ることになるだろう。
そして自分が人間ではないと。
両親は村人たちに自分が捨て子であっても両親と血が繋がってなくても自分に対して揶揄することも怖がられることもなかった。
その幸せで平穏な日常もあっけなく終わってしまった。怒りも憎しみもなかった。ダンに化け物と言われても構わない。ただただ寂しかった。一人でいることが。周りは見たことがない風景でどれだけ走ったのだろうか分からない。
当てもなく歩いていると1匹のうさぎが目の前を通った。その時、心臓がドクンと高鳴った。それは忌まわしい渇きの衝動だった。
『やばい、血が飲みたく…』
その時にまたダンの表情が浮かんだ。そう思った瞬間に衝動がなくなった。けれど頭の中で飲みたいと訴えているいばらはそれを振り払うかのように首を横に激しく振りながらそばにある大木に頭を強く打ちつけた。
大きな衝撃音にうさぎは仰天して飛び上がり逃げ去っていく。それを見ながらいばらは安堵した。
『よかった…』
眠るようにいばらはそのまま気を失った。
〇〇
ポツポツとした水がいばらの頬を刺激した。眠りから目を覚ますと空はいつの間にか曇天になっており、ひと雨きそうな天気だった。
いばらはもう動く気がなかったが、このままでは体を冷やしてしまうとノロノロと起き上がり、また山の中を歩いて行った。しばらくして音を耳にした。
動物の声ではない、人の声だった。久しぶりに聞いた人の声にいばらは懐かしく感じた。ここ数日頭がぼーとしていて上手く働かない。
最初は魚をとっていたが、血を見るのが怖くなり最小限に抑えた。そして水だけで空腹を紛らしていた。けれどもう限界が来ていた。そんな時に急に後ろに衝撃が起きた。
『なんだ、今、後ろを…』
振り向くとそこには男たちの数人がいた。明らかに農民の出ではないだろう。前に出ていた男の一人は棍棒を持っていた。
それでいばらの後頭部を殴ったことに。
『こいつらは野盗か…』
彼らの正体に気づいたのはいばらはかつてそうゆう類を何度か村に入りそうになったのを村の男衆が追い払ったことがあるのを遠目で見たことがあるからだ。
イサクから後で聞いた話では金目のものや食糧を盗み、女性を襲ったりする悪い奴らだと教えられた。
「キヒヒ」
「こいつ図体がでかいのに弱いぜ、兄貴」
男たちの下品な笑い声を最後にいばらは気を失った。
ピシャリと水をかけられた。その冷たい衝撃でいばらは強制的に眠りから目を覚ました。眉間に皺を寄せながら目を開けると目の前にはガラの悪い男たちがニヤついていた。
「起きませしたぜ、お頭」
お頭と言われた男はいばらに近づき顔を寄せて、前髪を乱暴に掴んだ。その痛みにいばらは苦痛に顔を歪める。
「顔はいいがな、女だったら抱いていたが、男はいらん。お前らこいつを好きにしろ」
「へい、お頭」
返事をした男はお頭の部下なのか頭を下げて、いばらの襟を無造作に掴んだ。
「立て、お前重いんだよ」
男はイラつきながら愚痴る。粗雑な扱いをされようがそんなことされてもいばらは無気力だった。
「…ここは、どこなんだ」
「はぁ、何言っているんだ お前…?ここは丹波の国、大江山の外れだろう?」
「大江山…?」
『聞いたことのない地名だ…』
随分と遠いところにきたのだと実感した。いばらの質問に男は奇妙な顔をしたがそれ以上は追求しなかった。そして男は立ち止まると火を囲みながら男たちは酒を飲みながら魚を焼いて食べていた。
香ばしい匂いがするはずなのに、久しぶりに食べ物を見てもいばらは食欲が沸かなかった。
「おう、お頭どうだった、こいつをどうするって?」
「ああ、こいつを好きにしろってさ」
男の質問に男たちは豪快に笑った。
「そうか、そうか、俺たちがボコろうがいいってことか。それはいい」
男は酔いながらいばらに近づいて見上げた。
「しかし、お前でけえな」
「体力がありそうだし、荷物運びにちょうど良くないか、使えなくなったら捨てればいい」
「はは、そうだな」
男たちは下品な笑い声をあげた。その不快な声から逃げることもできた。しかしそんなことどうでもよかった。少しでも人の声があるところがよかった。山の中は静かすぎて村にいた時のことを思い出す。
たとえどんなに罵声を浴びせられても、怒鳴られても、それでも良かったのだ。そんな数ヶ月過ごしたある日のことだった。
「きゃあああ」
若い女性の叫び声だった。その叫び声で男たちは集まりだした。それはいばらも耳にした。
「何があったんだ…?」
ぼうっとしていると一緒によくいるカジカという男から背中を小突かれた。カジカは興奮しながら小走りで駆けていく。
「おい、何をぼさっとしている、こんなの滅多にないぞっ」
それは他の者たちも同様であった。ここ数カ月が経ち、女性の声を初めて聞いた。しかも明らかな悲鳴にいばらは嫌な予感がした。そしてそれは当たっていた。
そこには若い女性たちが二人いた。逃げないように囲い込む男たちの集団に女性は肩を抱き寄せ合いながら震えていた。その光景にいばらは呆然とした。
「へへ、お頭、ほめてくだせえ、川で遊んでいたところを攫ってきやした」
「はは、褒美をやる、こっちの方が好みだな、勝ち気そうなのがいい」
二人のうち一人はきっと男たちに負けず睨みつけている。一人はガタガタと震えていた。
「アオイちゃん…っ」
「大丈夫、スズは私が守るから!」
スズはアオイという呼ばれる女性よりも華奢で小柄だった。アオイと呼ばれる彼女は背が高く、男たちの背丈にも負けておらず、震えるスズをアオイは守るよう気丈に振る舞っていたが顔色はよくなかった。そんな彼女たちに男たちは無情にも襲いかかった。
「…めろ…っ」
二人は引き離されアオイはお頭の命令により連れていかれそうになり、スズは男たちに囲まれそうになる。彼らが女性たちに何をするのか、それを黙っていられるほどいばらの心はまだ死んでいなかった。
「やめろっ!!!」
突然の大声に男たちは一同驚き、動きが止まる。そして一体誰が言ったのか近くにいたカジカはすぐにわかった。
「おい、邪魔をするなよ、今いいところなんだから、お前にもわけて…」
いばらの行動をカジカは嗜めた後、下品な顔をしてある提案をしようとした。しかしそれはできなかった。
カジカの異変に近くにいた数人が気づき何を見ているのだといばらの方を見た。そしてなぜ微動だに動かないのか何に驚いているのか男たちはわかったのだ。
そこには爛々と輝く赤い瞳が空間を支配していた。
日程通り次話の投稿は15日となります。




