第十話:ダンとアズサ・結び
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家に帰ると無意識に気が張っていたのだろう、どっと疲れが出てきて今にも寝転びたい気分である。
「おかえり」
出迎えたのはアズサの母フタバだった。そしてその顔を見て何故だか分からないが涙が止めどなく溢れてきた。いきなり娘が泣いたことにはフタバは驚いて駆け寄る。
「え、どうしたの、何かあったの!?」
心配そうに聞いてくる母にアズサはポロポロと涙が流れるのが止まらなかった。その胸の内にいるのはダンだった。
『ずっとずっとダンくんはこの気持ちを抱えていたの…。だから半年間もずっと、自分の体がボロボロになるまで。いばらくんが犯人だったことには驚いたけど…ダンくんはそれでもいばらくんのことを探しているんだ。言えるわけがない。ダンくんにとっていばらくんはとても大切な友達だから…』
「ううん、ちょっと、目にゴミが入ってね もう取れたから大丈夫」
「それだけじゃ…そう、よかったわ」
アズサが泣きながら笑う表情にフタバはそれ以上は追求しなかった。
『私は何ができるだろう。ダンくんに』
それからしばらくしてダンは体調が回復していった。体調が戻り、ダンはアズサにお礼を言った。
「ありがとう…いばらのこと黙っていてくれて」
感謝を言われたアズサは首を振った。
「…私はお礼を言われるようなことはしてないよ、私にとってもいばらくんは大切な友達だから」
「…そうか」
久しぶりにダンの笑顔を見た気がした。その時にである。胸がとても温かい感じがした。それはいばらがいなくなって久しぶりに感じた気持ちだった。
「わ、私も何かお手伝いできないかな?」
「え…?」
「私にできることならなんでもするからっ」
食い気味に話すアズサにダンはたじろく。彼の戸惑う様子に思わず詰め寄ってしまったことに自分も恥ずかしくなり顔を赤らめながら謝罪した。
「ご、ごめんなさい 私」
それからひと月が経ち、二人で遠出をすることも多くなった。しかし何も知らない村人からしたら二人がいい仲になったようにしか見えないわけである。
そしてある日のこと、いつものように二人が遠出から帰ってきた時に昔馴染みのものたちと遭遇した。
「お〜う、ご両人、外は楽しかったか?」
その言葉にアズサはかぁっと恥ずかしそうに顔を赤める。しかし次の瞬間にダンは異を唱えるために声を上げた。
「だから俺たちはそうゆう関係じゃないって言っているだろっ!?」
ダンの反論に男たちはニヤニヤとしている。ダンとアズサは付き合っているわけではない。ただ目的が一緒で行動しているだけに過ぎないはずだった。
『…分かっていたんだけどな…なんで、こんなに…』
彼女の異変に気づいたのは騒いでいた男性の連れだった。
「ちょっと、あんた…っ」
「なんだよ…!」
妻に腰をどつかれて抗議をするが、そうじゃないだろうという表情に一体何を見ているのだろうと視線を向けると硬直した。そして他のものたちも笑っていたの段々と鎮まり返っていく。それにダンも気づいて不思議がる。
「みんな、どうし…」
みんなが向いているのは自分ではなく後ろにいるものだった。それにダンが振り向いた。彼女の瞳からポロポロと静かに涙が溢れていた。
「え…」
どうして泣いているのかわからずダンは思考が停止する。
「ア、アズサちゃん…?」
オロオロと彼女の名前を呼ぶとアズサは涙を拭って答えた。
「ごめん…今日はもうちょっと休むね、それじゃあ」
アズサはその言葉をを最後に小走りでその場を去った。ダンは呆然と彼女が走り去っていくのを見送るしかなかった。
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「どうして、アズサちゃん、泣いていたんだ…?」
どうしていきなり泣きだしたのか、呆然としているダンに男たちの一人が声を上げた。
「お前気づいていなかったのか…?」
「え」
ダンの表情を見て男たちが困惑している。その中の女性が声をかけた。
「ダンくん…好きでもない人と一緒にいるなんてできないと思うわ、年頃なら尚更ね」
女性の言葉にダンは頭が働かない。
『好き…?誰が誰のことを…』
一瞬考えたが、まさかという思いにダンは目を向けようとせず首を振る。そんなダンの様子に女性は優しく言葉をかけた。
「どうしてあの子が泣いていたのか、分からないんだね」
その言葉を意味を考えた。俺は何を言った。確か友人たちに俺たちの関係を揶揄われていた。
『俺たちはそうゆう関係じゃないーー』
彼女が何に対して泣いたのかにダンは気づいた。
「ごめん、アズサちゃんを追いかける!」
いきなりの切り替えに友人たちは目を白黒とさせていたがニヤリと笑った。
「おう、行ってやんな」
駆け出していくとダンを見送りながら村人たちはつぶやいた。
「全く、世話の焼けるやつらだよ、いばらもな…ほんとにどこにいっちまったんだよ、あいつは」
かつてダンといばら、幼少を共にしていた男性の独白は虚しく寂しそうに消えていった。
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ダンはアズサの家に行くと母親が出てきてアズサはまだ帰ってきていないと告げた。そしてどこにいるのかと考えると彼女のお気に入りの場所が頭に浮かんだ。
そして駆け足で向かうと人影が見えてすぐに彼女だと気づいた。近づこうとすると啜りなく声が聞こえてダンの足が止まる。
アズサは今でも泣いていた。声を押し殺すかのように。彼女の泣いた顔を初めてみた。お見舞いに来た時、「出ていけ」と言ったのに、泣きそうになったがそれでも彼女は泣かなかった。
村の者たちはすでに何人かは結婚していて、ダンとアズサはまだ未婚の身だった。アズサが誰かと恋愛しないのはいばらのことを忘れられないからだと思っていた。
けれど先ほどの涙の意味を知って、ダンは忘れていた彼女への気持ちを思い出した。
「アズサちゃん…」
自分の呼ぶ声にアズサはびくりと肩を揺らす。
「あ、あれ ダンくん」
振り返りながらアズサは涙を拭った。
「どうしたの?」
笑いながら話してくるアズサにダンは口を開いた。
「俺…でいいのか」
「え…」
「俺でいいのか、俺なんかで…」
ダンの震える声にアズサはまた泣きそうになりながら彼の手を握った。
「ダンくんがいい…ダンくんしかいないの…」
アズサの言葉にダンは涙が溢れた。
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そしてダンとアズサは結ばれた。けれど、ダンはたびたび悪夢にうなされることがあり、時間が経ってもいばらへの罪悪感と喪失感は拭い去るができなかった。苦しむことがまるで自分への罰かのように責める彼をアズサは根気強く、時に優しく彼に寄り添った。
気丈に振る舞っているが憔悴している息子とまだ嫁いだばかりのアズサの様子を見かねたナツメとマコモから村を出ないかと提案された。
「京の都に親戚がいてな、お前のことを話したらこっちに住んで見ないかと言われてな」
「この村を出る…?でもそんなことしたら父上と母上は…っ」
「俺なら大丈夫だ、マコモとも話をした。もし俺に何かあったときは村のみんなと話しあっている」
ダンの知らないところで息子のためを思って外堀を埋めてきた。その甲斐あって決断するのも早くアズサに早速話をした。
「…アズサ、大事な話がある」
いつにない真剣な表情をするダンにアズサは料理の作業を止めた。
「どうしたの?」
「俺と一緒に京の都に行ってくれないか…? 返事はいつでも『行きます』
被せるようにいうアズサの強めの言葉にダンは動揺する。
「アズサ…この村を出たら、なかなか帰ってこれなくなる…お前のおっかさんと、親父さんに会えなくなるんだ」
ダンが心配しているのはアズサの両親だった。
「心配してくれてありがとう…でもね、私はもうダンくんのお嫁さんだよ、村を出ることを反対されても私は絶対にダンくんから離れないから、それにもっと自分の体を大切にして…!」
最後の言葉がやや震えていたことに今まで耐えていてくれたのだろう、ダンはアズサに対して謝罪しようとしたが、それを止められた。
「謝って欲しいんじゃないの…私はもっと自分を大切にしてほしいだけなの…っ」
「アズサ…」
妻が欲しい言葉は謝罪ではなく、
「ありがとう、心配してくれて…」
それにアズサは泣きそうになりながら微笑んだ。
「…まずは二人にも話をしないとな…」
アズサの両親に話をしに行くと、二人はその話は了承済みだったらしく、父、ナツメと話し合った時にいずれはそうゆうことになるかも知れないと言われていたらしい。
「娘を頼みます」
「はい、娘さんを一生大事にします、お義父さん…」
京の都から迎えのものが来て、いよいよ村を出るときが訪れた。村人総出で送られるその中にいばらの両親のイサクとヤエが手を振っていた。
その姿に涙が溢れた。見送られながらこの村で過ごした日々を胸に二人は旅立った。翌年子供を儲けた。女の子だった。その子の名前はかつての親友と似た名、のばらと名付けられた。
次話でいばらの視点に戻ります。




