第九話:私とあなたの、二人だけの秘密
少し時間は遡る。ざわざわと女性たちが騒いでているのが聞こえた。アズサはその時、家で洗濯物を干していた。そして騒いでいた女性の一人がアズサと目が合った。
「アズサ、大変よ!?」
「どうしたのカシワちゃん、何かあったの?」
友人のこれまで見たことない慌てている表情に一体何かあったのかと驚く。カシワは自身を落ち着かせるように、ごくりと息を吸い込み声を出した。
「落ち着いて聞いてね、…いばらくんが村からいなくなったみたいなの」
「…え」
アズサはその瞬間に持っていた洗濯物を地面に落とした。友人が何を言っているのかわからず頭が真っ白になった。
「い、今なんて…もう何言っているの…」
「アズサ…」
狼狽する友人にカシワは微動だにしなかった。嘘をつくタイプではないということは彼女がよく分かっている。
自分が聞いたことが聞き間違いでないことが友人の表情で分かりくらりと眩暈がした。急に力が抜けて倒れそうになる友人をカシワは慌ててアズサをを支える。
「アズサ…!?」
「そんな…どうして」
動揺するアズサに友人は胸が痛んだ。そして何かできないかとあることを思い出した。
「アズサ…今、男たちがいばらくんを探しているみたいなの。私たちも加わりましょっ!」
友人の力強い檄にアズサは少し冷静さを取り戻してうなづいた。そして捜索隊に合流すると中心にいる人物を見て驚いた。一瞬別人かと思い自分の目を疑った。
「いばらが村からいなくなってまだ一日は経っていません。けれどまだ近くにいるはずなので見かけたら知らせてください!よろしくお願いします」
そこには険しい顔をしたダンの姿があった。何があったかわからない彼の物々しい表情に小さい頃から知っているアズサは身を竦み話すのを躊躇ったほどである。
そして一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎていく。もう村や近くにはいないと諦めている者が多い中、アズサも諦めつつあった。いばらにはつい先日告白をして振られてばかりだったので思い残すことはなかった。
長年好きだった思い人がいなくなって寂しい気持ちであるが、それでもまだ彼を探していた。ダンのことは彼の親しい友人たちからも手に負えなくなっていると噂で聞いた。
そして半年が経ったある日、彼が倒れたと聞いた。誰がお見舞いに行くかと集まり、あまり多いだろうと迷惑になるからという話になり心配するアズサもその一人として挙手をしたのだった。アズサはダンに告白されてから二人っきりで話してはいなかった。
会う暇もないくらいに彼がいばらを探すことに必死になっていたからでもあるが…。アズサが村長の家にいくと使用人ではなくダンの母のマコモが出てきた。
「おばさん、こんにちは…ダンくんのお身体は」
アズサの心配そうな表情にマコモは八の字に眉を下げた。
「近くの村にいる医者を呼んできてね。ここには医者はいないから、しばらく安静にするようにと」
その言葉にアズサは少し安心した。
「アズサちゃんの顔を見たら元気になってくれると思うわ」
ふふっと笑いながらも泣きそうな表情が心労が窺えた。ダンの部屋を案内したマコモは戸の前で声をかけるが返事は返ってこず小さく息を吐いた。
「眠っているかも知れないね、息子の顔だけでも見てきてくれないかい?」
「はい…」
アズサはこくりとうなづき一歩を踏み出した。そこには眠っている彼がいた。ダンの姿は数ヶ月であまりにも変わっていた。髪や髭は伸び放題であるが整った顔立ちはそのままである。
彼のおでこには濡れた布が置かれていたので熱を出したのだろう。触ってみると少し温かいのでそれを変えてあげようとアズサは近くに置いてある桶で布を洗い、ダンのおでこに乗せてあげた。顔にも汗がかかっているとそれを拭おうとしているよ彼がゆっくりと目を開いた。
〇〇
目を覚ますとどこなのかすぐにわかった。自分の部屋だということに。そして立ちあがろうとするが体を起こすことができなかった。
おでこには濡れた布が置かれていてそれが滑り落ちていく。なんとか体を起こして立ちあがろうとするするが倒れそうになった時にガシリと肩を掴まれた。そして目の前の人物を見て驚く。
「アズサちゃん…? どうして、ここに」
呆然としている彼にアズサは安心させるように微笑んだ。
「お見舞いにきたの、ダンくんが倒れたって聞いて」
「倒れた…」
アズサの言葉で思いだす。いばらの両親にもう探さなくていいと言われた。
『探さなくていいわけないだろ…だって俺が化け物と言わなければあいつはまだ村にいた』
ダンの心は罪悪感に押しつぶされそうになっていた。だから見つけるまで諦めるわけには行かない。もう一度ダンは立ちあがろうとした。それを見てアズサは驚く。
「ダンくん、それ以上動いたら…!?」
「アズサちゃん…っ」
ダンの大きな声にアズサはびくりと肩を揺らす。
「ごめん…帰ってくれないかな?」
「え…」
突然の強い口調にアズサは言葉を失った。
〇〇
いつも彼は私に話をかける時はとても優しかった。私から話をかけたりすると目を泳がせたりする。だから、今、初めて言われた拒絶の言葉に私はただただ衝撃だった。
彼は私を見ようとはしなかった。早く帰ってくれと言わんばかりに。いつもの私であれば帰っていただろう。
けれど、今の彼を一人にしたくないと思った。どうしてそんなに必死になるのか、そしてふと思ったのだ。
「…いばらくんと何かあったの?」
アズサの一言にダンは僅かに肩を揺らした。その僅かな動きをアズサは見逃さなかった。それが答えであることを彼の態度を見て確信へと変わった。
「お前には、関係ない…っ」
ダンの言葉が胸に突き刺さる。それでも引き下がってはいけないと思った。
「関係ある!」
アズサの言葉にそっぽを向いていたダンは振り返ると思った以上に顔も近くて驚いた。
「あ、近すぎるだろ…」
ダンの戸惑う言葉にカヤは自分も恥ずかしくなり後退した。
「ご、ごめんね…何かあったか、話してくれないかな? ダンくん」
ダンはアズサの真剣な瞳を見て逸らすことができなかった。話すまでに少し時間がかかったがアズサは彼が口を開くのを待った。
「…このことは死ぬまで誰にも言わないと思っていた…」
「死ぬまで…?」
ダンの思いもよらない言葉にアズサは目を見開く。動揺したが、今聞かなければ一生聞くことはできないかと思い堪えた。
「わかった、死ぬまで言わない!もし、裏切ったら私を殺してくれても構わないわっ」
「…わかった」
アズサの必死な答えに、ダンは断ることができなかった。それに応えるため口を開いた。いばらに最後にあったのは自分だということを。そしていばらの瞳が赤かったということを。
「赤…?」
「ああ、血のように赤かった。山で動物の死骸があったのもいばらの仕業だったらしい…」
アズサは驚きで声を失う様子にダンは苦笑する。
「そうなるよな、びっくりするよな…」
泣きそうに笑うダンの表情にアズサは胸が苦しくなった。いつも明るく笑っていた顔が。それといばらが動物を殺していたと言うことに衝撃的すぎて、アズサは思考が停止する。そんなアズサを見てダンは言葉をかけた。
「今日はもう休んだほうがいい…頭の中いっぱいだろうから…」
お見舞いに来たと言うのに気遣わせてしまったことにアズサは申し訳ないと思ったがそんな余裕はなかった。
「うん…」
戸を開けようとしてアズサはダンの方に振り返った。
「また来てもいいかな…」
アズサの縋るような言葉にダンは目を見開き、少し困ったように笑った。
「ああ…いつでも来てくれ」
そう言ってアズサは後ろ髪引かれながらその場を後にした。
第八話の方を少し書き加えました。
話の進行上、キャラのセリフによって言い忘れていたところが発覚したり、どうしようか躊躇しているとせっかくのアイデアも忘れてしまいますので、その時は前置きに更新したことを残しておきますm(_ _)m




