第八話:失踪
いばらが去ってもダンはしばらく立ち尽くしていた。そのままやがて力尽き膝を屈した。
「なんなんだ…何なんだよ…」
呆然としながらただただ呟くことしかできなかった。どうしようもない感情が胸を渦巻き、彼の悲痛な胸の痛みと重なるように木々が胡乱げにざわざわとゆらめいた。
暗くなりダンはふらつきながら家に帰り着いた。これはきっと悪い夢だと思いながら眠りについた。
コケコッコー。
鶏の鳴き声が朝を知らせる。頭がぼうっとして働かない。一晩寝ても悪い夢は終わることはなかった。今日は部屋の中にずっといて何もしたくない気分だった。しかし、それは使用人の声で残酷に終わりを告げる。
「ぼっちゃま、おはようございます。起きてらっしゃいますか?」
「…はい、起きています」
使用人のスイバが朝から部屋まで来るなんて珍しいと思った。
「実はいばらくんのご両親が来ていまして、いばらくんがどうやら昨日、家に帰ってないとのことですが…」
ダンはそれを聞いた瞬間に扉を開けた。
「何だって!?」
いきなり戸を開けたダンの行動はスイバは驚いた。
「は、はい 今、主人と話をされています」
ダンは急いで着替え、居間に向かった。普段は足音を立てないが、そんな余裕はなかった。
「父上、いばらがいなくなったとはー!?」
そこにはいばらの両親のイサクとヤエがいた。昨日の平凡な様子とは一転して、その目には狼狽と焦りが見えた。
「ダンくん、うちの息子を見ませんでしたか?」
「いばらが…」
言おうとした瞬間に昨日のことを思いだす。そして言葉が詰まった。あの姿のことを二人は知っているのかと…そう思ったら違う言葉が出ていた。
「見ていません…っ」
ダンの言葉に縋り付くような目からから二人がガックリと項垂れるのを見て胸が痛んだ。二人はいばらが帰ってこないことに気づき、数時間は探していた。息子が普段行くところを近所にも声をかけるが見つからず、ここが最後の希望だったがそれが絶たれてしまった。
「どうして…昨日まで普通だったのに、どうしてなの…どこにいっちゃったの、あの子は…」
ヤエは悲しそうにポロポロと泣いた。妻の泣く姿にイサクは優しく肩をさすった。いつも笑っている二人の姿に泣き崩れるのを見てダンは胸が張り裂けそうな気持ちになった。
その姿を見ていばらが過ごした日々を思い出した。俺たちを襲うとしたことが容易くできたはずなのにそれをしなかった。あいつが体が大きくても人を傷つけない彼だと分かっているはずなのに…。
そんな彼に俺は昨日なんていった?
『来るな、バケモノ!!』
あらん限りの声でいばらを強く拒絶した。すぐに顔を背けたので彼がどんな表情をしていたかわからない。
『ごめん…バケモノでごめん』
謝るのは俺のほうだ、いばら。
そう思ったらいてもたってもいられなかった。
「私も探しに行きます、父上!」
息子の目を見て村長は口を開きかけるがうなづいた。
「わかった、気をつけるんだぞ、俺も近くの連中に聞いてみる」
「はい!」
父の頼もしい励ましにダンの明るい声にいばらの両親は何度も感謝の言葉を述べた。それを背に友人の家の方に向かった。
いばらを見かけたら知らせるようにと話すと友人たちはどうしたんだと首を傾げる。村の人口は50人程度、いばらがすぐにいなくなったことに気づくだろう。
「実は昨日から帰ってないらしいんだ…」
込み上げてくる罪悪感を飲み込みながら、いばらがいなくなったことを知らせるためにダンは皆に広げた。
「ええ、いばらくんがどうして!?」
「そういえば、昨日イサクおじさんたちが探していたっておっかあから聞いたんだけど…」
驚いて声を上げるとそれを聞いた周りが農作をしていたものたちが集まった。
「どうした、どうした?」
「誰がいなくなったって?」
「いばらくんがいなくなったってよ!?」
いばらという名前に周囲のものたちが驚く。
「ええ、いばらくんが!?」
「どうして、何かあったのか!?」
「とりあえず、探そう!ダンは、僕たちはどこを探せばいい?」
いばらを心配する友人の声にダンは目頭が熱くなったが、グッと堪えた。
『あいつを泣かせた俺が泣く資格なんてない…』
ダンと俺たちは手分けをしながら探し回った。いばらがいなくなったことはやがて村人全員が知り、村中を探し回ったが影も形もなかった。
最初の一週間は皆必死になって探し回ったがひと月も経てば脱落するものもいた。
そして二月、三月となり半年が経った。ほとんどの者がもうどこか遠くへ行ってしまったと諦めている中でダンは探し回った。村にいないのなら外に行けばいいとダンは村のみんなに呼びかける。
しかしそれは危険すぎると父である村長に止められた。村の外は野盗や獣に襲われるかも知れない、村長として村のものたちの安全を守らないといけないからだ。ならばと比較的体力があり、小さい頃からいばらとよく遊んでいた男たちに声をかけるが、
「悪いダン、俺もいばらのことを心配だが、家族がいるから…」
「本当にごめんな…」
次々と去っていく友人の申し訳なさそうな後ろ姿にダンは引き留めることはできなかった。なら自分一人で行くしかないと思い山の方へと向かうために準備をしているといばらの両親がダンと話をしたいとやってきた。それを無視することはできず二人を出迎えた。
「イサクさん、ヤエさん…こんにちは!」
目と目が合った瞬間に二人の瞳から涙が溢れていた。二人のいきなりの異変にダンはオロオロと困惑して動揺する。
「どうしたんですか…?」
どうして泣いているのかわからないダンは二人に訳を聞いた。
「もう…もう、いいのよ」
「…え」
二人が何を言っているのかわからなかったが、二人の目が何を言いたいのか何を伝えたいのかなんとなく分かってしまった。
「もういいの…」
それにダンは震わせながら、口を開いた。
「もう少しで、もう少しで見つけるので…」
なんとか言い募ろうとするダンをイサクが近寄り腕を広げて抱きしめた。
「もうよくやってくれた、その足で…」
ダンは視線を下ろすと足は山の中を駆けずり周り、擦り傷だらけになっていた。以前は村長の息子として恥ずかしくないように身なりにも気をつけていたが、いばらを探すようになってからひげも伸ばし放題だった。
服は使用人が綺麗な服を用意してくれていたが、それは母からの配慮だということに考える気力はなく、ダンは取り繕うとした。
「こんなの大したことないです…大丈夫です…必ず僕が…あいつを…っ」
息が苦しい。
俺のせいなんだ。俺のせいであいつは…っ。
「ダンくん…?」
自分が家族や村の人たちからどう思われていたか考える余裕すらなかった。二人の言葉に、休むことなく疲労と神経をすり減らしていたダンはついに限界がきてしまい、ぷつりと意識が途絶えた。
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