第五話:山の異変
一日中、誰かと付き合うのはもう日常茶飯事で苦ではなかった。というのも村の子達が大人になるに連れて徐々に減ってきたのだ。
子供のうちは遊びだということで大人たちも目を瞑ってきたらしいが大人になると話が違ってくる。
それから季節ごとに減っていき、一日中付き合っているのは今は数人しかいない。アズサはその内の一人だった。
16歳はまだまだ村一番の美少女が美女と言われるものそう遠くないだろう。けれどアズサと一日中付き合いしても恋という気持ちを抱くことはなかった。
そんなある日のこと、いつものように一日付き合うことになった日のこと、アズサと一緒に渓流釣りに向かった。
「さてと今日はどちらが釣れるか勝負するか?」
「そうね…いばらくん、その前に少し話があるんだけど」
彼女の真剣な声にいばらは腕まくりをするのをぴたりとやめた。アズサは息を吸い込みいばらの目を捉えた。そして彼女は満面の笑みで口を開いた。
「私はいばらくんのことが好きです、付き合ってくれませんか…?」
子供の時のいばらであれば普通に答えていたかもしれない。しかし、いばらはその告白に特別な意味が込められているのに気づかないほどもう子供ではない。
「…ごめん、付き合うことはできない」
「…っ、うん そっか」
いばらの答えに悲しそうにアズサの瞳が悲しそうに揺らいだ。
「ごめん」
「もうっ、謝らないで…なんとなく分かっていたの、フラれるって」
「え…どうして」
不思議そうな顔をするいばらにアズサは困ったように笑った。
「私いばらくん【を】好きになった人は見たことあるけど、いばらくん【が】好きになった人ってそういえば知らないなって思って…」
「アズサちゃん、僕は…」
どういえば良いのか戸惑ういばらにアズサは何かを振り払うように首を横に振り背を向けた。
「だから大丈夫、私…先に帰っていいかな?」
「う、うん 気をつけて」
「うん、それじゃ、今日はありがとう、楽しかったよ!」
アズサは小走りでその場を去った。最後に放ったお礼の言葉が少し震えていたことにいばらは気づいていた。けど追いかけてなんになるのだろうか。中途半端な優しさは相手を傷つけることになると思ったからである。いばらは目を伏せた。
ダンが彼女のことを好きだと知ってから、いばらはアズサと変わらず過ごしてきた。彼女から向けられる視線の意味に気づきつつも何もできなかった。いやしようとしなかった。
優しくて気の利いた彼女のことは好ましく思っている。けれどそれは友愛のものであって、ダンの言っていた恋愛感情ではない。
『ごめん、ごめんね アズサちゃん。…僕では君の気持ちに応えることはできない…』
その時に浮かんだのは彼女のことを想う友人の顔だった。自分勝手な願いだが彼女を好きになってくれる人と幸せに結ばれてほしいといばらは願った。
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それよりもいばらにとって死活問題があった。いきなり起きた吸血の衝動に日々苦戦していた。人間の血を飲むことはできない。ならば、動物の血ではどうなのかと考えた。
山には幸いにも動物がいる。鹿やウサギ、猪などが山ほどいる。いばらは夜中に家を抜け出して夜の中で狩りを行った。
常人では夜の山を歩くなど自殺行為である。流石に天気の悪い時とかは行くことができないが月明かりがあれば事足りた。
いばらは注意しながら山の中を駆けていくとシカの群れが見えた。シカは警戒心の強い動物だ。
少しの音でも耳を立てて、即座に逃走するだろう。息を殺した。そして人前では見せない速さでシカに襲いかかる。あまりのスピードにシカは立ち上がるのが遅れた。
どの集まりにも1匹だけ遅れる個体がいるものだ。非情ではあるが、いばらはそれを狙った。そして出遅れた1匹に狙いを定めて持っていた木の棒でシカを昏倒させた。
シカは気絶して地面に伏せた。持ってきた縄で木にくくりつける。
「ごめんな…」
いばらは命をいただくことに手を合わせた。首を切り切断すると血の匂いが溢れた。
その瞬間のどの渇きが癒やされていくのに気づいた。
動物の血で乾きを癒すことができたいばらは夜間に乗じて動物を狩りまくった。数年の間はそれで凌ぐことができた。しかし徐々に動物が少なくなっていることに山にくる村人が気付き始めたのだ。
山で狩猟をする村人、狩人のソヨゴがいた。日中、山の中を歩き動物たちの様子がおかしいことに気づいた。
いつもは鳥の鳴き声や動物たちの活動する音がそこかしこに聞こえていたはずなのに。前に来た時はこんな風では無かった。
ソヨゴの直感がそう自分に言っていた。そして歩いていくと赤い血痕があった。
「これは…」
血は少し乾いていたがまだ時間は経っていないと分かった。雨が降っていれば血は流れてしまうだろうかここ1ヶ月雨が降っていなかった。
そしてその血は転々と移動していた。けれどそこには動物の足跡が見つからなかった。血の量からかなりの出血だと窺えた。
これでは動物も助からないだろうと動物たちが異常に怖がっているのが分かった男はぴたりと止まった。そこで血の跡が止まっていたからだ。
男は動物の死骸がないかと探し回るが見つからない。地面を掘った形跡も無かった。ふとこの仕業を動物がしたのかと考えた。
山の中に何かいるのではないかと、狩人は初めて恐怖を感じた。親から狩りの手ほどきを受けて二十数年が経つがこんな異常はなかった。すぐさま山を降りてこの事を村長に知らせに向かったのだった。
〇〇
ソヨゴは使用人に挨拶をすると、ダンの父親であり茨木村の村長であるナツメに伝えた。彼はシカや猪などを狩っては村に納めている。使用人とはもう長年の顔馴染みである。
「村長に話したいことがある」
「ソヨゴさん、わかりました。すぐにお伝えしますね」
緊張の入り混じった表情にいつもと感じが違うことに気づくが追及はしなかった。ソヨゴが来たことに使用人は村長に教えると自ら出てきた。
「お〜う、ソヨゴじゃないか どうした?」
いつも穏やかに見えるがソヨゴの険しい表情にナツメは腰を下ろした。
「…何かあったのか?」
「はい、お耳に入れたいことが」
近づいたソヨゴはナツメに話をした。
「近頃、山の様子がおかしいのです」
「山の様子?」
「はい、久しぶりに北の山に行って狩りをしたのですが山が異常なほど静かだったのです。鳥の鳴き声とか動物たちの音が聞こえるはずなのに何も聞こえなくて…」
ナツメは黙ってどこか落ち着かないソヨゴの話を聞いた。
「それで、あったんです。血の跡が…」
ソヨゴは言葉を詰まらせた。
「そして血の跡を追っていくとそこで消えていたんです。こんなこと私の父に聞いたら見たこともないと言っていました」
ソヨゴの話が終わりナツメは口を開いた。
「それは山の中に何かいるということか。クマとかか…?」
「クマがきた形跡はありませんでしたが…。今度犬のシロを連れて他の山も見てきます」
「分かった、気をつけるんだぞ」
「はい、このことは村人たちに触れ回った方がいいでしょ、山に何がいるかわかるまでは」
長年信頼の置ける狩人の忠告に村長のナツメは重々しくうなづいた。
「分かった、すぐに村人たちを集めよう」
その日の夕方に村人たちを至急集めることにした。いきなりの村長の召集に村人たちは何事かと騒いでいた。ざわざわする村人たちの中にいばらたち家族もいた。




