第四話:初めての衝動
〇〇
いばらは16歳になった。身長も高くなり、幼かった顔立ちから男らしくも凛々しい好青年となり、ますます村の人気者になった。両親はいばらも後を継がせようと自分の仕事を教えることにした。
まずは練習からと何度も教えてもらい、いよいよ客の一人に髭を剃るために剃りをあてることになったのだ。
髪を削ぐことができたが、髭を削ぐことは初めてだった。いばらは気をつけて髭を剃っていたがその時に客が少し動いたので刃が立ってしまった。
「いて!?」
「す、すみませんっ」
いばらは急いでカミソリをあげて手でその血を拭った。近くで見ていた父は客に謝り倒した。
「申し訳ありません、大丈夫でしたか!?」
「いや、私がちょっと動いてしまったんだ。私も悪かったね」
怪我をしてしまったのは自分の非だと客の方がいばらに謝った。だがらと言ってそうはいかない。それにいばらは慌てて頭を下げた。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんっ」
カミソリの刃は鋭利なため切れやすいがその切れやすさから刃を少しでも立ててしまうと怪我をしやすくなってしまうのが難点である。
怪我をしたまま続行することはできないので、客はそのまま帰らせることにした。申し訳ないと思ったいばらは父にも謝った。
「ごめん、父さん…俺…」
落ち込むいばらに父は頭を優しく撫でた。
「そう言う時もある、何回もやってみないと上達しないからな」
「う、うん」
「手を洗ってきなさい、汚れているぞ」
「わかった」
外に出たいばらは指に血がついていたことを思い出す。指を綺麗にしようといばらはべろりと血を舐めた瞬間だった。
ドクン
何だ、この味は。今までは鉄臭いと思っていたのに、どうしてこんなに美味しく感じるんだ。
もっと、もっと舐めてみたいと思い、いばらはその血がついた指をぺろりと綺麗にした。綺麗になった指を見てもその衝動は中々おさまらなかった。
「お〜い、いばら、どうしたんだ」
遠くから呼びかけられる父の声にいばらは没頭していたのに気づいた。いつまでも帰ってこないばらを心配したのだろう。すぐに帰らなければと慌てて家の中に入った。
「どうかしたか、いばら?」
「ううん、大丈夫。父さん…」
「何だ?」
「もっと髭剃り上手くなるね」
いばらの言葉にイサクは失敗して落ち込んでないことに安堵し嬉しそうに笑った。
「ああ、お前ならやれるさ」
しかし、現実はそうはいかなかった。それからと言うもの血を飲みたいと言う衝動に駆られた。
あの瞬間をもう一度味わいたいと。それから何度かバレないように客の顔を傷つけては血を拭うようになってしまった。
父は最初は失敗は誰にでもあると寛容であったが、何度も失敗をするいばらに父は怒り当分は髭剃りを禁止されてしまった。
〇〇
いばらは髪を切ることは父から許可されたがその言葉とは裏腹に、あの時の身体中が沸騰するような衝撃を思い出してしまい、家にいるのも億劫で川を見ながら黄昏ていると声をかけられた。
「こんなところで何をしているんだ」
振り返るとそこにはダンの姿があった。数年が経ち、ダンも自分と同じくらい背が伸びて女子からの人気も上がった。
「ちょっと、な…」
はっきりとしない物言いにいばらにダンは首を傾げる。
「いや、まあ少しな…」
言えるわけがない。血を飲みたくて顔を傷つけて血を舐めたいなんて。
「まあ、さっきお前んところのおじさんと会ったんだけど、お前が失敗するってあるんだな」
「父さんにあったの?」
「ああ、ちょっと怒りすぎてしまったかなって、落ち込んでいた」
父の表情が脳裏に浮かびいばらは苦笑した。
「そうか、もう少ししたら戻るよ。ありがとう、ダン」
「おう」
ダンは水を飲もうと小川の水をすくって水を飲んだ。その時にいばらはあることを思い出した。
「そういえばアズサちゃんとうまくいっているのか?」
「ゴホっ カホ!?」
アズサという名前にダンは水を吐き出してしまう。
「ぜえぜえ」
「お、おい、大丈夫か?」
いばらは大きく息をするダンの背中をさすった。
「だい、だいじょうぶじゃねえ…よ」
呼吸が整うまでいばらは待つとダンは恨めしそうにみてきた。
「悪い、悪い、で、どうなんだ?」
いばらのさらなる追求にダンはのけぞり、顔がだんだんと赤らむ。
「まあ、その、あれだ! まあ、ぼちぼち」
そう、ようやくダンは先日アズサに告白したのだ。そして彼女はなんと答えたのかいばらは知らなかった。ダンはポツリと話し始めた。
「返事はまだ聞いてはいない…」
彼女が好きな渓流釣りに連れて行き一休みしたところで話しかけた。
『どうしたの、ダンくん』
『実は、その 俺、アズサちゃんのことが好きです 付き合ってくれませんか!?』
ダンの絶叫が木霊する。ざわざわと木々が揺らぐ音にダンは落ち着かない。
『えと…』
アズサの声を聞いた瞬間に耐えられなくなりダンはわざと声を上げた。
『あ、しまった!父さんに頼まれていたことがあったんだ。ごめん、アズサちゃん 一人で帰れる?』
『へ、あ、う、うん! 帰れるけど、あの…』
『よかった、それじゃ』
『え、ダン君、待っ!?』
ダンはこの時、全速力で山の中を駆けて村に戻ったのだった。その一部始終を開いたいばらは開いた口が塞がらなかった。
「お前、それはダメだろ」
「だって…だって」
ぐずぐずと塞ぎ込むダンにいばらはため息をつくしかない。そんな姿を見ながら彼を羨ましいと思った。生まれてから16年が経ち、いばらは恋愛感情を持ったことがなかったのだ。
「だってずっと好きだったんだよ、振られたらどうやって生きていけばいいんだ…」
「ダン…」
悲壮感漂うダンの背中にいばらはかける言葉が見つからなかった。慰める言葉も彼を傷つけてしまうだろうと、そのまま別れた。
ダンにはああ言ったものの、いばらはどうしたものかとため息混じりに思案する。それはダンが彼女に告白する前に、いばらは彼女に告白されていたからだ。




