第二十五話・彷徨いし者・漆【第八部:完】
壺井は拘束の解除をし、睡眠の暗示をかけられている鎖を外した。数秒後に強制された眠りから妖は目を覚まし周囲をキョロキョロとする。そして朝日達の存在に気づき自分をとらえた敵と認識し、唸り声を上げた。
「こらこら、あなたの相手は私ですよ」
近くから声がした妖が目の前に志郎がいることに驚く。妖の心情が分からないがその挙動がおかしすぎて志郎はクスリと笑ってしまう。志郎は無線で朝日達に開始を繋げた。
「それでは始めますね」
「はい、お願いします」
朝日、真澄、藤次郎、壺井は被害を被らないように少し離れたところに移動した。朝日はふと気になって壺井に話しかける。
「志郎って最近体を動かしたりしていますか?」
志郎が代理になってからはや数ヶ月が経過している。
「主に事務作業が多いですからね。立場上目立つことはできませんし」
「ですよね…」
朝日は思った通りだったがなるべく外れれていて欲しかった。それならかなり鬱憤が溜まっているはずだと本来志郎はじっといるタイプではない。
〇〇
「さてとあなたに聞きたいことがありますが、少しは話すことができるとの情報ですが」
志郎はそう言って笑うと妖は何かを感じ取ったのか素早く後ずさる。その反応速度に志郎は微笑んだ。
「おや、本能というものでしょうか、あのバカを思い出しますね」
朝日達は誰がバカと言っているのがわかった。朝日は志郎に聞けなかったが、糀の今の精神状態を鑑みて、待っていてあげているのだ。
志郎にとっては自分の息子を傷つけられ正直糀をぶん殴りたくなったほどだ。だが自分が動けば監獄にいる鬼族の見張りがいなくなれば陰陽局はどうなうか分からない。この陰陽局がなくなれば狭間区の住人も安心した生活を送れなくなる。
「さて、そちらから来ないのなら私から行きますよ」
志郎は助走なしで飛んだ。そしてものすごい速さで妖に近づく。妖は志郎の速度に対応することができなかった。目の前に現れた志郎に驚き体が硬直する。
「おや、逃げなくていいんですか?」
にたりと笑う志郎に化け物は腕を振り上げて鋭い爪で掻き切ろうとするが、その前に志郎の一撃をガラ空きだった腹に直撃してしまう。
「ぎゃああ!?」
断末魔の叫び声を上げながら倒れ込んだ。かなり重い衝撃だったのか腹ばいになってピクピクとしていた。朝日は妖に対して深く同情した。
「寝るのは早いですよ、まだ始まったばかりじゃないですか?」
志郎は笑みを浮かべながら妖を追い詰める。その様子に朝日はゾクゾクとして体をさすると隣にいる真澄から声をかけてきた。
「寒いですか、朝日様?」
「うん? ああ、大丈夫だよ」
防寒はしているため寒くはないのだが、立証のためとはいささかな光景に平静で見てられるほど達観はしていない。
香散見と藤次郎が平然と見ていることに志郎は自分の子供にどういう教育をしていたのか朝日は少し気になった。すると志郎の無線から話しかけられる。
『今のところは変化は現れませんね』
それに答えたのはその時に対峙していた藤次郎である。
「はい、やはり糀さんがいた時に力が強くなりましたので」
「そうですか、分かりました…壺井さん、そろそろ」
「はい、分かりました」
壺井は端末を使い周りの結界を強化した。外に音が漏れないようにするためだ。
「あなたには何の恨みも…いや、ありますね。後悔して差し上げますよ」
普段は出さない声音でいう父に香散見と藤次郎は表情に喜色を浮かべた。妖は抵抗するも本気の志郎になす術もなかった。
「ぎゃああああ」
その時、妖が何かを庇う仕草をした。あまりにも人間らしい仕草を見逃すはずがなく志郎は問い詰める。
「そこに何かあるんですか? 何かそこには隠しているようなものですよ」
妖は志郎が何を言っているのが理解しているかのように、無我夢中になりながら攻撃をするが当たらない。
「さてと、それでは終わらせましょうか」
志郎は拳に力を込めて一撃を放った。そこは化け物が庇っていた箇所だった。その時ピシリとした音が割れたのを志郎は耳にした。
それと同時にである不思議なことに妖は消滅していったのだった。そしてその中から何か出てきた。
コツンとそれは地上に落ちた。戦いが終わり、朝日達は元の場所に降りて志郎に近寄った。
「志郎、お疲れ様!」
「朝日様…」
駆け寄ってくる朝日に志郎は表情が浮かない顔をしていた。志郎は朝日から壺井の方へと視線を向けた。そして手に持っているものを見て壺井は驚きの声をあげた。
「それは、まさか…!?」
壺井は驚きの声をあげて志郎はうなづく。
「そのまさかでしょう…」
朝日達は二人は何の話をしているのかさっぱり分からなかった。なので朝日は疑問を呈した。
「それは一体何なの?」
「これは、妖の核です」
「核?」
「妖の核は心臓のようなものでエネルギーでもあります」
「え、この小さなかけらが」
朝日は驚きの声をあげた。
「はい、そのかけらが綺麗であればあるほど純度は高く、妖のランクも高いはずです」
「そうなんだ」
志郎と壺井はそれを見つめて深刻そうにしわを寄せていたのを朝日が気になった。
「何か気になることが?」
それに答えたのは壺井である。
「朝日さん、これは私の見立てではS級に相当すると思います」
妖怪には明確に分かりやすいようにランクが分かれている。一番弱いのがE級で、一番強いのがSSS級である。S級は上から3番目に相当する。壺井がわかったのは陰陽局にあるデータバンクで何度か見たことが合ったからだ。
「私もそれぐらいだと思います」
壺井の鑑定に志郎も同意する。
「私ほどではありませんでしたからね。妖力は」
ちなみに志郎はSS級に該当している。
「だけどおかしいですよね、それだけ強い妖力を持っていれば検知した時に画面上に表示されるはずなんですが、データに残っているはずですがなかったんですよね」
「残っていない…?」
「はい、それとあの核のかけらはほんの一部分でしょうか」
「それじゃ実際の核はもっと大きいってこと?」
「私が立てた仮説なのですが、この妖は実験体にされたのではいないでしょうか」
「実験体!?」
「何か思い当たることがあるの?」
その質問に壺井と志郎は目を合わせてこくりとうなづいた。
「分かりました、お話ししましょう 昨日糀が暴走してあなた達が去った後に何があったのかを…」
〇〇
朝日達が去った後に合歓とあやめは陰陽局のもの達を待つために見張りをしていた。
人の気配がして合歓達は最初は陰陽局のものが来たと思った。あやめはその人達に声をかけようとしたが合歓が念話で制した。
『待って』
『え…?』
いきなりの念話で話しかけられてあやめは驚くが平静を装う。
『あの人たちは陰陽局の人じゃない』
『え、そうなんですか、一体どうすれば』
『ここは私に任せて』
合歓の一言にあやめは後ろに下がった。
「これはこれは、お疲れ様です。あなた方はどこの所属のものでしょうか」
合歓の豹変ぶりにあやめはお面の下で目を瞬く。普段の合歓を知っているものが見たら別人かと驚くだろう。
「私たちは検非違使のものです。妖の死体を処理するために参りました」
気の良さそうな表情に気が緩みそうになるが、あやめはそれをうすら寒く感じて警戒心を解かなかった。
「申し訳ありませんがこの妖を陰陽局に送る手筈となっていますので局の方ももうそろそろ来られると思います」
「…そうでしたか、それではそちらで処理をお願いいたします」
そう言って検非違使のもの達は音もなく闇世の中に消えていった。合歓とあやめあのだ姿が見えなくなりようやく口を開いた。
「合歓さん、あの人たちは」
「とりあえず、壺井さんと父に報告をしないと」
合歓は念話で父に話しかけた。
『どうしました、合歓ですか?』
『父さん、多分、そっちに検非違使のもの達が行くと思うから、気をつけて』
〇〇
『分かりました、対応しましょう』
志郎の近くに壺井も近くに勤務していた。
「娘から連絡が…今から検非違使のものがこちらに来られるそうです」
「検非違使の方が?」
志郎の言葉に壺井は違和感を感じた。つい先ほど妖を捉えたと朝日達から報告を受けたばかりだからだ。その妖は陰陽局預かりになった。そして来客が来たことを電話機が告げる。
「壺井さん、検非違使の方がお見えです」
対応するスタッフの口調が戸惑っていることに気づいた。それもそのはず普段は表に出ない人たちだからである。
「分かりました、通してください」
「了解しました」
〇〇
検非違使はすぐに通され、壺井と志郎が待つ部屋へと向かった。
「はい、どうぞお入りください」
「失礼致します」
入ってきたのはスーツをきた年嵩の男性だった。そのほかに作業着を着たもの達がいた。
「夜分遅くに申し訳ありません」
この時の時間は1時を過ぎていた。社会人として非常識な時間帯だが妖は夜に活動するため、陰陽局は24時間体制であるというより夜の方が忙しくなる。
「私は芦屋家の使用人であり、検非違使を取りまとめている武田と申します」
「武田さんはどうしてこちらに?」
「部下から報告がありまして、倒した妖の引き渡しを拒否されたとはどういうことなのか説明を聞きたいと思いまして」
芝居がかったような言い方にリンドウは目を細める。
「申し訳ありません…あれは不可思議な点も多く、こちらで調査することになりました」
「ーというと」
「解剖するんですよ」
リンドウが放った言葉に武田は一瞬目を見開いた。それをリンドウは見逃さなかった。
「あなたたしか新しく入ってきた代理の…」
「はい、リンドウと申します」
志郎は軽く会釈した。
「そうでしたか、リンドウさん、ではその死体を引き取ることはできませんでしょうか?」
なおも食い下がろうとする武田に壺井は一言告げた。
「分かりました。私たちで調査が終わった後に引き渡すのはどうでしょうか それで構いませんか」
「…分かりました それでよろしくお願いします」
〇〇
「それを最後に去っていきました」
一部始終の話を聞いて朝日、真澄、香散見、藤次郎の顔色はどこか晴れない。それはつまり…。
「それって本当なの、芦屋家が関わっているかもしれないって」
朝日の言葉に志郎は断言する。
「確証はありませんが、どうしてあんなに食い下がったのか分かりました。この核を見られたくなかったからでしょう、十分に関わっている可能性が高いです」
迷いのない志郎の言葉にそれは確定であることを告げていた。
第八部を読んでくださりありがとうございました!
今後の予定はあらすじの方に記載いたします。
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