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ユグドラシル  作者: Re:
春の章
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Ⅻ.行軍 ――前編――

Ⅻ.行軍 ――前編――


 ヘルメスがいなくなり、一人で「城壁の森」を目指して歩き始める。あたりは一面石だらけの荒野だが、目の前の緑の石で敷かれた道は思いのほかしっかりとしている。


 こちらの世界に来たのが昼過ぎだったはずだから、時間的には夕方近いのだろうか?時間を見ようと思って携帯を見てみると、電源が入らなくなっていた。電池が切れるには早すぎるから、こちらの世界では携帯は使えないということなんだろう。普段から時計も着けていないので、いったい何時間歩いたかも判らない。


 それでも、やがて日が傾いてきたので、夕刻が近づいているのが判った。風景の変化のほとんどない道を歩いているので、少しでも景色が変わると気が紛れて嬉しい。立ち止まって眺めると、広大な岩だらけの平野に紅の夕日が沈んでいく。雄大な光景に思わず見入っていると、やがて日は落ち行き、周囲を薄暗がりが支配する時刻となった。

 そろそろ、夜を明かす準備をしなくてはと思い、近くを見渡すと、自分の居る道の傍に里程標のようなものが立っていることに気づいた。ひざ丈よりも少し高いくらいの石の柱のようなものが立っており、文字が彫ってあるようだがそれは暗くて見えない。

 そこで、何か役に立つものはあるかとヘルメスから渡された「必要の袋」をまさぐる。何か硬いものに手が触れたと思って引っ張り出そうとすると、袋から眩しい程の光があふれてきた。目が慣れてよく見ると、それは「始まりの森」の小屋にあったランタンだった。

 これで、日が暮れた中でも手元や周囲をはっきり見ることができる。「必要の袋」とはよく言ったものだ。

 続けて袋の赤を探ると、金属の棒が何本かと大きな布が出てきた。何だろうとしばし考えたが、これはどうやらテントではないかと思い、ランタンの明かりを頼りに組み立てる。使ったことのない形のテントで時間がかかったが、何とかそれらしき形に完成させ、更に袋の中をあさる。

今度は何やら紙袋が出てきた。開けてみると、丸パンにハムとチーズが挟まったもの二つと水筒が出てきた。そう言えば、腹が減ってきた。今まで、色々なことに必死で全く気が付いていなかったのだ。早速、パンにかぶりつく。水筒の方には温かい珈琲が入っていた。香ばしい濃いめの珈琲が、ハムとチーズのパンに合って、実に旨い。少し大きめのパンだったが、あっという間に無くなってしまった。

腹も落ち着き、眠くなってきたので、「必要の袋」を持ってテントに入ろうとすると、袋がやけに重いことに気づく。まだ何か、あるのかと思って中を見ると、薪と火打石のようなものが入っていた。これはどうしたものかと思っていると、遠くからオオカミのような遠吠えが聞こえてくる。急に怖くなり、急いで薪に火をつけた。これで獣は近づいてこないだろう。

袋にはまだ薪が入っていたので、焚火の傍に置いておき、座って火の番をする。これで大丈夫だと思うが、不安を消しきれず、気が付くと夜が白み始めた。ようやく安心した気持ちになってきたので、火に多めの薪をくべ、テントに入った。そして、疲れていたのだろう、またたく間に眠りに落ちてしまった。



 目が覚めた。周りを見ると、下宿のベットだった。まだ朝早いようだったので、安心してそのまま又眠ってしまった。



 今度は、目が覚めるとテントの中にいた。日常の世界で眠りについたから、こちらの世界で目が覚めたということなのだろうか?

 とりあえず、テントの外に出て周囲を確認し、「必要の袋」から朝食を取り出す。今日は卵を挟んだパンと珈琲だ。バターのきいたパンが美味しい。テントを「必要の袋」にしまい、歩き始める。焚火の燃え残りの木はそのまま残しておいた。


 歩いているうちに、日がどんどん高くなり、突き刺すような日差しになる。汗がしたたり落ち、喉がカサカサに感じるまで水分を奪われていく。ここはほとんど砂漠に近いよいだ。「必要の袋」には水筒が入っていて、頻繁に飲んではいるが、とても足りない暑さである。

しまいには、頭痛がして、少し吐き気もするようになってきた。明らかに熱中症の症状。このままでは危ない。「必要の袋」をまさぐると、袋が急に重くなった。中を見てみると、昨夜使ったテントが入っている。

ありがたい、これで日差しを防ぐことができる。そう思い、ふらふらする体で何とかテントを建て、中に転がり込むと、日向とは大違いで涼しい。水を飲んで、倒れ込むように眠ってしまった。



 意識を取り戻すと、もう夕暮れになっていた。昨日と同じ壮大な夕暮れ。進行方向には黒い森が見え、左右には地平線が続いている。

 そう言えば、ヘルメスが「昼に寝て夜歩くのがお勧め」といっていたのを思い出した。確かに、今日のような暑さが続くのなら、昼間に歩くことは無理だろう。夜道を歩くのは怖い気がするが、あの酷暑の中を歩くのは無謀だし、ヘルメスを信じて夜の間に行程を進めることにしよう。

 そう思って立ち上がり、テントを片付ける。テントをしまうと「必要の袋」は一度大きく膨らんだが、すぐにしぼんで軽くなった。だが、すぐにもう一度膨らんで重みが出たので手をつっこんでみるとみると、ランタンと食料が入っていた。

 簡単な夕食をとり、歩き始める。闇夜だがランタンの明かりがあるので、進む道に迷うことは無さそうだ。頭上では満天の星空が名も知らぬ星座を描く。空気は澄み渡り、昼間の暑さが嘘のようで、楽に道を進みことができる。相変わらず時間は判らないが、夜空の星が動いていくので、少し時間の経過を感じることができ、少し気持ちが楽だ。

ときおり、遠くから獣の鳴き声のようなものが聞こえてくる。目を覚まして歩き続けているので、じっとしているだけよりは安心できるが、それでもドキリとする。その時、無意識に「必要の袋」をまさぐると、ヒヤリとするものに手が触れ、取り出すと木製の鞘に収まった30センチ程の小刀だった。これも念のために腰にぶら下げて歩くことにする。

 ある程度歩き続けたかなと思ったころ、また里程標が立っていたので一度休むことにした。「必要の袋」から薪が出てきたので、念のために火を熾し、これまた袋から出てきたパンと珈琲で軽食にする。

 再び、出発しその後二つの里程標のところで簡単な休憩をし、三つ目の里程標のところで明け方となった。テントを建て、眠りにつく。暑い昼間は野獣もこちらまでは来ないだろうと思い、安心して休むことができた。



 目が覚めると、案の定、下宿の天井が目に入った。



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