Ⅺ.森からの出発
Ⅺ.森からの出発
気が付くと、悠士は開いたままの本を手に持って、あの森の中の小屋の扉の外にいた。
どういう法則性が有るのか判らないが、どうやら俺は不定期に日常の世界とこの森の世界を行ったり来たりすることになってしまったらしい。前回は寝ている間だけこっちの森の世界に来ていたから、今の俺は大学の図書館でヨダレをたらして眠りこけているということなのだろうか?
相変わらず、良く分からないことだらけだが、取りあえずはヘルメスの言っていた森の出口を目指してみよう。
そう思って、小屋を出発し、以前に途中まで歩いた小道を進む。しばらく、木々の間の小道を歩いていくと、少し開けた野原のようなところに出た。ひざ丈より少し低い草地の中を小道は続いていて、野原の周囲は森に囲まれているようだ。
一気に見晴らしがよくなった道を進んでいくと、道の先の方がぼんやりと黒い煙につつまれているように見える。火事ではないかと思いながら更に進むと、焦げ臭いような生臭いような匂いが漂ってきた。それと同時に、周囲の視界が薄黒く霞んでくる。どうやら、あの黒い煙の中に入ったようだ。
道を進むごとに、異臭がだんだんと強まっていく。着ていた服で鼻と口の周りを押さえて先に進むと、「ブーン」という低い音がし始めた。
道の真ん中に何かが落ちている。
よく見るとシカの死骸らしい。それより問題なのは、その死骸の傍らで何か黒い塊が蠢いていることだ。人間一人ほどの大きさのその黒い塊は、二つの目でこちらを見ているような気がする。人間そっくりの白い二つの目。それと同時に周囲の黒煙が濃くなり、数メートル先もはっきり見えないくなった。
そちらの方へまっすぐ道を進むことはとてもできず、道を離れて草むらを迂回する。その目とにらみ合いをしながら、死体の反対側へ回り込んだ。じりじりとこの場を離れようとしていると、黒い塊がゆっくりとこちらへ動き始めたように感じられた。
思わず、耐えきれなくなって走り出す。
心臓が恐ろしい速さで脈打つのを感じながら、必死で走る。
こんなに走ったのはいつぶりだろうか?道沿いに走り続け、再び森に入り、息が切れ、呼吸が苦しくなったところで、ここらでもう大丈夫だろうと足を止め、大きく肩で息をする。
周囲の様子を見ようとして顔を上げたその瞬間。すぐ目の前に誰かがいるのに気づく。
「わっ!」
と声を上げて後ろに飛びのくと、
「やあ、水無月さん。」
と聞きなれた声。
ヘルメスだった。
「お待ちしておりましたよ、水無月さん。ここまでの道はいかがでしたかな?」
ヘルメスの問いかけに、先ほど見た黒い塊との遭遇を話す。
「そうですか。それは思っていたよりも深刻です。貴方は出発を急がなくてはなりません。」
何のことか判らず、俺が聞き返す。
「出発、といいますと?」
「そう出発です。」
「貴方は今から、この道を進んで「城壁の森」へと行くのです。」
見ると、目の前には森の終わりがあり、その先には石だらけの荒野が広がっており、その中に一本の小さな道があった。道には緑の石が敷き詰められていて、遥か遠くまで続いている。その先の方を見やると、なるほど黒い森のようなものが見える。あれが「城壁の森」なのだろう。
しかし、なぜ俺がそこに行かなくてはならないのだろうか?しかも、さっきのような危険な?目にあって。
「行けば、そこで知ることが出来ます。行かなくてはなりません、貴方に危険がせまっているのです。」
「さっき聞かせてもらった話に出てきた、黒い塊というのが危険なのです。まさか、ここまで早く進んでいるとは思いませんでした。あれは貴方にとって危険なのです。」
「最悪の場合、貴方の命が失われてしまうかもしれないのです。急がなくては。」
脅すように、ヘルメスはたたみかけてくる。どうやら、俺は訳の分からないまま荒野に出発しなくてはならないようだ。
俺が、納得はしないまでも、仕方がなく受け入れそうだと思ったのだろう、ヘルメスは、
「これを、」
と、皮でできた丈夫そうな袋を差し出した。
「これは「必要の袋」です。道中、貴方の必要に答えてくれるでしょう。」
と言って、その革袋を渡し、
「それでは、私はここまでです。また、「城壁の森」でお会いしましょう!」
と言いながら、だんだんとその姿を消し始めた。
そして、背景へと溶け込んでいきながら、
「ああ、そうです。昼に寝て、夜歩くのがお勧めですよ。」
と、言葉を残して消えていった。
一人になった俺の前には、遠くの黒い森まで、果てしないとも思われる荒野が広がっていた。




