人形の花嫁
「お前は何をした!」
ああ、父親から殴られるなど初めてかもしれない。
「勝手な事をしよって!・・・よりにもよって」
父王は泣いていた。病床で寝ついているはずのロントン侯爵の姿もその場にあった。彼は血の気の失せた顔でその場でただ、車いすに座っていた。
俺は後悔と、彼女が死んでしまってからはじめて気がついた喪失感で、自分の殻に閉じこもっていた。
父王は帰国して直ぐ、城詰めの兵に命じ、俺を審議の場に引きずり出して殴り倒した。
その場には国の重鎮をはじめ、諜報部の連中までもが顔を揃え、そろって苦虫を噛み潰したような表情で俺を見ていた。
アンジェリクは皆に愛されていた。聡明で才能あふれた少女。
その将来を皆が楽しみにしていたのだ。
高慢で鼻もちのならない令嬢であったなら、こうはならない。
「国王の署名や印を偽造までするとは・・・いかな殿下といえどもしかるべき処分を受けてもらわねばなりませんぞ」
宰相の声もふるえていた。
本当になぜこんなことになってしまったのか。
「おそれながら、これは殿下がされた事ではありません。国王様からの手紙にまじって伝達部隊の者だという兵士が届けてきたもので」
俺付きの近衛兵が、床に倒れたままだった俺を助け起こすと宰相に言った。
「わしが送ったのはルードリヒに、婚約破棄と聞いたが短慮を起こさないようにという諭した手紙だけだぞ」
目の前には国王から届いたという処刑場の使用許可の書簡が広げられている。
「・・・宮廷で使用しているものより、程度のよくない紙が使われているし、印も似せてはいるが別物だ。」
「封蝋も違うがよく似せてある・・・殿下のしわざではありませんぞ。殿下はこんな物を手に入れるルートをお持ちじゃない」
諜報部トップの男は顎髭を撫でつつ、思案顔をした。
その彼に、駆け寄る男が一人。
耳元でその男の報告を聞くうちにその思案顔が渋面になっていく。
「よい。この場で皆様にも報告しろ」
命じられた男は姿勢を正して敬礼すると、抑揚のない声で静かに告げた。
「報告いたします。伝達部隊所属のカイン・マーティアス殿ですが今朝方森の中で遺体で発見されました」
つまり王からの手紙や書類を運ぶ、正規の伝達部隊の隊員を殺し、偽の書類を混入させた上でなりすまし、城まで運んだものがいたという事だ。
その場に重い空気が流れる。
宰相と諜報部隊長がひそひそと話しをすると、お互いに頷きあい、王にむかって何事かそろって耳打ちした。
それを受け、王は重々しい態度で頷くと、視線をその場にいる唯一若い女性に向け、声をかけた。
「さてアリソン嬢よ。」
「はっはい」
「嘘はいかぬ。何者かから突き落とされたと言う日だが、その日、アンジェリク嬢はパーティの受付だけして、すぐに帰ったと証明されたぞ。
医者に嘘の診断書を書かせた事もわかっておる。気をひきたい殿方がいるから少しオーバーに、怪我の程度を書いてほしいと言ったそうだな」
父王から伝えられた事実に俺は愕然とした。
俺は裏などとらず、アリソンの言うことを鵜呑みにしていたのだから。
「破られたというドレスだが、裾を踏まれた為に破れたというより、ドレス着ている本人が、身体を捻って刃物を使って切れ目をいれて引き裂いてできた破れ目だそうだ。そして、アンジェリク嬢はあの日、ルードリヒと踊ったあと、サウザンド伯爵とランチェスタ塩組合の会頭と別部屋でずっと商談をしていた事がわかっておる」
「あ、あの私・・・」
アリソンはがたがたと震えはじめた。
「本当に突き飛ばされて階段から落ちたのです。髪の色からいって・・てっきりアンジェリク様かと・・・ごめんなさい・・・ドレスのことは、あ、あのルードリヒ様と話すきっかけが欲しくって・・・」
「もうよい。婚約者のいる者と親しくなりたかったなどと、語るに落ちたものだな。
アリソン嬢、今後社交界のすべてに出入りを禁じる。
もちろん今から宮廷にも出入りを禁じる。領地に帰って謹慎をしておれ、二度とわしの前に姿を見せるな」
「あ、あの、わたし・・・本当に・・「衛兵!この娘を城から放り出せ」
「なんでわたしが追放なの!他のみんなだって大なり小なりやってる事じゃない。なんでわたしだけ!」
両腕を衛兵に取られ、引きずられていくアリソンを俺は茫然として見送った。
俺は・・・いったい何を・・・・。
「陛下、城下で不遜なことをしでかさないよう、領地に戻るまで見張りをだしましょう」
「泳がせておいて接触してくるものをあぶりだせ。あのような女狐はたたけば埃が出るものだ」
王が疲れたように顔を手で覆った。
俺の顔など見たくないのだろう。
「さてお前への処遇だが。二ヶ月後に結婚式をあげてもらう。もちろん相手はアンジェリク嬢だ」
アンジェリクは俺が殺してしまった。父王はいったい何を言っているのだ。
「神龍が現れたそうだな。やはり動乱の時代がやってくるらしい。魔族の侵攻か天変地異か・・・わが国の中で分裂しているわけにはならない。わが王家とロントン侯爵家との協力関係も盤石のものではなくてはならない。予定どおり、わが王家とロントン侯爵家は再びひとつになるのだ」
他との結婚は許さないということか。
「お前には、プレッシャーだったようだから王太子としての仕事は殆どまだやらせていなかったが、アンジェリク嬢はすでに王太子妃としての仕事をソツなくこなしていた。だが、もう甘やかしはせん。お前はアンジェリク嬢の分もこの国のためにつくさねばならん。2倍働け、それがアンジェリク嬢を失ったわが国への償いだ」
他の者との結婚ができないというのは、事実上、王位継承からははずれたということだ。歳のはなれた弟王子が成人するのを待って俺は廃嫡されるということなのだろう。・・・それもいいかもしれない。愚かな俺ではこの国を任せられないだろうから。
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2ヶ月後、王太子とロントン侯爵令嬢との結婚式が執り行われたが異様なものだったという。
花嫁は車椅子に乗せられた花嫁衣裳を纏った人形だったという。