第3話②
蝋燭だけに照らされた薄暗い空間の中、アステリアたちは膝を抱えて事態の収束をひたすら願う。
自分たちのせいで町が襲われている。施設の人たちも危険に曝されている。
抱え難いその現実に、いつしか泣き声を噛み締めるような声がし始める。
それが誰のものかも分からない。アステリアがそっと頭を上げ、周囲を見渡すと、全員の肩が震えており、皆が泣くのを我慢しているようだ。
そこへ、ドンッとドアを殴る音が響く。ドアは鉄材で補強されているが、殴られる度にミシミシッと軋む音がする。いつ、ドアが破られるか分からない。
「……! 椅子や、机をドアのとこに持っていこう! 少しでもドアを支えないと……!」
素早く涙を拭いたスドウが立ち上がり、椅子を引っ張ってドアへと向かう。
「……! おう!」
クロウも立ち上がり、その体格の良さを生かして机を引っ張って行く。
テリーやメリア、スノウもそれぞれが椅子を引いて、ドアの補強やバリケードを作る。
アステリアも意を決して、そっと魔力を練る。自我が芽生えてからこっそり特訓していた。元が女神であり、その素養は高い。だからこそ、力を扱う基礎作りを地道に行っていた。今はまだ大きな力は使えないが、それでも補強程度には結界を張れるはずだ。
院長先生が連絡を取っているという軍の助けを、今は待つしかない。
町を襲撃したナキウの成体たちは100匹にも及ぶ。それぞれが松明や棍棒を持ち、放火や破壊活動を行う。
昼間に、新しい巣の周辺を偵察に向かった若い個体が1匹の幼体を連れて帰ってきた。見るからに酷い状態であり、体内外の怪我は酷く、まともな言葉も話せないほどであった。偵察班が言うには、人間の子供らが取り囲んで痛めつけていた上、そのことに一切の罪悪感を抱いていないとのことだった。
それが、今回の襲撃へと繋がった。新しい群れのマザーナキウが幼体を治療し、群れへと迎え入れた。その幼体が身振り手振りで仕返しを訴えた。
それをマザーナキウが受け入れたのだ。群れの安全確保にも繋がることである。
休息の必要な体に鞭打ち、幼体も道案内を買って出た。
町に着いた時、幼体は真っ先に施設へと向かった。他の成体たちは町を襲撃し、逃げ惑う人間たちをその手に掛ける横で、幼体と共に数匹の成体が施設を襲う。
錆び付いた門を破壊し、敷地を囲む壁を破る。建物のドアを破壊して中に侵入し、そこにいた人間たちを血祭りに上げていく。
「キョォォォォ! キュゥゥゥゥゥゥゥ!」
恨み憎しみが骨髄にまで染み込んでいるのか、幼体は鼻息荒く施設の中を進む。時折、潰れた左目の箇所が痛むのか、顔を手で押さえるが、歩む足が止まる気配は無い。
「キャア! キャァプゥ!」
ナキウにも理解できない独自の言語を吐きながら、アステリアたちを探す。真っ先に仕返しがしたいのだろう。これまで、散々に痛めつけられてきたのだから、その考えに至るのも当然だろう。
「キャプ!?」
幼体の目の端に、ドアの前に棚を置いている職員の姿が映る。
何故、わざわざ、そのドアだけを守ろうとするのか。
「キョォ〜……」
思い返せば、ここの職員たちはアステリアたちだけを可愛がっていた。
そんな職員たちが守ろうとするのは、建物ではなく、アステリアたちのはず。
それならば、ドアを守ろうとするのは、そのドアの向こう側にアステリアたちがいるのではないか。
根深い復讐心から、いつもよりも頭の回転が良くなっているナキウの幼体は、そのドアが怪しいと睨んだ。迷うことなく、そのドアへと向かう。
「キャピ! キョキョキョ!」
職員の足を叩き、その場から退かそうとする。
いきなり足を叩かれた職員は驚きながらも、相手がナキウの幼体と知り、安堵の溜息を吐く。
「なんだ、お前か。相手をしている暇は無いから、向こうに行ってろ!」
追い払うように足を振り回してくる。
その足が幼体に当たり、尻餅をつかせる。
「キャ……キャピ……キャプゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
幼体は大声で泣き始める。
職員はその泣き声に苛立ち、再度、蹴りを加えようとした時、
「おい! テメェ! 何してやがる!」
ナキウの成体が駆け付けて、その勢いのままに職員を殴り飛ばす。
「うぐっ!」
職員は吹っ飛び、壁に叩きつけられる。骨の数本が折れたようで、呼吸するだけでも激痛が走る。
「子供相手に、暴力振るうな!」
そう言いながら、成体が歩み寄ってくる。職員の胸倉を掴み、足が浮くくらいに持ち上げる。
「ぐ、は、離せ……!」
「勝手なこと言ってんじゃねえ! 散々、この子を虐めてきたんだろ!」
「し……! 知らん……! 勝手に住み着いていたようだが……! 何度も……追い出したのに……! 勝手に戻ってきていただけだ……! くっ……!」
「勝手だろうと! 子供だぞ! 面倒くらい見たらどうだ! 何故、それができん!?」
「そんな……! 義理は無い……!」
「テメェ……!」
ナキウは職員を壁に叩きつけ、湧き上がった怒りのままに、床へと叩きつけた。
怪我の度合いが酷くなった職員は、悲鳴さえ上げる余裕は無い。
そこへ駆け寄ってきた幼体のナキウは、鬱憤を晴らすように職員を殴ったり、蹴ったりする。それ自体は大したダメージになっていないが、本人はそれなりに溜飲は下がっているようだ。
「キャー! キャピー!」
成体を見上げ、幼体が棚の後ろのドアを指差す。
「このドアの向こうにも人間がいるのか?」
「キョプ!」
力強く頷く幼体を見て、成体は棚を腕の一振りで破壊する。
棚によるバリケードを失ったドアを、成体が渾身の力で殴りかかる。鉄材で補強されているが、木材の箇所に亀裂が走る。
「ち、硬いな!」
そう言いながらも、成体は殴る手を止めない。足元では、幼体もドアを殴っている。
余程、ドアの向こうにいる人間を恨んでいるのだろう。
そう思い、成体の殴る力が増していく。
横目で見れば町が炎に包まれている。人間たちの駆除も進んでいるだろう。この施設にしても、見つける端から人間を駆除している。
この町を、新しい巣にしてもいいかもしれん。
成体がそう思いながら、ドアに向かって拳を振り上げた時、頭の上の触角が何かを察知する。
「何だ!?」
危機感を抱き、成体が背後へ振り向いた時、一本の矢が胸へと突き刺さる。
「ぐっ! く、くそっ!」
成体が矢を引き抜こうとした時、矢に赤い字で魔術碑が浮かび上がる。効力を刻み込んだ簡易的な魔術であり、術者の手を離れても低級の魔術を行使できる。この矢に込められていた効果は「刺さった相手に火を放つ」というものだ。
「ぐ……! 〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ナキウの血には油分が多く含まれており、引火しやすい性質がある。狩りやすい幼体の死体は着火剤に適している。
たちまちのうちに燃え上がり、成体の体が炎に包まれる。他の魔獣避けだったり、闇を照らしたりするために炎を扱うようになったナキウだが、炎が最大の弱点でもある。
「キョ……キョプゥゥゥ……?」
幼体の目には、成体がいきなり燃え始めたようにしか見えず、心配と恐怖で身動きが取れなくなる。
成体は立っていられなくなり、ドアへともたれかかり、床へと崩れ落ちた。
成体の体を焼いた炎は成体以外を焼くことなく、成体だけを焼き尽くして、鎮火した。
「……あ、た、助けがきたかも……」
アステリアの言葉に、スドウたちが瞳を輝かせる。
「本当か? 軍が来てくれたのか!?」
「た、たぶん……。ナキウじゃない、強い魔力を感じるから……」
「アステリア、大丈夫? 疲れてない?」
「どうしたのよ、顔色が悪いじゃない」
「う、ご、ごめん……」
アステリアは結界を解き、その場に座り込む。
助けが来るまでは結界を維持しようと努めていたが、助けが来たと思った時に集中力が切れた。たちまちのうちに無理をしていた反動が来た。
「アステリアは魔力が使えるの? 何だか、モヤモヤとしたものを出していたよね?」
テリーに尋ねられ、アステリアは頷く。隠していたわけじゃないし、隠すつもりも無い。
アステリアが魔力を持っていたことにスドウたちは驚きながらも、あっさりとそれを受け入れた。これまで、アステリアは突飛な言動をしてきた。今更、魔力を持っていてもおかしくはない。
そこへ、ドアが押し開かれる。ボロボロになっていたドアは開くと同時に金具が壊れ、椅子と共に階段の下へと落下した。机を押し潰して、ドアが床に崩れ落ちる。
「すまない。大丈夫か?」
そう言いながら姿を現したのは、粗野な革防具を纏った1人の男性。手には弓を持ち、腰には数本の矢が入った矢筒と、一本の剣を差している。
「緊急クエストを受注してやってきた。傭兵ギルドチーム『ストーム・ブラスト』だ。ここにいるのは君たちだけかい?」
待ち望んだ助けがやってきた。




