第3話③
マルク、と名乗った男性により、外にいたナキウは逃げ去ったことを知らされた。
アステリアたちはマルクの後に続き、地下室から出る。
目に映る惨状には、皆が閉口した。見慣れた施設が消え去り、廃虚のように成り果てている。そこに倒れているナキウの成体が、異物として存在感を放っている。黒く焼け焦げ、所々から煙が上がっている。
「キョー! キョピー!」
ナキウの幼体が、黒焦げの死体に縋り付いて泣き声を上げている。1つだけ残された右目から流れ出た涙が、成体の死体に零れ落ちる。
そんな幼体の姿を見て、アステリアたちに怒りが湧き上がる。
コイツのせいで、この事態が引き起こされたのだ。一時は責任を感じこそしたが、何故、ナキウに対して責任を感じなければいけないのか。
床に散らばっている木片を手に取り、アステリアたちはナキウの幼体を取り囲む。
「……キュゥ? キョポォ?」
異様な雰囲気に気付いた幼体が、顔を上げた時には、スドウが木片を振り下ろしていた。その木片は幼体の頬に直撃し、歯を数本圧し折った。
「ギョペペェ!」
幼体が折れた歯を床に吐き出し、殴られた頬を手で押さえる。
そこへ、テリーが、メリアが、クロウが、スノウが、アステリアが次々と木片で殴りかかる。
幼体の骨が折れ、皮膚が裂け、肉が千切れる。指が切断され、男性器が押し潰され、股が引き裂かれる。残った右目も踏み潰され、折れて先端が鋭くなった木材が体に突き立てられる。
悲鳴を上げる暇も与えず、アステリアたちは憤怒のままに暴力を振るい、僅かな躊躇も無く、ナキウの幼体を殺した。
「……気は済んだかい?」
マルクに尋ねられ、肩で息をしていたアステリアたちは落ち着きを取り戻し、木片を手放した。
「行こうか。ここは復興を兼ねて軍の駐屯地になるようだ。僕らの団長はここの院長と仲良しでね。その院長から君らを頼まれているんだ」
「……ギルドに行くの?」
「不安かな? 仕方ないけどね。僕らのギルドの傘下には孤児院もある。学校も兼ねているから、勉強もできるよ」
マルクの言葉に、皆は不安そうにしながらも、今はついて行くしかない。
マルクが纏っているものと同じマントを羽織った人たちが、大きな布袋を施設の庭や、町の広場に集めている。大人が入りそうなほど大きな袋や、それよりも小さな袋が並んでいる。
道の端には、ズタズタに引き裂かれたナキウの死体が寄せ集められている。
マルクの所属する「ストーム・ブラスト」の実力を測り知るには十分だ。
「あの袋は……何ですか?」
スノウが尋ねると、マルクは頬を掻く。言葉を選ぶように迷う様子を見せる。
「まあ……色々とね。いずれは知る事になるし、今は気にしない方がいいよ」
マルクはこう言ったが、アステリアたちは予想ができていた。
あの袋は死体袋だ。ナキウに殺された町の人たちの遺体が納められているのだろう。
「あの、施設の皆は……?」
メリアが尋ねると、マルクは顔を左右に振った。
「まさか……!」
テリーが施設の庭に並べられた袋に視線を移す。
「嘘だ……嘘だぁ!!」
スドウが駆け出し、庭の袋に縋り付く。
「あ! 君!」
マルクが後を追い、スドウを捕まえる。マルクの後ろからはアステリアたちも追いかけてくる。
マルクが捕まえる頃には、スドウは袋の口を開けてしまっており、そこから院長の血に塗れた顔が覗いている。死んだ魚のような虚ろな目が、アステリアたちへ向けられる。
「う! うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
至近距離でそれを見てしまったスドウが叫び声を上げる。
「よしなさい!」
マルクがスドウを引き離し、袋の口を閉じる。
しかし、既にその中身を見てしまったアステリアたちは体から力が抜ける。それは悲しみからか、後悔からか。力が抜けると同時に、意識も遠くなっていった。
町の外れにある森の中、その中の洞窟にナキウの巣がある。
夜明けの頃に、人間の町へ向かったナキウたちが帰ってきた。その数を半分以下に減らし、帰ってきた者らも軽くはない傷を負っている。新たに群れに迎え入れられた幼体も、その姿が何処にもない。
「……そうか。やはり、人間は凶暴か」
「頑張ったが、みんな殺された。逃げるの必死だった」
「あの子は?」
「逃げながら探した。何処にもいなかった。探せなかった」
「……そうか……哀れなことだ」
生還できたナキウから事の次第を聞き出す。
聞き出しているのはこの群れの頂点に位置し、群れのナキウを産み出す『マザーナキウ』だ。それを証明するように、他のナキウよりも下半身が肥大化しており、3匹のオスのナキウが同化している。マザーナキウを取り囲むようにして、下半身が溶け込んでいる。そのオスのナキウに意識は無いようで、瞳は白く濁っている。
「あの子も生きて成長していれば、いずれは私と……うっ……ぐっ……!」
マザーナキウの下半身、股の間からは3本の管が伸びており、マザーナキウが呻くと同時に、管の中を何かが通る。出口からバスケットボール程度の大きさの卵が産み出される。そんな卵が、一度に数十個産み出される。それを、世話役のナキウが拾い上げ、壁際に掘られた窪みに設置する。そこには柔らかな草が敷いてあり、卵をしっかりと受け止める。
「巣の……守りを固くして……群れが多くなれば、人間など……」
滝のような汗を噴き出しながら、マザーナキウが指示を出す。
帰ってきたばかりのナキウは、文句も言わずに、その指示通りの行動を開始する。それが、外敵との戦いを担当する『兵隊ナキウ』の習性だ。
産卵から数日経過した卵に罅が入り、欠片が地に落ちる。
マザーナキウの周囲で世話を焼く『世話役ナキウ』が、その卵を覗き込む。その顔には笑顔が浮かび、殻の除去を手伝う。
殻が完全に割れ、掌サイズのナキウが産まれる。見た目の特徴は成体と変わらない。まだ見えない目を固く閉じ、機能し始めたばかりの呼吸器官を活用して泣き声を上げる。
『ピャァァァァァァァ! ピャァ! ピャァァァァァァァァァァァァァ!』
1つの卵から数十匹の『幼小体』が産まれてくる。二足歩行ができるようになれば、幼体と呼称されるようになる。
まだ体が柔らかく、非常に脆い幼小体のナキウを、優しい手付きで世話役ナキウが拾い上げ、マザーナキウへ持って行く。
マザーナキウはその幼小体を愛おしそうに見つめ、微笑みを浮かべる。
孵化の時期を迎えた卵が次々と孵化を始め、世話役ナキウは忙しなく走り回る。
その様子を眺めながら、マザーナキウは呟いた。
「群れが増えれば、この辺りの人間を全て殺せる」
そう言うマザーナキウの中では休むことなく受精が行われ、新たな卵が形成される。
産卵は、まだまだ続く。




