第3話①
成体のナキウは、幼体のナキウを抱き上げ、周囲のアステリアたちを見渡す。その表情には、幼体への哀れみと、アステリアたちへの怒りが浮かんでいる。
「大丈夫か? 痛いだろう、こんな怪我をして」
「キョォ……キャプウ……?」
「……ん? どうした、旧言語みたいなことを……」
「いや……旧言語でもないぞ……」
「まさか、言葉を話せないのか……!?」
幼体が言葉を話せないことを察し、3匹のナキウは余計に怒りを募らせ、アステリアたちへ向き直る。
「お前らは何故、この子に辛く当たるんだ!?」
「この子が何かしたのか? だから、こんなことをするのか!?」
「それでも、言葉を教えないのは酷いことだ! 何故、それが分からないんだ!!」
クロウが応える。
「家族じゃないからだ。勝手に住み着いていただけ」
クロウの言葉に、アステリアたちはクスクスと笑い声を漏らす。そこには、明らかにバカにした様子が見て取れる。
ナキウたちは怒りが頂点に達し、頭の緑色の肌が青黒く変色していく。血管も浮き出ている。
「お前ら……!」
1匹のナキウが拳を作ってクロウに歩み寄ろうとすると、
「キョ……キョピ……キャェェェェェェェェェ!」
抱っこされている幼体が嘔吐する。消化途中の草と、青い血を地面の上に吐き出す。
クロウたちへの怒りが冷め、3匹は幼体の様子を確かめる。
「酷い……かなり痛めつけられているな」
「キュ……キュプゥ……」
「巣に連れて帰ろう。食事もロクな物を与えられていないようだ」
「コイツらは後回しだ。群れの所に行こう」
アステリアたちへ睨みを利かせながら、成体たちは幼体を抱いて去っていく。
幼体は成体の肩越しにアステリアたちを見ると、もう酷い目に遭わされないという安心感からか、自然と笑みが浮かんだ。常に願っていた、自分を愛してくれる存在に出会えたとでも思ったのだろう。
そんな幼体の笑顔が癪に障ったアステリアたちは、それぞれが石を拾い上げる。
幼体の顔に狙いを定め、有らん限りの力を込めて、石を投げつける。
幾つかの石はナキウまで届かなかったが、1個の石は幼体の目玉に命中した。プチュッと音を立て、幼体の左目が潰れる。
「キョピャァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ど、どうした!?」
「あ、石だ! 目から落ちたぞ!」
「まさか、あのガキどもが!?」
3匹の成体が振り返るが、既にアステリアたちは逃げ去っていた。どこへ向かったのかも分からない。
成体のナキウは苦々しい思いをしながらも、目玉が潰れた痛みで泣き叫ぶ幼体を慰めながら、巣への帰路を急いだ。
広場を後にしたアステリアたちは、夕方まで街を散策し、日暮れと共に施設へと帰った。
施設に帰り着くと、視察で疲れたのか、職員たちはグッタリとしている。視察は重箱の隅をつつくように行われるため、疲れるのもさもありなん。
「あれ? あのチビは?」
グッタリとしながらも夕食の用意をしていると、職員の1人が尋ねる。
「広場で遊んであげていたら、他のナキウにくっついて行ったわ」
アステリアが食器を運びながら言うと、院長が顔を引き攣らせる。
「他の……ナキウがいたのかい……?」
「え? はい、大きいのが3匹……」
院長に引き続き、他の職員たちもざわめく。
「参ったな。もう巣分かれの時期を迎えたのか」
「巣分かれ?」
台拭きを片付けながらテリーが訊く。
「巣分かれってのは、数の増えたナキウの群れが分裂して、別の場所に移って、新しく巣を作ることを言うんだよ。こうやって、ナキウは縄張りを増やしていくのさ」
「何年か前にも巣分かれでこの辺りにまでナキウが来てな。方面軍の部隊に依頼して、そのナキウたちを駆除してもらったんだ」
その言葉に、スドウが驚く。
「ナキウ退治に軍人が出てくるの!?」
「そりゃそうさ。ナキウはチビの内はEクラスの雑魚だけど、成体にもなればBクラスの強い魔物だからな。軍人じゃなければ、相当腕の立つギルドチームでもない限りは危険な奴らさ」
その言葉に、アステリアたちは顔を青くする。広場で出会った成体たちはアステリアたちに怒りを抱いていた。報復をされるのではないのだろうか。
言うべきか、黙っておくべきか。
アステリアたちはお互いに顔を見合わせながら迷っていると、昼間のことを知らない院長から声をかけられる。
「ほら、たくさん遊んで疲れたろう? 食事にしよう」
「は……はーい……」
その日の食事は美味しかったと思うが、味はあまり記憶に残らなかった。
夜の静けさに町が包まれる。全ての家の明かりは消えて、人間たちは眠りについている。
それは、アステリアたちが住んでいる施設も同じなのだが、ナキウの成体が手強い魔物だと知ったアステリアだけは寝付けずにいた。
(どういうこと? ナキウは子供でも殺せる雑魚のはずなのに。それどころか、数が圧倒的に少ないはずの変異種が3匹も……。この世界がおかしいのかしら?)
アステリアが知る限り、人型のナキウなど数え切れる程度しかなく、通常種のナキウからは嫌われている。群れを形成できるわけがないのだ。
それなのに、昼間は3匹の成体が現れ、「群れ」や「巣」と言っていた。他のナキウからは迫害されているとは思えない。むしろ、良好な関係を築けているようだ。
(考えていても仕方ないわ。とりあえず寝ましょ)
そう思い、アステリアが目を瞑る。
その時だ。
外から人の悲鳴が聞こえてくる。夜遊びで騒いでいる声ではない。何かに襲われ、逃げているような騒ぎだ。
その騒ぎはどんどんと施設へと近くなってくる。
「んー? 何よー?」
寝ぼけ眼でメリアが起き上がる。
「騒がしいわね……」
スノウが、開けているのか分からない目を擦りながら起きる。
「何かしら?」
寝ようとしたところを邪魔されて、少し機嫌が悪くなったアステリアが、カーテンを開けて外を見る。
そこから見えた景色を見て、アステリアは息を呑む。
火災で町が照らし出され、見慣れた建物が燃え盛っている。その炎に照らされ、松明を持ったナキウの成体たちが施設の門を壊そうとしている。
「おい! 起きてるか!?」
アステリア、メリア、スノウが外の景色に驚愕していると、スドウが部屋に飛び込んでくる。いつもは女子部屋には入らないのに、相当に焦っているようだ。
「今、院長先生が軍に連絡を取ってる。念話用の札が古くて苦戦してるけど。俺たちは急いで裏口から逃げろって言ってた!」
スドウの言葉に、3人は首を縦に振り、急いで部屋から出ていく。
その際にアステリアは見た。
ナキウの群れの先頭には、左目の箇所に皮を巻き付け、ボロ布ではなく、皮を腰に巻いた幼体の姿。
報復だ。やはり、幼体が受けてきた仕打ちに対する報復にナキウたちは来たのだ。
しかも、見える範囲にいるナキウたちは全て人型だ。通常種だと思っていた楕円形の体型じゃない。ナキウに対する認識そのものが間違っていたのだ。
施設の廊下を、裏口に向かって走っていると、進行方向から破砕音が響いてくる。
「こっちだ!」
その音を聞いた職員の1人が、地下室への扉を開けながら、アステリアたちを招く。
アステリアたちも、目的地からの破砕音に最悪の事態を想像し、迷わずに地下室へと飛び込んでいく。
「いいか。俺達が開けるまで、絶対に扉を開けるなよ」
そう言われて、アステリアたちは頷く。
扉が閉められ、鍵がかけられる音が響く。
蝋燭の心細い明かりを頼りに、地下室へと降りていく。
誰も言わないが、全員が気付いていた。
ナキウの襲撃は、昼間の自分たちが原因だと。




