第2話②
「おい、お前も来いよ」
スドウがボールを持ち、声をかける。
相手は施設の人間ではない。
敷地の隅っこで丸まっているナキウの幼体だ。
「キョオ?」
予期せぬ誘いに、ナキウは目を見開いて驚く。これまで、一度として無かった誘いだ。混ざろうとして歩み寄っても拒絶されるばかりで、見向きもされなかった。
今日は月に一度の外出日。施設への補助金が適切に運用されているかの視察が入る日であり、視察が入っている間は施設の近くにある広場へ行くことができる。
施設の庭よりも広い場所で遊べる貴重な1日であり、幼いアステリアたちにとっては大事な日である。
そして、ナキウにとっては子供らに暴行されない安全日。気兼ねせずに昼寝ができる。そう思い込むことで、心を蝕むような孤独感を誤魔化している。
そんな日に、スドウから遊びに誘われた。
「キョオ……キャプウ……?」
両頬を両手で覆いながら、ナキウは恐る恐る子供らの集団に歩み寄る。いつも通りなら、「近寄るな」と怒鳴られ、押し倒され、蹴り飛ばされる。
「早く来いよ」
それなのに、今日は遊びに誘われる。
誰も、ナキウを無視していない。手を差し伸べられることこそ無いが、拒絶されない。
とうとう、受け入れてもらえた。
そう思ったナキウは、目端に涙を浮かべ、
「キャピィ! キョプキョプ〜!」
笑顔を浮かべ、喜びを表現するように軽い足取りで集団に駆け寄る。
「行くか」
スドウは短く言う。他の面々は、その言葉に頷いて応える。
後ろを歩くナキウとは一定の距離を取り、ニヤニヤと笑みの浮かぶ顔がナキウに見えないようにしながら、広場へ向かう。
施設の近く、山の麓に広がる森林の中に、アステリアたちの目的地の広場はある。木材採取のために切り拓かれた空間であり、遊具の類は無いが、子供らが遊ぶには十分な空間がある。
「よーし、まずは球蹴りでもやるか」
スドウが言うと、それぞれが一定の距離を取って、円形に広がる。
ナキウもその輪に入ろうとするが、アステリアが止める。
「アンタは真ん中よ」
「キュピ?」
アステリアに輪の中心を指差され、ナキウは疑問符を浮かべながらも、指定された輪の中心へ向かう。
「よーし、じゃ、最初は1周回すぞ〜」
スドウはそう言って、右隣のテリーへボールを蹴り転がす。そのボールを足で受け止めたテリーは、そのまま右隣のクロウへボールを蹴る。メリアじゃないのは、互いに手加減しようとしないからだ。クロウがメリアへボールを回す。メリアがスノウへ、スノウがアステリアへとボールを回し、アステリアがスドウへ。
中心のナキウは、ただボーッと突っ立って、ボールが蹴り回されるのを見ているだけだ。
どうすればいいのか分からず、ボールを追うようにしてグルリと回ったナキウに、スドウが言う。
「ほら、ナキウ! パス!」
ボールを軽くバウンドさせ、足の甲で蹴り飛ばした。
ボールは空中を鋭く飛び、ナキウの腹部にめり込む。
「ギョボォ!」
ナキウは地面に転がり、腹部を押さえる。
苦しそうに転がるナキウを見て、アステリアたちは笑い声を上げる。
苦痛を堪えてナキウが立ち上がると、その足元にボールが転がっている。
「ほら、パス!」
クロウが声をかける。
「キュ! キュプゥ〜!」
笑われて面白くないナキウは、仕返しとばかりに思いっきりボールを蹴る。
「キョア!」
獣の皮で作られたボールは予想以上に固く、腰回りに薄汚れた布を巻き付けているだけで、素足のナキウは蹴るだけで痛みを感じる。
蹴った衝撃の痛みに怯み、ボールには大した勢いは与えられなかった。
テンテンと数回の小さなバウンドをして、コロコロと転がったボールはクロウの隣のテリーへと向かう。
「何だよ下手くそ」
クロウが文句を垂れる。
「ボールもーらい!」
テリーがボールを受け取り、足の爪先を押さえて痛みに堪えるナキウに向けて、テリーはボールを蹴り飛ばす。
ボールはバチンと音を立て、ナキウの顔面にぶつかる。目と口の間の平たい箇所が赤く腫れる。
「キョピョオォォォォォォォォォ!」
仰向けに倒れたナキウは、顔を押さえて地面を転がる。足をバタつかせ、痛みを訴える。
ボールを蹴る音がして、直後にナキウの体に激痛が走り回る。蹴られたボールが、足をバタつかせたことで腰布が捲れて露出した男性器に命中したのだ。
「…………ッ! 〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
余りの激痛に、ナキウは悲鳴も上げられない。息苦しさが限界になるまで呼吸を止め、俯せになって股間を押さえて痛みに耐える。
ナキウはどのような重傷を負っても、瀕死の重体になっても、死ぬまで気絶はできない。眠るか、死に至らない限りは意識を失えないのだ。
「キョ……! キョピィィィィィィィ……!」
浅く呼吸をし、痛みを堪えるナキウの姿を見て、アステリアたちが爆笑する。
子供らの容赦ない笑い声に包まれたナキウは、体を襲う痛み以上に痛感する。
決して、自分は仲間として受け入れられていない。ただ、痛めつけて遊ぶための玩具でしかない、と。
「キョォ……キョピィィィィ……」
大粒の涙を流しながらナキウは立ち上がり、ヨロヨロと歩き出す。施設の隅っこに帰り、寝転がるためだ。
しかし、その進行方向にいたスノウがボールに向かって足を振りかぶる。
「キョ!? キョピキョピ!」
スノウの意図を察したナキウが両手を体の前で構え、頭を左右に振って拒否の意志を示す。
しかし、スノウがその意思に応えることはない。
スノウが足を振り抜き、ボールを蹴る。ボールはナキウの腹部に命中し、幼体ゆえの小さな体を吹っ飛ばす。
「キャッ! キャププゥ!」
吹っ飛んだ体が地面に叩きつけられ、地面の上を転がる。
ボールはアステリアの足元に転がり、アステリアは不遜な笑みを浮かべる。
ナキウは恐怖に満ちた表情を浮かべ、アステリアを見上げる。
(思い知りなさい、私の屈辱を!)
「食らえぇぇ!」
「ギャピャァァァァァァァァァァ!」
アステリアが蹴り飛ばしたボールは、恐怖によりアステリアから顔を背けたナキウの後頭部に命中する。
激しい痛みに脳が揺さぶられる感覚に陥り、ナキウは座っていることも難しくなる。吐き気を催し、胃の内容物を吐き出し、消化途中の草の塊が出てくる。
「キョォォォォォォォ……!」
体を支えていることが出来なくなり、前のめりに倒れ込む。
「うわ、汚え!」
「ゲロの中で寝転がってら」
「ナキウはこれだから」
スドウやテリー、メリアの言葉が投げつけられ、他のメンバーの笑い声がナキウに突き刺さる。
悔しくて、悲しくて、寂しくて。
色々な気持ちがごちゃ混ぜになり、ナキウは声を上げて泣き喚く。
「キョォォォォォォォォォォォォォ! キョピ! キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
誰も、ナキウに同情せず、その泣いている姿や泣き言がバカにされて、笑いのネタにされるだけ。
そこへ、怒鳴り声が響き渡る。
「コラ! お前達! 何をやっている!」
その声の方を見てみると、ナキウの成体が駆け寄ってきている。
ナキウが喋った事にも驚いたが、その姿にアステリアは面食らう。
アステリアたちが囲んでいる幼体と同じような人型のナキウだ。アステリアが知る楕円形の体型ではない。
獣の皮を腰に巻き、引き締まった肉体のナキウの成体が3匹。怒った表情を浮かべて、テリーとスドウを押し退けて輪の中に入り、幼体を優しく抱き起こす。
「大丈夫か? 酷いな」
「あちこち痣だらけじゃないか」
「こんなにも小さな子に酷いことをする」
そう言って、成体はアステリアたちを見渡しながら、睨みつける。
(え……? は……? どうなってるの……!?)
人型のナキウの成体、喋るし、引き締まった肉体をしている。
予想していないことに、アステリアは驚き、固まることしかできなかった。




