第2話①
物心付く頃に、自分の名前が「アステリア」であり、重要な使命を帯びていることを思い出す。幸いにして、人間として付けられた名前も「アステリア」であり、生きる上では問題無い環境だ。
ただ、体は幼く、思うように動けないのは頂けない。二足歩行もままならない。「生きる」という点で問題無いが、てっきり王族か貴族にでもなっていると思っていたのに、児童養護施設であることには驚いた。ある冬の日に、施設の門の前に捨てられていたらしい。
(罰を受けて〝劣等種〟に転生させられていなかったら、『冗談じゃないわよ!』とか言って暴れてたかもね)
ナキウというのは汎ゆる世界で最底辺に位置する劣等種であり、知恵ある全ての生物に忌み嫌われている。
問題は、同じ日に拾われたのがそのナキウである点だ。てっきり、スグルだとばかり思っていた。人の顔の見分けがつくようになってからスグルを探しているが、施設のどこにもそれと思える人物はいない。子供も数人いるが、スグルの面影がある子供はいない。
(もう、どこにいるのよ。さっさと使命を果たしたいのにぃ!)
意気込みは十分だが、幼児の体ではどうにもならない。大人しく成長するのを待つしかない。
もどかしい思いをしながらも、年月は過ぎていく。我儘が鳴りを潜めたのが功を奏し、アステリアにも友人ができた。同じ施設の子供たちだ。ナキウは、「捨てると周囲の人々の迷惑になる」という理由で敷地内に留め置かれているが、隅っこに追いやられている。
「今日はボールで遊ぼうぜ!」
真っ先に庭に飛び出すのが、子供らのリーダー格である「スドウ」。無鉄砲ではあるが、勇気ある男の子。
「手加減して投げてよね!」
釘を刺すように言うのは、「スノウ」という女の子であり、糸目が特徴だ。スドウが兄貴分なら、スノウは姉貴分だろうか。
「キャッチボールしようよ!」
無邪気にスドウに纏わりつくのは「テリー」という男の子であり、スドウも弟のように可愛がっている。
「蹴鞠がいい!」
頬を膨らませて抗議するのは「メリア」という女の子で、テリーに対抗意識を持っている。テリーもメリアにだけは維持を張り、何かにつけて張り合っている。
「順番に遊ぶ内容を変えればいいさ」
睨み合うテリーとメリアを宥めるように割って入るのは「クロウ」という男の子。他の子らと変わらぬ歳頃でありながら、ずっしりとした体格をしている。暴走したスドウを止められるのも、クロウだけだ。
「じゃ、両方を一緒にやればいいんじゃないかしら。投げたボールは投げて、蹴ったボールは蹴るってルールでやりましょうよ!」
もう1個のボールを掲げながら、アステリアが言う。
皆は一瞬ポカンとしていたが、互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。アステリアの突飛な発言に呆れることもあるが、精神年齢は同じだ。即座に、アステリアの提案は採用された。
そこへ、ペタペタと足音がする。耐え難い悪臭も漂ってくる。いずれもナキウの特徴だ。
「キョ、キョプキョプ……キョピー」
大きな目玉は顔の輪郭からはみ出るほど大きい。分厚い唇を除けば、鼻と耳のない平坦な顔をしている。代わりに、頭に生えた2本の触角が耳と鼻の役割を担っている。このナキウは幼体だから体色は青色だが、成長するに従い体色は緑色に変化していく。身長は、栄養が十分に摂れていれば、人間と大差ない程度には成長する。不足していれば、それに見合った低身長のままだ。
アステリアが知る限りのナキウとは、上記の顔の特徴に加え、全体的に楕円形の体型をしていて足は極端に短いのだが、このナキウは人型をしている。特殊個体なのだろうが、忌み嫌われているため、それが注目されることはない。
「キョーキョピー、キュピョー」
誰にも理解されない鳴き声を発し、ペタペタと歩み寄ってくる。
アステリアたちの仲間に入りたいのか、こうやって近寄ってくるのだ。
「また来た! ウザいな!」(スドウ)
「隅っこから出るなって言われてるだろ!」(テリー)
「臭いからこっち来ないでよ!」(スノウ)
「汚いし、臭いし、何でここにいるの?」(メリア)
「殴られたくなければ、あっちに行け!」(クロウ)
「あっちに行きなさいってば!」(アステリア)
口々に罵倒され、その意味を理解できなくても、嫌われていることだけはナキウでも理解できる。
ガックリと項垂れ、トボトボと敷地の隅っこへ戻っていく。隅っこに座り込み、餌として与えられた草の束を食みながら、ボールで遊ぶアステリアたちを見つめる。
テンテンとボールが小さく跳ねながら転がってくる。
そのボールを受け止めたナキウは、仲間に入れるとでも思ったのか、ナキウは満面の笑みを浮かべてアステリアたちへと駆け出す。
しかし、素早く駆け寄ってきたスドウは跳び上がり、ナキウの頬に飛び蹴りを放つ。
「ギョビィ!!」
耐えきれずにナキウは吹き飛び、敷地を囲む壁にぶつかる。頭をぶつけることだけは避けられたようだが、壁にぶつかった体の部位に痣ができる。口の端からは、ナキウ特有の青い血が流れ出る。
「ボールに触るな! ボールが汚れるだろ!」
スドウに怒鳴りつけられ、スドウの足元にあった石を蹴り飛ばしてくる。石はナキウの体に当たり、そこからも青い血が流出する。
「ギャブゥ! ギュブッ!」
ボールを拾い上げたスドウは行き掛けの駄賃とばかりに腹部を蹴り飛ばし、アステリアたちの元へと戻る。
ナキウは涙を流しながら体を起こし、体に走る痛みに耐えながら、四つん這いで隅っこに戻る。寝転がって丸くなり、声を押し殺して泣く。アステリアたちからの暴力を職員たちに訴えたこともあるが、言葉が通じず、逆に蹴り飛ばされた。
ナキウは小さく丸まったまま、青い空を見上げ、自分を大事にしてくれる〝誰か〟が欲しいと願った。
太陽が西の彼方へと沈み、アステリアたちも建物に帰っていく。職員たちが夕食の準備を始めているため、それの手伝いをするのだ。
決して裕福ではないが、院長の人柄もあって、食うに困らない生活はできている。住めば都と言うが、それは本当なのだなとアステリアは痛感する。
優しく見守り、色々なことを教えてくれる職員たち。
いつも一緒に過ごし、時には喧嘩もするが、いつも笑い合える友人。
アステリアは、今の生活に満足している。そんな生活の中で、心の中に思い浮かぶことがある。
(あのナキウが〝スグル〟なんじゃないの? そうよ、ナキウは『その時代で死刑に処される大罪人』が生まれ変わった姿なんだし、私を散々殴ったり、斬ったりしていたスグルがナキウに転生してもおかしくないわ)
鶏の唐揚げを頬張りながら、アステリアの口角が吊り上がる。
(え、待って待って。それって、勇者なのにナキウってこと!? うぷぷぷ、どうすんのよそれ! 面白過ぎるんだけど!! どうしよ! 鬱憤晴らしちゃう!? 仕返しをタップリとしちゃおうかしら!?)
我慢できずに噴き出し、唐揚げの破片が喉に詰まって周囲を焦らせるアステリア。
職員やスノウから注意され、頭を下げながら謝りつつ、「スグル=ナキウ」という図式に基き、どう虐めるかを思案するのであった。




