第1話④
蓄積されたダメージが甚大で、魔王は遂に膝をつく。肩を荒々しく上下させて呼吸を行い、ダメージの大きさを窺い知れる。
「お……おのれ……! ゆ、勇者であればいざ知らず……よもや、魔術師風情にここまで……!」
苦々しく吐き捨てる魔王の視線の先には、漆黒のローブを身に纏い、先端に魔力石を埋め込んだ魔杖を構えたスグルの姿。
「ゴチャゴチャ煩いな。もうなりふり構ってられないんだよ。〝形状変化〟、〝性質変化〟」
単語にまで縮小された詠唱により、魔杖は剣の形に変化し、鋭利な切断力を付与される。
魔術師とは思えぬ加速力により、スグルは魔王との間合いを詰める。
魔王は迎撃しようとするも、体が思ったように動かない。ダメージによるものではなく、体の動きが阻害されている。
「おのれ……! 〝弱体化〟か! いつの間に……!」
「それがバレちゃ商売上がったりだよ。食らえ! 〝絶対切断〟!」
「ぐっ……! くうぅっ!」
魔王が身に着けていた防具が斬り裂かれ、ガラガラと崩れ落ちる。
「〝永劫切断〟!」
一瞬の隙も逃さず、放たれた追撃は魔王に治らぬ深い傷を与える。治癒も治療も受け付けない傷跡を与える斬撃に、魔王は苦悶の表情を浮かべる。
「こ……この俺が……! 魔王たる、この俺が……。認めよう……お前が強い……!」
「どうも。トドメだ。〝全身粉砕拳〟!」
超高圧の魔力を纏った拳が魔王を撃ち抜き、その身体を木っ端微塵に粉砕する。再生を試みる破片だが、永劫切断により再生は阻害され、魔王は死に至った。
スグルは魔王の死を確認し、魔王城を後にする。何時かは勇者一行が辿り着いて魔王の死を確認するだろうが、スグルは意に介さない。手柄くらいはくれてやるつもりだ。
スグルはそのまま山林へと姿を消し、歴史に姿を現すことは無かった。
「待って! 本当に待って! 分かったから! 私が凄い我儘だったことは分かったから!」
「ほお? 待てば何か良いことあるのか?」
「私のパパが、あ、神王陛下がアンタと話したがっているの! ミリアムが呼びに行ってるから!」
「神王〜? 俺は何の用も無い」
「こっちにはあるのよ!」
スグルはいつもの場所、正式には『転生の間』という部屋に訪れると同時にアステリアを襲撃する。
魔術師に転生した際に身に付けた〝弱体化〟を大いに活用し、アステリアの身動きを阻害する。次いで、〝強化〟を自身にかけて身体能力を向上させ、アステリアの首を切断する寸前だった。
アステリアによる懸命の助命嘆願に、スグルの剣は首の薄皮一枚で止まる。薄っすらと赤い筋が付き、一筋の血が流れる。
「まずは、本当に我が娘が申し訳ないことをした。すまなかった」
「ホントっすよ」
ゼウリオンと名乗る神王が、威厳溢れる態度でスグルに謝罪する。
何度も女神をボコボコにし、3回も魔王を屠ったスグルも、被害者という立場もあって、なかなかに横柄な態度で応える。
「ぬ……」
そのスグルの態度が気に入らなかったゼウリオンは眉を顰めるが、隣の女神ヘラクレアが肘で突付く。
ゼウリオンは咳払いをし、居住まいを正す。
「実は、御主に頼みたいことがあるのだ」
「頼み?」
「うむ。御主がこれまで転生していた世界は、他人の運命であり、全てランダムではあるが、全ては〝世界樹〟に内包された世界なのだ」
「へー、〝世界樹〟」
「だが、その〝世界樹〟が枯れ始めている。要因は調査中であるのだが、その要因に近しいと思われる世界を発見したのだ」
「……ふーん……?」
「世界の在り方を歪める〝澱み〟が発生している世界であり、その内情までは神々でも見通せぬ」
「見通せないのに、その〝澱み〟があると分かったの?」
「何度も調査を行い、拙いながらも繋がりを作ったからこそ分かったのだ」
「それで? 頼みってのは?」
「勇者としての運命を授ける。その世界に転生し、〝澱み〟を解消してほしい」
ゼウリオンの言葉に、スグルは眉を顰める。面倒臭いと言いたそうなのが見て取れる。
「無論、1人では行かせぬ。サポートとして、〝聖女〟の運命を授けたアステリアを同行させる」
「え〜? いらね〜」
「なんですって!?」
余りにも素直なスグルのリアクションに、アステリアが顔を赤くして抗議する。
「私がサポートするのよ! これ以上に心強いことなんて無いでしょ!」
「俺はお前を殺したいんだぞ。分かってんのか」
「ひっ。ごめんなさい」
スグルの殺気に、アステリアは大人しくなる。
アステリアを黙らせたスグルは、ゼウリオンへと向き直り、
「報酬は?」
と尋ねる。
ゼウリオンはキョトンとした表情を浮かべる。予想もしていない言葉だったようだ。
「報酬?」
「え、タダ働きさせる気だったの?」
「勇者としての運命では不服か?」
「不服だよ。当たり前じゃん」
「何故だ?」
「少なくとも3回はそれっぽいことしてんのに、何でまた同じようなことしないといけないのさ」
「……ぬ……」
「報酬無いなら、他当たれ」
「く……〝裁定者〟にも断られたから、御主に頼んでいるのに……! どいつもこいつも……!」
ゆらりとゼウリオンが立ち上がる。
そのゼウリオンから良からぬ気配を感じたヘラクレアが視線を移す時、ゼウリオンは〝転生の書〟を振り上げていた。
「ちょっと、アナタ!?」
予想もしていなかったゼウリオンの行動に、ヘラクレアが面食らったように叫ぶ。
スグルもゼウリオンの行動に気付いて身構えるが、油断していたこともあり、スクロールが頭に叩きつけられる。光に包まれ、転生が始まる。
「テメェ!」
「パパ!? それはダメなんじゃ!?」
「あっ!?」
「覚えてろー……」
アステリアの言葉にゼウリオンは正気を取り戻すが、時既に遅く、スグルは転生してしまった。
「とにかく、貴女も急ぎなさい」
「は、はい!」
ヘラクレアに急かされ、アステリアも転生する。
アステリアを見送ったヘラクレアは、ゆらりとゼウリオンへ向き直る。背後で雷鳴が鳴り響き、稲光が走る。
「正座!!」
「は、はいぃ!」
数時間の説教の末に、ゼウリオンは罰として神王の座をヘラクレアに譲る羽目になった。
スグルの魂が世界に向かっている最中、声をかけられる。
「災難だったな。見ていて爆笑したよ」
「止めてくれよ。てか誰?」
「決まった名はない。今はこの金髪碧眼で見目麗しい姿が気に入っているがね」
「ナルシストかよ」
「飽きたら変えるさ。そうだな、俺は〝裁定者〟と呼ばれている」
「さっきのオッサンも言っていたな。断られたって」
「あぁ、面倒臭いから断った」
「その皺寄せが俺に来てんのかよ」
「流石に悪いとは思ってるさ。だから、少し手を貸すことにした」
「へー、どんな?」
「お前が得ている〝スキル〟を束ねて〝特性〟にしてやるよ」
「スキル? 特性?」
「ま、悪いものじゃないさ。それ、えーと、チチンプイプイだっけ?」
「知らん。あ、温かい?」
「よし。終わったぞ。じゃあな」
「よく分からんが、ありがと」
こうして、一応、適切な転生を迎えることができたスグル。記憶と力はそのままに、新たな世界へと産まれることになった。




