第1話②
気付けば、荘厳な装飾の扉の前にいた。
老いて死んだはずだが、肉体は若返っている。体力も魔力も溢れんばかりに満ちている。軽く突きや蹴りを放ってみると、技のキレや練度は老いて成熟したもののようだ。
何となく、想像はついているが、スグルは意を決して扉を押し開く。
重苦しい音を立てながら開いた扉の向こう側は、忘れもしない、スグルが迷い込んだ神殿のような部屋だ。当然、スグルに転生を強要したアステリアもいる。面倒臭いと言いたげに、胡乱げな視線を向けてくる。
「はーい、次の人〜名前は〜?」
微塵もやる気が感じられない声で、指先で何かしらの書類を摘み上げながら問いかけてくる。
スグルは姿勢を整え、床を蹴る。一瞬消えたようにも見える加速で、気怠そうにしているアステリアとの距離を一気に詰める。
アステリアがスグルの接近に気付く時には、スグルの手がアステリアの視界を覆い尽くしている。
「オラァ!」
「げふぅ!」
スグルは掴んだアステリアの顔を持ち上げ、背負投げのように背後に投げ飛ばす。アステリアは受け身も取れずに、そもそも受け身の取り方を知っているはずもないが、床に叩きつけられる。
「げほっ、ぐふっ、な! 何するのよ!」
文句を言いながら立ち上がるアステリア。
スグルは何も言わず、アステリアの顎を狙ってアッパーを繰り出す。
「断食拳!」
いつの間にかそう呼ばれるようになったアッパーが、吸い込まれるようにしてアステリアの顎を下から撃ち抜く。
アステリアの体が仰け反った隙を逃さず、スグルは拳に魔力を込める。
「内臓抹殺拳!」
「ぐびゅぅっ! ごぼぉぉぉえぇぇぇぇ!」
「待ち侘びた。ただ、ひたすらにこの時を! 溜め込んだ恨みと憎しみを受けるがいい!」
スグルの渾身の一撃を受け、アステリアは床の上で転がり回る。
「う、うぅぅぅぅっ!」
アステリアは破裂した内臓の修復と、砕けた顎の再生を行いつつ、どこからか取り出したベルを鳴らす。
澄み切った綺麗な音が鳴り響き、部屋の奥から別の女神が姿を現す。
ミリアムだ。
スグルが覚えている範囲では、アステリアを諌めていた姿が印象に残っている。
「どうなさいました? またお腹を壊したのですか?」
床の上に転がっているアステリアを見て、ミリアムは呆れたように言う。
アステリアはその事に納得していないようだが、眉間に皺を寄せながら、スグルを指差す。
「貴方は……? ……! ミヤタカスグル様ですか?」
「はい。新たな一生を終え、やって来ました。アステリアとか言うバカに復讐している最中です」
「お気持ちお察し致します」
スグルの言葉に、ミリアムは頭を下げる。大まかな事情は把握したのだろう。
そこへ、自己再生を終えたアステリアが立ち上がる。
「ふざけた事言ってんじゃないわよミリアム! コイツ、人間のくせに女神の私を殴ったのよ!?」
「全身粉砕拳!」
「ピョッ!」
アステリアに炸裂するスグルの必殺拳。
それをまともに受けたアステリアの体は、描写するのも恐ろしい状態になる。それでも、流石は神を名乗るだけあって、辺りに散ったアステリアの破片が蠢きながら一箇所に集まり始める。
「ちっ、しぶとい」
「お、お待ちを! この方を恨む気持ちは分かりますが、何故、神に攻撃できるのです? そもそも、何故、その攻撃が通じているのですか?」
「通じないの?」
「普通は。まあ、転生する段階で神に攻撃する者はいなかったということもありますが、神に攻撃は通じないはずなのです」
「うーん? 知らないよ。コイツに復讐することしか考えていなかったし」
「え、そんな……それじゃ、まさか……」
スグルがミリアムと会話をしていると、その隙にアステリアが一気に再生する。一糸纏わぬ姿だが、その事に構うことなく、アステリアは机の上にあった巻物に手を伸ばす。
そのアステリアの動きを察したスグルが臨戦態勢を取ると同時に、アステリアが襲いかかってくる。
「アステリア様、何ですか、その破廉恥な格好は! 女神なら恥を知りなさい!」
「どいてミリアム! コイツに神の恐ろしさを思い知らせるんだから!」
「やらるものならやってみろ! 大地破砕拳!」
手にした巻物を振り下ろすアステリア。
迎え撃ち、カウンターを繰り出すスグル。
スグルの拳を受け、半身が吹き飛ぶアステリア。これによって手放されたアステリアの持っていた巻物が、スグルの顔面を掠める。
「あ、それは!」
ミリアムがスグルに手を伸ばすが、時すでに遅く、巻物が光ってスグルを覆う。
「げっ、まさか!」
「スグル様、こちらに」
ミリアムの言葉も間に合わず、スグルの姿は光に包まれて消えてしまった。
「ふっふっふ、見たか! これが神の恐ろしさよ!」
スグルの体勢が不十分だったために威力が十全に発揮されなかったおかげて、半身が吹き飛ぶだけで済んだアステリアが得意気に胸を張る。
「何を言っているんですか!」
ミリアムが衣装を投げつけつつ、怒鳴り散らす。
「神妃殿下からのお言葉をお忘れですか! 定められた運命を勝手に変えることは神であっても厳禁なのだと、あれほど申し付けられたでしょう!」
「だ、だって、アイツが」
「アステリア様が撒いた種でしょう! それなのに、またも他人の〝転生の書〟を使うなんて、何を考えているのですか!」
「で、でも!」
「これで、貴女への恨みが深くなりましたよ。どうするのです? 新たな一生が終わり次第、また来ますよ」
「大丈夫よ。転生したんだし、力も失っているでしょ」
「それは適切な手続きで転生した場合です。前回、今回の彼には適用されません」
「え、嘘でしょ?」
「ましてや、神への攻撃ができて、それが通用する謎が解明されていないのに」
「わ、私……ヤバい……?」
「私は知りませんからね」
「そんな! 助けてよミリアム! ミリアムってば!」
泣き言を喚き散らすアステリアと、そっぽを向くミリアム。
アステリアの癇癪により、スグルはまたも望まぬ形での転生をする羽目になってしまったのだった。




