第六話 由理子の決断
西暦2000年3月10日の午前9時ごろ、由理子は名護屋テレビ塔の、亜空間レストラン内のバーカウンターに、パートナーの杉浦鷹志と、仲良く並んで立って、勤務していた。彼女は今日も、何時もの赤いウィッグとメイド服を身に纏っている。
そんな彼女だが、今朝は何だか珍しく、思い詰めたような顔色に見えた。
気づいた鷹志が、ヒソヒソ声で彼女に尋ねる。
「ユリちゃん、どうしたの?何か悩みが有るなら、相談に乗るよ?」
「鷹志、やっぱり私、自分の主義を曲げるわ!」
「えっ、ついにメイド服姿を辞めるの?」
「違うのよ。そんな表面的な事じゃなくて……。」
そんな会話をしている鷹志はもうすぐ36歳。由理子は、5月の誕生日が来れば、30歳になろうとしていた。
「……じゃあ、何に悩んでいるんだい?」
「私……やっぱりエリクサーを飲むわ。」
「ええっ!?イイの?あんなに自然に生きる人生に、こだわっていたのに……。」
因みにエリクサーとは、人魚の肉の成分を分析したサン・ジェルマン伯爵が、合成して作った、不老不死の薬品の事である。
「私、思ったの。これから先もずうっと伯爵と……ううん、鷹志と一緒に、色々な時空を旅して、まだ知らない、様々な生き物との出会いを楽しむためには、やっぱり何時までも、若くて元気なカラダが、必要なんだって。」
「……ただ30歳になりたくない、とかではなくて?」
「まあ、ソレもあるけど……。」
彼女は何時でも、素直で正直なのである。まあ、ソコが彼女の最大の美点だし、だからこそ、様々な生き物との、平和的な交流が可能なのだろう。例え相手が人外の、霊獣でも神獣でも、ノープロブレムなのだ。
鷹志は早速、地下の実験室に居るサン・ジェルマン伯爵に、インターホンで連絡を取った。5分もしない内に、伯爵は準備をして、エレベーターでレストランに上がって来た。準備と言っても簡単なものだ。エリクサーの入ったカプセル剤を二粒と、コップに入った二杯の水を乗せた、トレーを持って来ただけなのだ。
「本当に、後悔なさいませんね?」
伯爵も心配して、由理子に尋ねる。
「ええ、もちろん。だから、それ、下さい。」
「もちろん僕も一緒に飲むけど、もう、普通のニンゲン生活は不可能になるよ?」鷹志も重ねて訊く。
「……鷹志はイイの?」
「ボクはいつでも、ユリちゃんと一緒の運命だよ。」
ニッコリ笑って、鷹志はそう言った。
「……嬉しい。ありがとう!」
そして二人は、まるで結婚式の儀式のように、お互いの口にカプセルを持って行き、それを飲み込んだのである。
この日から二人はめでたく、永遠の29歳と35歳になったのだった。




