第五話 救世主
「えっ、ちょっ、ちょっと待って。」
香子は慌てた。
「何よコレ。どういう事?」
『お母様はボクと一緒に移動した。ここは古代エジプト。みんなは祈りながら、お母様の救いの手を待っていた。』
「あなたは兎も角、私は神様なんかじゃないわ……いや、そうなんだっけ?何だったかな?確か、私の内なる古代エジプトの神の名は……植物再生の神オシリス!」
彼女は自らの名を唱えた瞬間、そのオシリス神の姿に変身した。
エジプトの住民たちはソレを見て、「おおっ。」と言ってまた平伏した。
オシリス神の香子が、持っていた杖をひと振りすると、辺り一面に大麦、小麦の畑が広がった。更にもうひと振りすると、その向こうに玉ねぎ、にんにく、ネギ、キュウリ、レタス、デーツ、イチジク、ブドウ、ザクロなどの畑が、次々に出現したのだ。
「……こんなもので良いかな?」
尋ねるオシリス神。
「ありがたき幸せに存じます。これで皆、飢えをしのげます。」
村長らしき者が、平伏したまま返答した。
「収穫の後の、種もみも大切にせよ。」
「ははっ。肝に銘じて。」
「では、私はこれにて……。」
そう言うと、オシリス神は、出現した時と同様に、音も無くその場から消えてしまったのである。
ふと気がつくと、香子は元の姿に戻り、メジェド君と手を繋いだまま、自室のベッドの上に腰かけていた。
「今のは……夢?」と呟く香子に、メジェド君が首を振るような(どこが首なのか判別が難しいのだが)仕草を見せた。
そして彼女は、自分の足元が、すっかり砂にまみれている事に気づいたのである。
「夢じゃ……無かったんだ。」
彼女はすっかり、放心状態になってしまった。
そしてすぐに、『じゃあ、まだやりたい事が有るから、僕はこれで……。』とメジェド君は思念を送って来ると、パッと姿を消してしまったのである。
香子はもう、呆気に取られるしか無かった。
コレが、西暦2000年2月3日の出来事である。




