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昭和葬零 - Aristorequiem -  作者: 堀幸司 - holycozy - 
第四章『攻類神道(こうるいしんとう)』
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第03話 清風荘で待つもの

 そしてまたもや石段である。

 だが、上るよりも、下るほうが楽なのは言うまでもない。

 ただし、それは、あくまで比較してみればの話であって、下りの石段であってもその段数が尋常じゃなければ大層に疲れるものだ。

 正門で橘凛と別れ、長い石段を流一郎と宵子が下りてきたのは、世界が紺青(こんじょう)へと染まり、星々が目を覚ます頃だった。普段から戦いに身を置いている流一郎にはそれほどでもなかったが、主にインドア派の宵子にとって、この石段は拷問に近いものがあった――いや、拷問だ。

「こんなに疲れるとは思わなかった……」

 すでに宵子はノックダウン寸前である。

 それを苦笑しながら見ていた流一郎は、何気ないタイミングでこう言った。

「美鶴御前をどう思った?」

「うーん……ちょっとがっかり」と宵子は一番星を見上げる。

「がっかり?」

「うん。がっかり。もっと私の両親について、話が聞けるものと思っていたから」

「そうか……」

「死ノ儀くんはどうなの? あんなに頑張って戦ったのに、それほど褒めてくれる感じじゃなかった。いつもああなの? 悔しくない? 私は何だか悔しい」

「それが美鶴御前だからな」

「どういうこと?」

「御前様には全てが見えているのさ。見えているけれど自分では決して手を下さない」

「何それ。それってずるい」

「御前様が直接干渉すると、全てが意のままになってしまうからな。あの人は強すぎるんだよ。強すぎるから、自ら動くと周りに大ダメージを与えてしまう。それを防ぐために俺のような渡殺者を使役して、事にあたらせているんだ」

「ふーん……何だか面倒な話だね」

「だがそれで八〇〇年やって来たんだ。今さら仕組みは変えられないさ」

「八〇〇年?」

「美鶴御前が、この地を治めている年数さ」

「それって何かの比喩?」

「比喩も何も、そのままの話だ」

「ウソでしょ!?」

「美鶴御前の年齢は八〇〇歳。その間ずっと美鶴神社の――いや、攻類神道の宗主であり続けた。冗談で言ってるんじゃないぞ。実際、俺がまだ小さかった頃も、美鶴御前は今のままの姿だったからな」

「二〇代後半くらいに見えたけど……」

「あと何百年生きるんだろうな。もしかすると、人類が滅亡しても生き続けるのかもしれない」

「それはそれで寂しい話だね」

「美鶴御前本人は、そういう感傷から解脱してるだろうけどな。考えてもみろよ、八〇〇年生きたんだ、一体どれだけの親しい者を見送ってきたのか」

「そうなんだ……」

「時女」

「何?」

「今から時間を作れるか?」

「一人暮らしだから、別に門限はないけど……」

「じゃあ、俺の部屋に寄っていかないか」

「えっ!? ちょっ……ちょっと待って。それこそ何かの比喩?」

「そのままの話だ。俺の部屋できみに話したいことがある」

「ちょっと――!」

 宵子は、またたく間に赤面した。

 一昨日の夜、偶然知り合ったばかりの死ノ儀流一郎。その彼が、夜の帳の中、自分の部屋まで来いという。伏見小夜子の豪邸を訪れるのとはワケが違う。宵子にそのような経験はないが耳年増ではあったので、その申し出を軽く受け止めることは出来なかった。

 考えるな、感じろ――否、考えろ、時女宵子(by姫野美人)。

「あっ、そうか! 誰か他の人もいるんだね。頂五郎君とか!」

「何で五郎を呼ぶんだよ。俺ときみの二人だけだ」

「どうしよう……」

「不埒なことを想像しているのなら、それはきみの考えすぎだからな」

「そんなこと、考えてませんッ」

「美鶴御前が言っただろう、時女宵子を俺の従者にすると」

「えっ……」

「来てくれれば、その意味が、きみにも少し分かるかもしれない」

 だったら最初からそう言ってよ、と宵子は思った。



 空はすっかり色を失い、代わりに星々がひときわ鮮やかに輝いていた。

 流一郎の部屋は、美鶴神社から歩いて三〇分ほどの場所にあった。

 それは築年数が数十年を超えたオンボロアパートで、名を清風荘(せいふうそう)と言った。確かに女の子を連れ込むような部屋ではないかもしれない。錆びた鉄製の外階段を軋ませながら二階へ上ると、流一郎と宵子は二〇一号室のドアの前に立った。表札には「しのぎ」と平仮名で書いてある。

「そのまま漢字で死ノ儀と書いたら物騒だからな」と流一郎。

 宵子は、幼稚園で「わたしは、よいこです」と名乗ったら周囲に困惑されたことを思い出した。

 流一郎はポケットから三本の鍵を取り出した。

 二〇一号室のドアをよく見ると、ドアノブの他にも二か所、錠前が増設されている。

「厳重だね」

「空き巣が間違って入ると困るだろうからな――」

 そりゃ空き巣に入られれば誰だって困るだろうと、宵子は心の中でツッコんだ――が、今、流一郎は何と言っただろうか?

『空き巣が間違って入ると困るだろうからな』と言ったのだ。困るのは空き巣のほうなのだ。

 ガチャ、ガチャ、ガチャ。

 三つの錠を慣れた手つきで解錠すると、ドアがギィィと軋みながら開いた。

「おもてなしは何もないが、とりあえず入ってくれ」

「おじゃまします……」

 宵子は玄関で靴を脱ぐと、細い廊下を進んだ。

 明かりはまだ点けていないので、とにかく暗い。

「そのまま奥の部屋まで進んでくれ」

「うん、わかった」

 まさか冗談で明かりを点けないのではあるまいし、電気代の未払いで止められたということもないだろう。このままで、この暗い状況で入室することに、何か意味があるのだろうと宵子は察し、流一郎の言うことに従った。

 足下を確かめながら部屋に入ると、青白い光が宵子を出迎えた。その八畳間全体が、ぼうっとその光に照らし出されている。

「何これ……刀……?」

 そこにあったのは、一振りの日本刀だった。

 八畳間の中央――畳に深々と突き刺さって屹立し、青白い光を放っている。

 それはまるで伝説の聖剣エクスカリバーのようでもあった。

「やっぱり、きみにも見えるんだな」と流一郎。

「やっぱりって、これが見えない人なんているわけ?」

「渡殺者以外の人間でこの刀が見えたのは、時女――きみが初めてだ」

「うそっ」

 にわかには信じられないことだった。目の前の刀が幻影のようにぼやけているならまだしも、はっきりと存在感をもってそこに立っているのだから。これが見えない人間がいるなんて宵子には到底意味が分からなかった。

「これが麒族を打ち砕く銘刀、鬼包丁だ――そしてここは、俺の両親が死んだ場所でもある」

 そう言うと流一郎は部屋の明かりを点けた。

 ジジッという音が静かに響き渡り、数秒後には蛍光灯が淡い光を放ち始めた。

 室内が明るくなっても、鬼包丁は部屋の中央に立っていた。さすがに青白い光は弱すぎて見えなくなってしまったが。

「鬼包丁……死ノ儀くんの両親が亡くなった場所……」

 宵子は、流一郎が言った言葉を繰り返した。

餓鸞童子(がらんどうじ)という麒族がいる。極めて高い能力を持つ厄介な相手だ。俺の両親は、その餓鸞童子をこの部屋まで追い詰め、ここで死んだ」

「……負けちゃったの?」

「いや、命と引き替えに、餓鸞童子をここに封じた。凍刻(とうこく)の陣といって、敵を絶対零度に凍らせてその時間さえも止めてしまう呪法だ。ここに立つ鬼包丁は、その凍刻の陣を封印するお札のような役割を果たしている」

「じゃあ勝ったんだね」宵子の表情は神妙である。

「だが、凍刻の陣は永遠に続くものじゃない。あれから七年経って、刻を止めるのにも限界が近づいている。いつかこの鬼包丁を引き抜いて封印を解き、餓鸞童子を改めて倒さなければならない」

「それが風月丸としての――宿命?」

「そうだ」

 宵子は恐る恐る鬼包丁に近づいた。

 刀身の銀色は、テレビや書物で見たような一般的な日本刀よりも強く輝いて見える。まるで鏡のようだ。それがこの鬼包丁の特別な存在感を醸し出していた。宵子は寡聞にして知らないが、使われている鋼が一般的なものとは異なるのだろう。

「まがつ(がね)だ――まがつ鋼だけが高潔な麒族を割ることが出来る」

「まがつ鋼……でも、ずいぶん刃こぼれしてるんだね。これで戦えるの?」

「よく気付いたな。さすがだ。だが、この鬼包丁が最後の一振りだ――今のところは」

「今のところ?」

 その宵子のリアクションに、流一郎は落胆した表情を隠さなかった。

「きみは、両親から本当に何も聞かされていないんだな。きみの両親は、腕利きの刀鍛冶――刀匠だった。この鬼包丁も、きみの両親の逸品だ」

 頭を殴られたような衝撃が走った――。

 長い間、宵子の胸の中で解けなかった疑問が一気に噴き出す。父と母のことを考える度に、漠然とした不安と疑念が心を締め付けていた。両親の死が何を意味するのか、なぜあんなことになったのか。それを理解しようとすればするほど、答えが見つからなかった。

 その答えの断片が、目の前の、この刀だというのか。

「ちょっ、ちょっと待って……私の両親は、外資系の貿易商に勤めていて――」

 宵子の胸の奥で、疑念と混乱がどんどん膨れ上がる。

「だったら出張も多かったんじゃないか? その行き先がこの舞鶴市だったとしたら?」

「まさか」

「きみを巻き込むまいとして、きみの両親は身分を偽っていたんだろう」

「…………」

「なぜきみは、両親の足跡をたどろうとしたんだ? そのきっかけは何だ?」

「それは……」

 宵子はそれ以上、何も言葉にできなかった。

 その時、鬼包丁がブーンと低い周波数でうなり始める。

 暗闇から何かが覗いているかのような、不穏な気配が流一郎と宵子を包み込む。

 まるで封印された餓鸞童子が嘲笑っているかのようだった。

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