第7話:幽霊屋敷と自縛少女
1
秋のとある日の出来事である。
「貯金がもう尽きそうなんだけど」
俺たち、いや俺とミナミは、相変わらず怠惰でぐうたらな生活を送っていたのだが、ついにその生活に終止符が打たれる時がやって来たのかもしれない。
「シュガー、俺たちはあの魔王軍を倒したんだぜ?報酬だって沢山貰っただろ?そう簡単に尽きるわけないって!」
「そうですよ、ちゃんと探してくださいよ?きっと何かの見間違いですよ!そんなすぐに…」
そんなことを話していると、シュガーは硬貨袋を取り出した。金銭の管理は、シュガーに任せている。いや、硬貨袋というよりかは正確には硬貨が入っていたただの袋だ。
「おいシュガー、これの中身は?」
「だからもう尽きたって。もともと、あのお金でも連続で宿借りるとなれば、これくらいが関の山だし、それにこの世界の冬は、かなり寒いから、みんな宿とか家に引きこもって春を待つんだよ?そのためにも、お金貯めなきゃ」
「つ…つまり?」
「クエスト行こう?」
…。
『嫌だぁぁぁぁぁぁ!!』
俺とミナミは、床の上を転がりまわった!てか、なんだこのデジャブは?前にも全く同じやり取りをした気がする。
「嫌だ!俺はぬくぬく引きこもって生涯を暮らすんだ!」
「そうですよ!私はそんな怠惰なお兄ちゃんと温かい家系を築き、生涯を暮らすんですよ!」
「ふ、二人とも!?」
ルキアが少々、いやだいぶ引いているが、そんなことどうでもいい。ただでさえ魔王軍の撃退を最前線でサポートしていたのに、どうしてこんなに金が尽きるのが早いんだ!
「でも、今回はいい情報もあるの」
なに、いい情報だと?確かにこいつはそういった。俺たちは即座に転がりまわルナをやめ、床に正座した。
「それを早くいってくださいよー!」
「んで、そのいい情報ってのは何なんだ?」
俺たちが聞くと、シュガーが答えた。
「私とルキアがこの前いいクエストを見つけたの。報酬は屋敷一棟と、十万ルナ」
それを聞いた瞬間、すぐに俺たちは装備を整え、二人に呼びかけた。
「おい、早く行くぞ!」
「そうですね、そんなにいいクエスト、すぐに取られちゃいますよ!」
「ねえ、シュガー。本当に大丈夫なの?」
「うん、今の二人には、いい薬」
ルキアとシュガーの会話が少々引っかかったが、今はそれどころではない!一刻も早く、ギルドに行かなければ!
2
俺たちは、大急ぎでギルドのクエスト掲示板までやって来た。
「ふ、二人とも!そんなに急いでも、クエストは逃げないよ!?」
「先越されたらどうするんだよ!あ、あった!これか?」
「みたいですね!えっと、内容は…」
『地縛霊の除霊』
「おいシュガー、これはどういう意味だ?言ってみろ、さあ言ってみろ!」
「私たちを騙したんですか?」
俺たち二人が言い寄ると、シュガーは屁理屈を言ってのけた。
「私は、報酬が『いいクエスト』って言ったの。なにもその難易度が低いとは言ってない」
なるほど、宿での会話の意味はそういうことだったのか。
「ごめんね…何回も止めたんだけど…」
「そりゃ、地縛霊の除霊方法なんて分かるわけないだろ!?」
「霊感もないですし…て、あれ?シュガーちゃん、お兄ちゃん、ちょっと来てもらっていいですか?」
俺とシュガーは、言われた通りミナミのもとに集まった。ルキア一人を呼ばなかったのは、俺たちにしか話せない内容なのだろうか。
「シュガーちゃん。私たち、今は肉体の状態なのでしょうか?こちらの世界に来る前、『肉体と同じ扱いにはなる』て言ってましたっけ」
「うん、つまり今二人の身体は、肉体と同じ扱いだけど理論上は、『ただの触れられる魂』に過ぎない」
なにやら難しいことを話しているようだ。普段、こいつはただのバカだと思っていたが、なぜか無駄なところで頭がいい時がある。
「えっと、それはつまり私たちは今、魂に近い存在であり、その…霊感も上がったりしてたりするんですか?」
「まだ何とも言えない…」
やばい、俺一人、全くついていけない!
「と、取り敢えず、クエスト行ってみるか?なんか分かるかもしれないし」
「ユウマ、後先考えず行動しない…!」
「お前にだけは言われたくない」
過去、俺たちにランダムテレポートという一か八か、究極の運ゲーをやらせた上、無事だったから良かったものの、ギルドへ行くつもりが、『適当に行ってたらつくと思って』と言い、挙句真反対の方向に歩かされた、こいつにだけは言われたくない!
対して理解できず、ルキアの元へ戻る。
「で、結局受けるの?受けないよね!除霊の方法なんてわからないし…」
「受けましょう、物は試しです!」
「受けるの!?」
ルキアが驚きの声を上げた。ま、そうだろう。大した根拠もなく、地縛霊を除霊させると言っているのだから。
3
俺たちは、クエスト用紙に書かれた街の一角の屋敷にやって来た。とは行っても、長らく人の住んだ痕跡もなく、雑草は伸び放題、完全に廃棄である。
「わ、割とガチだったり?」
「じゃあ、お兄ちゃんはクローゼットの中でガタガタ言っておいてください」
「どこのホラゲだよ!でも、まさに同じ状態だよな。町外れにある無人の館…」
「皿の破片があるかもですね!」
「二人とも、これ以上はNG」
シュガーが会話に割って入り、俺たちの会話を止めた。危なかった。俺たちが足を踏み入れてはいけないところに足を踏み入れるところだった。
「お、ああそうだな、取り敢えず入るか?」
「なぜ疑問形なんですか?もしかして怖いんですか?」
ミナミはニヤニヤと笑みを浮かべている。ウザい、こいつ今めっちゃウザい!
「こここ、怖くねーし!?なんでそう思うんだよ!?」
「いや、震えてますよ?大丈夫でちゅよー?この私、ミナミお姉ちゃんが守ってあげまちゅからねー?て、あだぁ!?」
俺はいきなり兄を子供扱いして来たミナミを、剣の柄の部分で小突いた。
「なにバカなこと言ってんだ、早く入るぞ!」
「妹に向かってなんたる仕打ち…」
「ねえ、さっき話してた無人の館とか、皿の破片とかって何?」
「ルキアは知らない方がいいよ」
後ろでシュガーとルキアが話していた。まったくもってその通りである。それ以上掘り下げるとシャレにならない。
俺は、屋敷のドアノブに手をかけた…。
「いや、早く開けてくださいよ」
「い、いや、お前に屋敷に入った人間第一号を譲ってやろうと思ってな。よくあるだろ?『エレベーター一番乗り』とかさ、な?」
「いや、一番乗りしたところで何もないでしょう?地縛霊が、『あなたはこの屋敷に入った一人目の方です!』とでも祝ってくれるんですか?」
「もし俺らパーティがここで一緒に暮らすことになったら、一緒の寝室使ってやるよ」
ミナミはドアノブから俺の手を払いのけ、勢いよくドアを開いた!
「ねえ、エレベーターってなに?」
「ルキアは知らないでいいことだよ」
ルキアの素朴な疑問に、シュガーが即答した。
「そ、そっか。あまり詮索はしないでおくね」
こいつは本当に物わかりが良くて助かる。
4
「さっきの約束、忘れないでくださいね!」
「あー、はいはい」
自分でドア開けるという恐怖と引き換えとはいえ、かなりきつい約束をしてしまった。
まあ、してしまったものはしょうがない。
取り敢えずは散策するか。一様このクエストでは、除霊することができた時点で終了するため、時間制限はないらしい。
「取り敢えず二手に別れるぞ。ミナミとシュガーは、離しておいた方がいいから、俺とシュガー、ルキアとミナミで行こうと思うんだが…」
俺の考えとしては、元死神であり、多少霊について詳しいかもしれないシュガーと、霊退治のエキスパートであるプリーストのミナミを、ばらばらに行動させた方がいいと考えたのだ。だが…。
「ダメです!お兄ちゃんは私とです!ルキアさん、いいですよね?」
「あ、いや、僕はユウマがいいならいいんだけど…」
「おい、俺はなにもお前とでもいいなんて、一度も…」
「では、ルキアさんはシュガーちゃんと二階散策してきてください。私たちは一階を散策しますから。何かあったらすぐに報告すること!では、散開!」
「人の話を聞け!なに勝手に進めてるんだよ!」
二人は二階へ上がり、俺は半ば強制的にミナミとタッグを組むこととなった。…どうしてこうなったんだ!
「二人きりですね…お兄ちゃん…」
「いや、どこからどう見てもそんなロマンチックな雰囲気じゃないだろ!廃墟だぞ、廃棄!」
「吊り橋効果ってやつもあるじゃないですか!ほら、怖かったら私の胸に飛び込んで来てもいいんですよ?」
「いや、お前のぺったんこな胸になんて、飛び込みたくない。クッションにもならないだろ、それグハァ!?」
そう言いかけた瞬間、ミナミの肘鉄が俺の脇腹に炸裂した。
「言いましたよね?今度言った時は容赦しないって」
「はい、仰っておられました。申し訳ありませんでした…」
「謝って許すのは、お兄ちゃんだからですからね?ほんと、他人だったら半殺しですよ半殺し!」
実際、俺も半殺しのレベルで悶えてるんだが…。
パリンッ。
『へ?』
俺たちがそんな茶番のような、まあこちらとしては茶番では済まないのだが、先ほど起きた現象とは比べ物にならない。
流し台に置いてあった皿が割れた。
俺たちは、食卓のテーブル付近にいた。そこから流し台までは少し距離がある。なのに割れたのだ。
「お、おおおお、お前、プリーストだろ!?除霊術の一つや二つ、持ってるもんじゃないのか?」
「そ、そそそそ、そんなに急に言われましても、そんなのはもっとレベル上げないと、習得できませんよ!」
「はぁ!?なんで習得してないんだよ!この名ばかりプリースト!」
「自分だって何にもできないくせに!口だけ童貞剣士!」
恐怖と怒りでもうお互いなにを言っているのかわからない状況の中で、一つの声が仲裁に入った。
「け、喧嘩は良くありませんよ…」
『うるさい黙ってろ(てください)!』
「ひぃぃ!ご、ごめんなさい!」
俺たちは、一瞬その声に違和感を覚えなかった。だが、その声の存在に気付き、顔を上げると…。
そこには、一人の少女が立っていた。足の先は半透明、頭には天冠、日本で言うところの、典型的な幽霊だ。
『う、うわぁぁぁぁ!?』
「お、驚かせちゃってごめんなさい!存在しててごめんなさい!!」
俺たちは情けない悲鳴をあげると、少女は俺たち以上に驚き、なぜか全力で平謝りしていた。なんか、もう全然怖くない。
「あ、いや、別にお前のせいじゃないから。俺たちが勝手に驚いてるだけだから」
「そ、そうですよ!気にしないでください!」
なぜ俺たちは地縛霊を慰めているのだろうか。すると、またもや少女が驚いた表情を見せた。
「ど、どうしてそんなに驚いたんですか!?」
「どうしてって、お前がそこにいるのに気づかなかったからだよ」
「ひぃぃ!ごめんなさい!存在感なくてごめんなさい!」
やはりこの少女、かなり臆病だ。本来なら、俺たちが驚くはずが、なぜか少女の方が確実に驚きまくっている。
「あ、あの、あなたが地縛霊の方ですか?」
「え?何を言っているのですか?あ、私の名前は、メアリー・キアリス。この家に住まわせてもらっています」
「あ、あの、情報によると、夜な夜な周辺の家の皿が割れたり、ポルターガイスト現象が起きたりしているらしいのですが、心当たりあります?あと、犬の遠吠えのようなものが聞こえたりしてるらしいのですが…」
前者は怪奇現象として認められるが、後者の方は、ただの野良犬かもしれないのだが…。
「え?そんなことが起きてるんですか?恐ろしいですね…この家か、この近くの家に悪霊でも取り憑いてるんですかね?」
「いや、お前が地縛霊なんじゃないか?」
「だから、何を言ってるんですか?私は普通の人間ですよ?」
何を言ってるのだろうこの少女は。
「いや、お前足の先透けてるし、天冠つけてるし、典型的な幽霊じゃないのか?」
俺に言われて少女が自分の足の先を見るたり、頭を触ったりしていると、どんどん顔が青ざめていった。そして…。
「わぁぁぁ!?私、死んでるんですか?」
この少女は、全く自分の死んだ事に気がつかなかったらしい。この少女、地縛霊でもなんでもない。自分の死んだ事に気付いてなかった、ただの幽霊だ!
「そういえば、ご近所付き合いと称して、家事の手伝いに行った時も、全くみなさんに気づかれず、皿が割れてしまった時に過剰に反応していたのは、私が見えていなかったからだったんですか?」
「そう考えるのが妥当でしょうね…」
「で、でも、全く死んだ時の記憶がないのですが…でも、どうりで屋敷から一定以上離れられなかったんですね」
あれ、屋敷から一定以上離れられないということは、やはり地縛霊なのだろうか?でも、メアリーの話からすると、こいつは今の今まで自分が死んだ事に気が付いてなかったようだが…。
「きゃぁぁぁ!?」
俺がそんなことを考えていると、屋敷に悲鳴が響き渡った。
「な、なんだ?」
「とにかく、二階に行って見ましょう!」
「わ、私も行きます!」
5
俺たちが二階に到着すると、シュガーがある一室の前に立っていた。おかしいな、こいつはルキアと一緒に行動していたはずだが…。
「なぁシュガー、ルキアはどこだ?さっき悲鳴が聞こえたんだが…」
「それ、多分ルキア。この部屋の中にいる」
「じゃあ、なんでお前は部屋の外にいるんだ?」
「中を見ればわかる」
シュガーは意味深なことを言っていたが、今はそれどころじゃない。このドアの向こうで、ルキアが襲われているかもしれないのだ。
俺は勢いよくドアを開けた!
「おいルキア!大丈夫…か…?」
「ちょ、あははは!何するのさ、くすぐったいって!ち、ちょっと!?そ、そこはダメだよー!あはは…は…?」
なかでは、ルキアと犬?だろうか、何やらモヤのようなものだが、かなり大きな犬の形をした何かが、じゃれ合っていた。なるほど、こいつが遠吠えの元凶か。
「わんっ!」
ルキアは全身を舐めまわされ、唾液まみれになっていた。霊でも唾液は出るのか、というか、これかなり危ない絵面だ!そう感じるの話俺だけだろうか?いや、よく見ると、何やらルキアの顔もどんどんと赤色を帯びていった。
「え、えっと、これは、その…」
「お楽しみ中、失礼しました」
「ご、誤解だよ!?」
シュガーは、一言。
「私、大型犬苦手」
「私は、ルキアさんの事が、少しよくわかんなくなってきました」
「だ、だから誤解だって!信じてよ!」
ルキアがそう叫ぶと、メアリーがやってきた。こいつは、『私も行きます!』といっておきながら、悲鳴の元凶が怖かったのか、俺たちの後ろでずっと目をつぶってしゃがみこんでいたのだ。
「な、ナイト?何してるんですか?」
「わふ?わんっ!」
すると、ナイトと呼ばれたそのモヤのようなものは、メアリーのそばに飛んでいった。
「す、すみません!私の犬が飛んだ無礼を…」
「い、いや、別にいいよ…」
ルキアは、顔が赤くなっているまま、俯いた。こいつ、かなり恥ずかしかったらしい。
「ていうか、シュガー。こいつらの未練晴らしてやらないといけないんじゃないのか?」
「うん、でも二人の話を聞かないと始まらない」
「え、えーと、シュガーさん。一つ聞いてもいいですか…?」
「うん、いい」
「未練というのは、簡単に言うと、どういう事なのでしょうか?私には全く心当たりがないんですけど…」
メアリーの質問に、シュガーが答えた。
「生前にやりたかったこととか、小さい頃の将来の夢とか?」
「やりたかった事、ですか…」
メアリーはしばし考えた後、ハッとして語り出した。
「な、なら私の料理を食べてもらいたいです!」
「そ、そんな事でいいのか?」
俺がそう言うと、メアリーがむっとした顔で、言ってきた。
「そんな事ではありません!それに、自縛から解放したいのでしょう?ここには食材はもうありませんので、少々調達してきてくださいませんか?」
「うーん…それで解放される確信もないしな…」
「でも、やってみないとわからない。試してみる価値はある」
「そうですね、あとは食材ですが…」
ミナミがそう言った瞬間、全員の目がこちらに集まった。こ、こいつらまさか…。
「いや、俺に買いに行かせる気かよ!?」
「わ、私も付いて行きますから…!」
6
結局、俺とメアリーで買い物に行くことになった。例のごとくミナミが喚いていたが、なんとか振り切った。
というか、先程占い師のような老婆に、「霊が憑いている」と言われた。この世界の占い師や霊能力は、案外使い物になるのかもしれない。なら、どうして彼女を成仏させてやろうと考えないのだろう。
「着きました、ここですよ」
「お前一人でも来れたんじゃないか?」
「私一人では驚かせてしまいますよ。普通の人には見えないようですから…あれ?ならどうして皆さまには私の事が見えるのでしょう?」
「いや、あまりそこは深く詮索しないでくれ…」
「そ、そうですか…」
恐らく、それは俺とミナミは肉体と同じ扱いとはいえ、魂だけの存在だからである。シュガーは元死神だから、霊能力には長けているのだろう。
ルキアは…あれ?どうしてルキアにはメアリーたちが見えていたのだろう。鬼の一族は霊感が強いのだろうか?
「ど、どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない。取り敢えず早く買って帰ろうぜ。えっと、材料は…」
「ロック鳥の胸肉、サンシャインブロッコリー、ラビットキャロット、牛乳ですね」
「突っ込みどころ大量にあるんだけど!最後のやつしかまともなのないじゃないか!ラビットキャロットってなんだよ!」
「名前の通り、うさぎのような姿をした人参ですよ。町のはずれで栽培されてる種類です。うさぎが人参を掘り起こして苛立った農家の人が、うさぎの一匹を殺して、それを肥料がわりに地面に埋めたら栽培できたものなんですって。これがなかなか美味なんですよ!」
何それ怖い!完全になんかの呪いじゃないのか!?
「えっと、食べたら呪われたりとかしないよな?」
「今のところは報告されていないようですよ。そのような被害は」
『今のところは』というところが少し気にかかったが、まあ、被害が出ていないのなら大丈夫だろうか…。
「そう言えば、話は変わるがお前、本当に死んだ覚えはないのか?」
「はい、全くと言っていいほどに無いです…いや、でもあの時…」
そう言うと、メアリーは少し考え込んだ。どうしたのだろう、何か手がかりを思い出したのだろうか?
「どうした?なんか思い出したか?」
「い、いや、なんでもないです。少し思い出してきました…」
「どんな事をだ?」
「いや、この話はみなさんがいる時にしますよ」
そう言うと、またもやメアリーは考え込んだ。そして、自分自身に言い聞かせるように、
「まさか、ですよね…」
と、呟いた。
7
俺たちは、屋敷に到着すると、三人と一匹が待っていた。
「お兄ちゃん、遅いですよ!食材買いに行くだけで、何分掛かってるんですか!?」
「対して掛かってないだろう?お前、どれだけ気が短いんだよ」
実際、メアリーが動ける範囲なので、そう遠くでもないし、食材もすぐに買って帰った。なのにこいつはどれだけ俺に早く帰って来て欲しかったのだろう。
「じゃあ、料理を始めますので、食卓で待っていてくださいね…て、うわぁ!?」
そう言った瞬間、メアリーの手に持っていた皿が手から滑り落ち、床に落ちた。こいつ、なかなか不器用らしい。割れては…ないようだ。
「わ、私が手伝いましょうか?」
「え、いいんですか?なら少し…」
「お安い御用です!」
あいつはそんなことを言っているが、俺は知っている。こいつの得意料理は、カップラーメン。
少し前、「夏休みの家庭科の課題で、料理を作らないといけないので、少し味見してください!」と、意気込んでいた時は、正直俺は死を覚悟した。結局、できたのは案の定、何やら焦げた塊だった。
本人曰く、「料理は火力!最大火力で10分、十分焼いたオムライスですよ!」と言っていた。
味はもう「察してくれ」としか言いようがない。あれは人間の食べるものではない。豚もあんなものは食べないだろう。それを完食した俺は、数日の間喉と舌が麻痺していた。
「お前、料理できないだろ」
「この世界では、料理の腕もスキルで決まるんです。私、ちょっと前から上げてまして、現在、レベル5ですよ!料理スキルの最大レベルは10ですので、まあまあ料理できるくらいですが、いつかレベル10になってやるんです!」
こいつ、もしかしてあの有名なアレか?花嫁修行って奴か?でも、こいつが何かに夢中になるときには、必ず裏がある。過去もなんどもこのような事があった。
「お前、何企んでるんだ」
「何って、お兄ちゃんのお嫁さんになる為に決まってますよ。必ず貰ってくださいね、お兄ちゃん!」
「誰がお前なんか嫁に取るか!兄妹だぞ、兄妹!」
やはり、こいつとんでもないことを考えていた!まあ、大方の予想はついていたのだが…。
「ユウマ、大丈夫。この世界では、血縁者同士の結婚も認められてる。妹と結婚しても、大丈夫」
シュガーがさらっととんでもないことを口走っていると、ミナミが食いついた。こいつ、何言ってくれたるんだ!
「本当ですか、その話!?」
「本当だよ。中には血縁者同士しか認めない人もいるみたいだし。ていうか、知らなかったの?一般常識だよ、こんなの。僕はてっきり、そのことを知った上でユウマに猛アプローチしてたんだと思ってたんだけど?」
血縁者同士の子供ってなんか問題があって生まれる事が多いんじゃなかったか?この世界では、そのような事がないのだろうか。
「お兄ちゃん、私たちの結婚式場はどこにしましょうかね!?」
「たとえこの世界でそれが認められていても、俺はお前とは絶対に嫌だ!ていうか、まだ俺たち子供じゃないか。そういうのは、俺が十八歳になった時に改めてだな…」
「ユウマ、この世界では男性は十六歳、女性は十四歳から」
「お兄ちゃん、結婚式明日にでも開きませんか!?」
「だからお前とはないっての!」
そんなやりとりをして、しばらく待っていると、二人の料理は出来上がった。
「お待たせしました、クリームシチューですよ。冷めないうちに召し上がってください」
おお、なかなかに美味そうだ。メアリーは不器用だが、かなり料理の腕はいいらしい。
口に入れてみると…。
「うまっ!」
「本当、美味しいですね!」
「美味、文句なし」
「本当、美味しいね!」
俺たちが口々に賞賛の言葉をかけると、メアリーは少し恥ずかしそうに俯いた。
「ありがとうございます。このように褒めてもらえると、やっぱり少し恥ずかしくて…」
「メアリーさん、こんなに美味しい料理作れるのに、あんまり褒められた事ないんですか?」
ミナミがメアリーに質問した。確かにそうだ、こいつの料理はかなり美味い。ミナミも手伝ってはいたが、ほとんどメアリーがやっていた気がする。
「ずっと一人暮らしだったの?こんな広い屋敷で」
「いえ、私はこの屋敷の主人に使える使用人だったのです」
使用人?こいつは生前そんなことをやっていたのか。どうりで料理が上手い訳だ。こいつの腕ならば、料理長にでもなっていたのだろうか。
「私は、簡単に言うと雑務担当でした。ですが、見ての通り私、不器用で…それで、よく先輩の方々から嫌われていたんです」
「まあ、不器用なのは見ればわかるけど、仕様がないよな。それで不器用なだけでなんで嫌われたんだ?」
そういうと、メアリーは少々暗い表情をした。俺は、買い出しの時に言っていた、「皆さんがいる時に話しますよ」と言っていたことを思い出した。
今話しているのが、その話なのだろうか?
「皆さんは私の料理が美味しいと言ってくれましたが、使用人は『美味しい料理を作れて当たり前』だったのです。ですが、ご主人様の舌に私の料理が合ったらしく、そんな私を、当然…と言っていいのかわかりませんが、ご主人は私のことをそれなりにいいように使ってくれました」
「単純に料理が美味しい訳じゃなくて?」
シュガーの言う通り、俺もそう思った。だが、他の使用人達は、こいつよりも美味い料理は作れたと言うことだろうか?
「いえ、先輩方の料理も美味しかったのです。ですが、ご主人様に良くしてもらっていた私を、先輩方はあまりよく思っていなくて…」
そう言うと、前より一層メアリーの顔が暗くなったような気がした。
聞いていると、こちらまで暗くなりそうな内容だ。本人はもっと辛いんだろう。
「あ、べつに思い出したくなかったら、思い出さなくていいんだぞ?」
「い、いえ、私が話し出したんですから、話させてください…」
そう言うと、気持ちを落ち着けるように、メアリーは深呼吸をした。そして、先ほどより、少しゆっくりとした口調で話し出した。
「それからは酷いものでした。ご主人様の見ていないところで、水をかけられたり、靴を隠されたりしました。それくらいならばよかったのですが…仕打ちはさらに悪化していきました。それも、拷問のような形で…ご主人様に言おうとしても、やはり心配はかけたくないですし、自分自身でなんとかしようとしていたのですが、一向に良くならず…そんな中でも、ナイトは私の味方でした。ナイトはこの家で飼われていた犬の一匹で、いつも私の話を聞いてくれました。と言っても、半分愚痴のようなものですが…それでも、たった一つの私の心の支えでした」
「くぅん…」
案の定、とんでもなく暗い展開になってしまった…。
「そして、ある日ご主人様は、プライベートで旅行することになりまして、使用人たちは、自宅で待機となりました。ご主人様がいないとわかった途端、先輩の方々からの拷問も、とんでもなくエスカレートしました。それも、爪を剥がれたり、針が入った食べ物を無理やり食べさせられたり、最後、意識が朦朧としていたのですが…私はナイトと一緒に、部屋に閉じ込められ、それで…今思えば、そこで死んでいたのかもしれません」
なんて酷い話だ…。完全に逆恨みじゃないか!
「お前、そいつらが許せなくて地縛霊になったのか?」
そう言うと、メアリーは慌てて取り乱した。
「い、いや、違いますよ?確かに、あの人たちが許せないのは事実ですが、私は、ただもう一度だけ自分の料理を、純粋に褒めてもらいたかったんです…それだけで満足なんです!」
そう言うと、先ほどまでの暗い顔とは全く違う、眩しいばかりの笑顔を見せた。そして、メアリーとナイトは、何やら淡い光に包まれた。
「どうやら、少々遅れてお迎えが来てしまったようですね。では、私とナイトは本来あるべき世界に行くとします」
「お前、本当に行くのか?」
そう俺が聞くと、メアリーはクスッと笑った。
「当たり前ですよ。それに、あなたたちは私を成仏させるためにやって来たんでしょう?」
「ま、まあ、そうですが…また、どこかで会えますか?」
「会えますよ。この世に輪廻があるなら、記憶は無くしても、きっと生まれ変わります。その時は、ぜひ探してくださいね?」
メアリーは、そんなことを言っているあたりから、本当にもう未練は無くなったらしい。
「それって何年かかるの?僕たちにできるかな?」
「わかりませんよ?もしかしたら、ユウマさんとミナミさんの子供になるかもしれませんね」
「だから、こいつとは無いっての!」
俺はそう叫ぶと、メアリーとナイトに手を振った。
そして、窓から天に登っていく二人を見送った。
「さよなら、メアリー、ナイト…」
俺は願った。今度の彼女の人生は幸せでありますように、と。
8
あれから、俺たちはクエストをクリアしたこととなり、屋敷の所有権と報酬を手に入れた。これで、冬越しはなんとかなりそうだが、何かスッキリしない気分で眠った次の日の朝の出来事である。
「朝ですよ〜起きてください」
「うーん、あと五分を10セットほど…て、うわぁ!?」
「ふ、ふぇぇ!?」
そこには昨日成仏した…はずだった少女、メアリーがいた。相変わらずの気の弱さである。ていうか…。
「お前、なんでいるんだよ!」
「いや、何やら『あの世が今混み合っているから、もう百年ほど現世で待ってて』と言われたので、もう一度ナイトと一緒にここで過ごすとになりました」
本当に、あの世には問題しかないようだ。あの世界でもこの世界でも。
「それに…」
「それに?」
「新しいご主人様も見つけられましたしね」
ん、何を言ってるんだ彼女は。新しいご主人が見つかったのなら、早くそいつのところに行ってやらないといけないんじゃないか。
「新しいご主人様って誰だ?早く行ってやれよ」
「いや、だからあなたが私の新しいご主人様ですよ?ユウマ様」
「え、えぇぇぇ!?」
思わず間抜けな声を上げてしまった。だが、今回ばかりは言い訳させてくれ。
流石に、昨日会った相手に『あなたは私のご主人様です』なんて言われたら、誰でもこうなる。その上こちらはコミュ障だぞ?
「では、早速何か命令を、ご主人様」
「いや、まずそのご主人様って言うのはやめて欲しい。最低限だ」
「では、なんと呼べば?」
「普通にユウマでいいよ。シンプルイズベストってよく言うだろ」
「それとこれとは話が別ですよ。あと、皆さまにも支えたいのですが、皆様も名前でよかったでしょうか」
ミナミはともかく、おれは二人についてあまりよくわからない。
「では、これからは生まれ変わった、私メアリー・キアリス、ユウマさんたちの使用人として、本日から努めさせていただきます」
「おいお前ちょっと待て?まだあいつらに許可とれてないじゃんか!」
案の定…と言っていいのか多数決で決められた。俺以外は全員が許可をした。




