続・寄り道とシバーシンと百万書架
――サクーア・職人街
久しぶりに、イレアナの様子をうかがいにサクーアへやってきた。
都市はずいぶん回復しており、市が再開されていた。
人族も大分もどってきており、都市は活気づき始めていた。
職人街は相変わらず、そんなことは気にも止めづ、いたるところから鉄の音が鳴り響いている。
じっ様の家へ向かった。
途中、崩れたイレアナの家の跡地があり、すっかり更地になっていた。
じっ様の家の前へ到着し、ドアをノックする。
「どちら様だい?」
ばっ様の声が聞こえた。
「レオナールだよ」
返事をしたらすぐにドアを開けてくれた。
「ああ、元気だったかい?」
「ええ、ばっ様はどうだい?」
「相変わらずさ」
「じっ様とイレアナはいるかい?」
「ああ、おはいり」
懐かしい雰囲気のあるシンプルな家だ。
もともと、老人が二人で暮らしていただけなので、特に生活用品以外の物もなかった。
イレアナも余計な物は持たないので、一人増えたぐらいでは物が溢れてしまうわけもない。
家の裏に、工房がある。
店頭での販売は行っていないので、そのようなつくりになっているらしい。
工房に近づくと、炉の熱で少し肺が熱くなる。
「あんた、イレアナちゃん。レオナールがきたよ!」
二人は、作業中の手を止めこちらにやってくる。
「おう、生きてたか!」
「……」(ぎこちないく微笑む)
「まあなんとか」
近くにあった石材に、各々腰を掛けて、僕がサクーアから出て以降の話をした。
サクーアは、新しい指導者のもとで、経済的な回復をはたした。
1年もすれば、観光都市としての姿を取り戻すだろう。
職人連中は、そんなことは意に介さず、己の腕を磨くだけだとも言っていた。
こちらは、『時送りの間』で、八年間を過ごした事。モーガスに弟子入りしていた事などを話した。
「大人びたのはそういうわけかい」
ばっ様は、子供の成長を喜ぶように言った。
「男は大人になっても、子供心は忘れんなよ」
じっ様は、相変わらず娯楽街通いをたまにしており、ばっ様によく折檻されているらしい。じっ様、あんたの言葉深く心に刻んだぜ。
「……息災ならそれで良い」
イレアナは、魔人化前の子供の姿であるが、物腰が以前より柔らかくなっているように思える。ばっ様に、いろいろ教えてもらい家事能力が上がったとの事。じっ様にも教えてもらい鍛冶能力もあがったとの事。
現在は、包丁や農工具等の生活に使われる物を作成しているが、武器を作れなくなったわけでは無い。
もともと、武器とは農耕具や狩猟道具の延長にあるものが多い、鍛冶の基礎的な土台がかなり固まったとの事。たかが一ヶ月で、多くの事を吸収できるその才とバイタリティは、見習わなければなるまい。
ただ、その才故。じっ様としては、もっと有能な職人に弟子入りしてほしいらしい。
もちろん、離れるのも寂しいから、頭を悩ませてはいるとの事。
「本当に、この人は子離れできないタイプだよ」
と言っているばっ様も、イレアナが居てくれる安堵と、いつか出ていくであろうという不安を持っているようにも見えた。
人は出会い縁を結ぶと、かならず別れがくる。
時間ではなくそのかかわり方で、別れるときには深い悲しみを覚えるだろう。
「僕は、世界中を旅しているから、もし良い鍛冶師がいたら紹介するよ」
「……」(コクリ)
デックアールヴの血なのだろうか。鍛冶への直向きな態度、向上心を感じる。
何かを作りそれを残す。
人が生まれた意味に繋がるように思えた。
僕は一体何を残していくのだろうか?
それは後世の人にとって善行なのか、魔王と呼ばれる悪行なのか。
それとも何も残せないのか。
「今日来たのはイレアナに一つ頼みたいことがあるんだ。プレートアーマーが成長したから小さくなってしまってね。ぜひ作ってほしいんだが」
「……承知した」(少しうれしそう)
「職人名利に尽きるな。職人はさ、自分の作品を気に入ってくれる人が居れば、力がついていくんでい」
イレアナは、武器の製造も高度なものであるが、防具の作成についてはそれを凌駕する。
装備する者がいかに着やすいかを追求している。
見ただけで、相手にあった形状の防具を作成することができるのだ。
しかし、何故か彼女は二人きりになったときに、抱きしめてきた。
「何をしているんだい」
「……寸法を測っている……」
「そうしなくてもいいんじゃないか?」
「……」(クンカ、クンカ)
「それには意味のあることなのかい?」
「……」(幸せそうな顔で頷く)
「ならいいけど……」
しかし、ぴたりと止まり。
「……女子の匂いがする」(冷たい視線)
「さっき、人とすれ違ったからじゃないかな」
少し焦りながら答える。おそらく、クンヘルとナーセットの匂いだろう。
ジト眼ではあるが、半分あきらめたような顔をしてから、強く抱きしめて体を擦りつけてくる。自分の匂いを擦り付ける猫みたいだった。
防具については、取り掛かるが、最低でも三ヶ月はほしいとの事、その間はなるべく戦わないでほしいと希望されたが、旅をすすめる意思は固いと話すと、しぶしぶ了承してくれた。
古いプレートアーマーと、入らなくなったカイトシールドを渡す。また、太い釘に《分解》を施し【サーキットボーク】により、古いすべての武器の紋章を破壊し渡す。金属類を溶かし再利用するとのこと。
その後、旅の前に1週間ほどここで過ごすようにイレアナから言われる。
今すぐ新しい都市に向かいたいと言ったが、それは頑なに引き留められた。
普段大人しいイレアナが、じっと何時間も見据えてくるので、最後は折れた形ではあったが。
五日間は、工房の手伝いと、ばっ様の買いものの手伝いをしていた。
買い物をすると都市の復興具合が分かる。
市場には、色とりどりの野菜が並んでおり、市場を華やかに彩る。
ただ、市場を抜けると、まだテントで生活をしている人達や、教会周辺には、多くの孤児がいる事もわかる。
本当に、彼との闘いは正しかったのか、今さら無意味な考えにとらわれる。
サクーア都市内とその近郊のみの被害で抑えられたとも考えられる。
今まで、こんなに余裕がある時を過ごしたことが無いので、いろいろなことを考えることができた。訪れた都市では、必ずと言っていいほど闘いに巻き込まれているな。
毎回事件に巻き込まれる名探偵のようだな。バーロ、死体の数は奴の比じゃないっての。
買い物を終えて、夕暮れ時の道を、ばっ様と一緒に帰る。
「この都市も少しずつ変わり始めてねえ。私たちが来たことには、ほとんど人もゐなかったし、こんなに活気は無かったよ。こうやって、みんなが手を取り合って暮らすことができればいいのにねえ」
「必ず手を取り合う事ができると思うよ。だって、誰もが一人では生きられないから」
何となく口からそんなことがでる。
「本当に大きくなったよ。あんたは」
「僕も、出来なかった親孝行ができて嬉しいかな」
ばっ様は、複雑な顔をして、普段彼女があまり出さない遠慮がちな態度で
「あんた、ご両親はいないのかい?」
「分からない。遠くへ行ってしまったよ。正確には、離れてしまったんだけど」
「そうかい」
その一言だけで、それ以上は聞いてこなかった。
巡り巡って、この善行が、本当の親に届くといいと思ったが、そんな見込みは無い事は重々承知しいる。ただの希望だよ。希望は、どんな形でも、もっていて、いいじゃないか。
家に着くと、じっ様が一仕事終えたようで、茶をすすっていた。
イレアナは、あの日以来食事しているのかも不明なほど自室に閉じこもっている。
時々、繊維状の何かを、ばっ様が持っていき数時間部屋で一緒にいる。
じっ様の手伝いも四六時中やるわけでもないので、暇を埋めるために、紋章についての研究をしていた。
次に向かうシバーシンは、学園都市であり、大きな図書館があるそうだ。
そこで、自分の固有能力と向き合い、本格的に魔導具を作れるようになろうと考えている。
現在は、厚手の紙に、魔術回路を書き込み魔術が発動するかを研究している。
古来日本にも、『札』や『紙人形』で神通力を行使していた事から、不可能ではないと判断したが、なかなか難しい。
大概が、一回発動できるか、もしくは発動と同時に、中途半端に粉砕してしまうか。
それはそれで良いのだが、失敗があっては安全性に問題がある。
そこで今行っているのが、【マテリアル】で作成する魔石を、液状にして紙に直接塗り込む。
そうすることで、紙の耐久度が上がるとともに、失敗がほぼ無くなる。
問題は、誤発動があり、それはそれで安全性に問題がある。
【マテリアル】でのマナの物質化については、八年の修行期間中も実践しつづけたことから、液体化する事も可能になっていた。パーセルの強制魔人化を行う、注射を参考にはしているのだが。魔石の状態での作成は、一回の生成でノェウが放った【テンペスト】を十回打てるくらいの濃度で生成可能になり、《蓄積》を使いながらだと複数回重ねられ、濃度が更に濃くなる。大きさは、濃くなれば成るほど、小型化が難しいので十回重ねくらいでは、最小でも拳大の大きさになってしまう。
ただし、あのレベルの【テンペスト】を百回も連続して放つ場面など稀であり、【マテリアル】の質は現状でも十分効力はある。
なかなか、【マテリアル】を連続して使用するのは難しい。そこで考えたのが、一辺五センチほどのキューブに、《吸収》《蓄積》《回復》のそれぞれのサーキットにより、低範囲での【森羅万象】を発動して、小型の世界樹を作り、地面と空中のマナを吸収させて、魔力の回復を促進すれば、ブートする魔力量よりも多くの魔力を補充できる。
工夫や組み合わせによって、さまざまな活用ができるようになったのは、大きな成果であった。疑似的な精霊回路に至る道が少しずつ見えてきた。
他には、いつも、じっ様とイレアナには、武器や防具の面でお世話になっているので、炉や道具について、魔力回路で強化をしておいた。魔石を大量に置いておく。
そんな、こんなで時間がたったころ、出発の朝がやってきた。
相変わらずイレアナとは、あれ以来あっていない。
別れも言えずに去るのは、もったいないので、だらだら支度をしていると、彼女が自室からでてきた。その手には、洋服と、木箱があった。
黒を基調とした金の刺繍の入ったローブに、襟の着いた長袖、それにあった長袖のズボンに、ひざ近くまであるブーツ。ローブには、腰巻用のベルトがあり、斜めに巻くタイプで、その脇部分に、小型の武器が入るホルダーと、ちょうど札が入るケースがついている。
木箱には、新たな武器が入っており、小型のナイフが十本近く。折り畳みのできる一メートルくらいの短い片手用のスピア、グローブ型の手袋、手の甲から腕までが鉄性のプレートで守られている。武器にも盾にもなる。
「いつもありがとう。また会いに来るよ」
「……ご武運を」
「いつも、いつも戦うわけでは無いよ」
「……」
「分かったよ。気は引き締めていくよ。それでは、じっ様、ばっ様行ってきます」
「おおよ」
「歯磨き忘れるんじゃないよ」
家族ってのは、こんな感じだったかな?八年以上あっていないと、その接し方さえ、分からなくなる。それでも、またここに帰ってくるのだろう。次なる目的地に向けて、はしりだすのである。




