寄り道とモーガス寺院と修行編 GT
――モーガス寺院
門前に、以前僕をボコボコにした門徒たちが立っていた。
「中に入りたいのだけれども」
「おいおい、まだやってるのか、お前一ヶ月前に同じこと言ってたやつだろ?」
「こいつ、ずいぶん老けちまってよ。そんなに入りたかったのかよ」
「大人になったと言ってくれないかな」
外の世界では一ヶ月であるが、あちらでは八年間修行していたのだから、容姿も大人びるのは当然であろう。
二四歳となれば、それなりに大人の顔にもなるし、修行により体型も少し変化している。
腹筋だって割れているんだ。関係ないけど。
「今度は、手足でも捥いでおくかな」
そう言った瞬間、こちらに距離を詰めてくる。
この者たちからしたら、たった八年である修行だったが、内容は苛烈、普通の人族では三日ももたないモノばかり。
【多相童子】によって、戦闘の経験も多く積んだ。
既に、自分自身の力を疑う余地もなかった。
突き出される拳を難なく避けて、他の門徒たちに向けて疾走する。
瞬く間に、最初に攻撃してきた門徒以外を倒し、門の中へ侵入する。
「待て!貴様そこからさ……」
最後まで言葉を紡ぐ事もできず、倒れ込んでしまう。
当然だが普通の状態で勝利を収める。
門の中は、正面に本殿、周りには修行をするための施設であろう塔が立っており。
本殿の奥の方には、門徒が寝泊まりをしていると思われる建物もあった。
全体的に広く、本殿正面には、門を警備していた者とは、違う色の僧服を身に着けた若い門徒が、各々が修行を積んでいる最中だった。
突然の侵入者に、師匠であろう門徒が駆けよってくる。
「なにか御用でしょうか?」
門を突破したことは、まだ知らされていないようだ。
「モーガス様にお会いしたいのですが」
そう聞いた瞬間、その門徒は非常にいやな顔をした。
「モーガス様は、現在修行の旅にでられています」
「そうでしたか、ではどなたがこの寺院を切り盛りされているのでしょうか?」
「弟さまです」
「お会いできますでしょうか?」
「どうぞこちらへ」
そういって案内されるがままに本殿へ向かう。
本殿の中は、均一に柱が並んでいる。柱の数は五十本近くあり、巨大な本殿を支えているようだ。
「こちらになります。少々お待ちください」
正面には、玉座のような椅子が置かれていた。
ただし、その主は現在不在のようだ。
門徒が去ってからもずいぶんと待たされた。
歓迎されていない空気は、すでに感じていたので、少し気を引き締めることにした。
暫くすると、紫色の袈裟を着た男が現れた。
「そなたが、兄上に会いに来たという者か?」
「そうですが……どうもいらっしゃらないようなので、ただお暇するわけにもいかずにお呼びたてしてしまいすみません」
「……」
「そちらも、その気のようなので安心しました。モーガス様本人と戦えない事が心残りですが」
柱から、ちょうど本数と同じ数の門徒が現れた。
「当寺院を舐めないでほしいものだ」
【畜生道】
近くにいた門徒を、瞬時に五人ほど殴り倒した。
突然の反応により、門徒がおののく。
その隙をみて、更に十人を眠りの淵に落とし込む。
マナの調子は好調。
「我が門徒ども!おののくな!」
一喝により、惚けていた門徒たちが、現状把握に移った。
しかし、遅い。
剛軟自在の体術により、更に半数以上が気を失う。
弱すぎる。
自分が強くなった自信はあるが、こんなにも弱いとは思わなかった。
違和感を感じつつも、そんの答えは分からない。
すでに、残り十人となった。
「つかえぬ者どもよ」
玉座から突然こちらへ、蹴りを放ってくる。
背後からの攻撃であったが、何とか回避する事が出来た。
その衝撃波により、残りの門徒が吹き飛んだ。
「卑怯とは申しませんが、仲間を巻き込むとは感心いたしかねます」
「仲間だと。我の兵はそのような甘いモノではない」
そういうなり距離を詰めてくる。
猛攻により少し後退せざる負えない。
剛の拳。押してダメなら押し続けろ。
そんな、強引な拳。
それでも、押し通す事が可能な拳だ。
「この戦い方、君は、王鬼ではないのか?」
一瞬その猛攻が止む
「何故我の名を知る?小僧ごときが」
「そんなことは、どうでもいいでしょ」
そうと分かれば、拳の軌道は読みやすくなる。
【多相童子】で、何度も対決した相手だからだ。
徐々に、反撃が可能になる。
腰を落として、脇腹めがけて、右の拳を突き放つ。
王鬼の体が浮き、後方へ大きく吹き飛ばし、玉座を崩壊させる。
「ぐっ!な、なぜ我の動きが読まれる。この小僧ごときが我より強いとな」
「単純な剛しか打たない君には、負けないよ」
「お、お前は兄上と同じだ。そうやって我を馬鹿にする。我とて自身に才があるとは思っていない。だが、兄上は英雄となり、我はその弟でしかない。このような事許されてなるものか。ともに修行してきた我を兄上は、どんどん先に行ってしまう。そのような事ゆるされるてよいものか!」
かってに、回想されても何とも言えない気持ちにさせられるだけで、特に待つ必要もないことから、予備動作のあまりない、ジャブを仕掛ける。
「ゆるせぬ。兄上が許せぬ。そして才の無い我自身が許せぬ!」
王鬼は、ジャブでさえまともに当たり、後ろへのけぞりながら、体の隅々に印が浮かぶ。
【青龍印】
王鬼の足に、紋章が浮かび上がり、蒼く発光する。
【白虎印】
今度は、腕に紋章が浮かび上がり、白く発光する。
【朱雀印】
背中が、紅く発光しており、赤のオーラを纏ったように見える。
【玄武印】
胸部が黒く発光している。
「絶対許してなるものか!」
強烈なローキックが左足に命中し、僕の体は少し前のめりになる。すかさず、左アッパ―が飛んできて顎を捉えに来る。何とか、それは避けたものの、第三撃の右フックは、よけることができず、右側に吹き飛ばされる。
柱の一本に激突し、その柱が粉々に砕け散る。
急いで代謝とマナにより、超回復を行いなんとか、意識がありながら立ち上がり、第四撃の飛び蹴りは、回避することができた。
外した飛び蹴りにより、本殿の側面に大きな穴が空き、粉塵で王鬼の姿を隠す。
「『剛』も極めれば、あそこまでいくんだね」
しかし、いまいち違和感がある。
拳は重いはずだが、どこか軽い。
続いての攻撃はいなし、反撃として頭部、胸部に六連撃を与える。
王鬼の体は吹き飛び、柱を二柱粉砕する。
先ほどとは腕に残る感覚が違う。
【玄武印】の効果であろう、非常に打たれ強くなっているようだ。
ただ、ダメージが通ってないとは思えない。
粉塵から、王鬼が出てくる。
紅いオーラが、より濃くなって、体に纏う。
ダメージを癒しているのだろう。
【朱雀印】の効果だろう。
高い防御力と、回復力。
なかなかに攻めにくい。
「き、貴様あああぁぁあぁ!」
王鬼は、激怒する。
あまりの印の強さにより、すでに魔力が減ってきているにも関わらず、更に印の発光が強くなる。
「人族の割には、なかなかやるね。でも、君の限界はここまでだよ」
煽ってみた。これで、無駄に魔力を消費してくれたらありがたい。
「許さぬ。我より強気者がいるのが……お前たち更に力をよこすのだ……」
「お前たち?」
言っていることが理解できなかった。
誰に対して言っているのか、理解できなかった。
【魂捧陣】
枯渇し始めた魔力が、王鬼の中からあふれてきている。
輝きを増した印により、更に速度と攻撃力を上げた蹴りを放ってくる。
横に飛び何とか回避するも、衝撃波により左腕に切り傷ができる。
柱が、五本ほどその衝撃波で粉砕する。
「この力……。君は、定期的に、門徒の血を魔力に変えていたんだね。だから、門徒が弱っていたんだ」
「我の兵は、我にその魂をささげている。二千に及ぶ門徒どもの力を集めれば、貴様などには遅れはとらん」
そこから生まれる連撃によって、本殿がかなり損傷していく。
避ける事もままならず、どんどん傷ができてしまう。
隙は無いわけではないが、攻撃を当てても、ダメージはそれほど通らず、すぐに再生されてしまう。
魔力の少ない人族とはいえ、二千人分の魔力と対峙するのは、非常に厳しい。
【餓鬼道】
青のオーラにより、先ほどよりこちらも素早い動きで、相手との距離を詰める。
どのような力にも、『間』により威力が変わる。
『間』とは、対象物との距離感になり、戦闘では重要になる。
相手の間に入り込み、攻撃を軽減させる。
恐れていては、逆にこちらが消耗してしまう。
剛には軟。水や風のような流れる動きで、衝撃波とそれを繰り出す蹴りの力を、体の一転にとどめないようにし、持ち込んだ間合いにより、強烈な一撃をお見舞いする。
「しっ!」
鈍い音と共に、王鬼の脇腹を捉える。
王鬼は、悶絶するも直ぐに、その口元を歪め。
両腕で顔強打を入れようとする。
しかし、その動きは読めており、かわすと同時に、目線が下に行った王鬼の後頭部めがけて肘鉄を加える。
強烈な肘鉄は、見事にヒットして、王鬼を地面に顔面から突撃させる。
すかさず、かかと落としで追撃する。
地面は、ヒビが入り、大きな穴を作る。
しかし、その足首を掴まれ。
地面に体を叩きつけてくる。
背中から見事に落下し、口から息が漏れる。
「がはっ!」
なおも、足首を持たれた状態で、地面や壁柱にたたきつけられ、そのたびに建物が損壊していく。最後には、投げ飛ばされ、入口付近の柱を四本ほど粉々にしてしまった。
あれだけ、急所に攻撃を加えたのに、すぐに反撃をしてくるとは思わなかった。
自分の危機管理能力の低さを恨みながら、回復には時間がかかりそうだと嘆いていると、
王鬼がこちらに向けて、飛び蹴りをしてくるのが見えた。
衝撃波では決定打を与えることができないと考えたのか、直接けり込む気であろう。
さすがの、王鬼もダメージ自身は通っており、強化に多くの魔力をもっていかれていることから、それそれ決着をつけたかったのであろう。
回避するすべがない。
ここまでかと考えたときに、背後から気配を感じた。
【地獄道】【白虎印】【青龍印】【朱雀印】【玄武印】
「チッ!」
蹴りと蹴りがぶつかり、轟音が本殿に響く。
「兄上お待ちしておりました」
「老師、あなたは人が悪いですね。タイミングもそうだが、あなたがモーガス様だったとは」
「モーガスとは、儂ら部族の長の総称じゃ」
「なるほど」
「王鬼、何故門徒を利用しているのじゃ。最強の拳士になるのであろう?」
「お前に言われる筋合いはない。自らの修行のために、多くの門徒を顧みず、出ていったくせに」
「……それも、そうじゃのう。それでは、その成果を御見せしようかのう」
少し困った顔をしている老師をみながら、この戦いの行方がきになった。
紫色のオーラを纏った老師は、構える。
強者同士の戦いに流れる特有の空気を感じ、それに参加できない情けなさを心に刻む。
どちらともなく動き出す。互いの拳と拳がぶつかり合い、その衝撃と轟音で、建物が倒壊するのではないかと思うほど、戦いは苛烈を極めた。
互いに引くことができない状態で、正面からのぶつかり会い。
なぜ、老師は得意とする『軟』を使わないのか不思議に思いつつも、おそらく王鬼の打ち込みが、老師から余裕を奪っているのだろう。
「我は、貴様がでていったあの日から、門徒を増やし、この寺院をここまで大きくしてきた。今さら貴様の様な、老体に用はない」
「ああ……。大きくなったようじゃな本当に……」
「貴様の拳は、その程度か、我は門徒の数を力に変えるすべを身に着けた」
更に【魂捧陣】を強めたのであろう、門徒たちの生気が薄れているのを感じた。
「これが、我がここまで上り詰めた証だ。受け取れ、貴様が捨てた我と門徒の力を!」
連撃は更に早くなり、老師が押されているのがすぐにわかった。
容赦のない連撃が、続く中老師は、何故かこちらに視線を向けたようにも感じた。
「よそ見をするな!我らを見ろ!」
その強烈な拳は、ぶつかり会った老師の腕を引きちぎり、最後の蹴りは、老師の臓器を破裂させるには十分すぎる強さだった。
柱を何本も砕き老師は、僕の近くまで飛ばされてきた。
「老師!」
老師のそばに駆け寄る。
「しっかりするのです!」
息が抜けている。おそらく、肋骨のが折れて肺まで達しているのであろう。
「ほ……本当に……大きくなったのう……儂が居なくなる事で、ここまで成長するとは……」
「何故!老師は『剛』で攻め続けるのです。あなたの強みは『和』のはず。それに、彼の強さは【魂捧陣】による強化でしょ?」
「……あやつは不器用じゃからの……『剛』しかできないのじゃ……でも……それも極めれば『和』にも勝ることもある……のじゃ。儂の影ばかり見ていた事により……自分を見なくなってしまった。儂は、本当は、彼奴のその実直さが……怖かった。儂は、最強の……モーガスでいたかった。儂と奴の年齢の差は……ほんの二歳じゃよ。では、何故儂はこんなにも歳をとっていると思う?それは、彼奴に……追いつかれるのが怖い故に……『時送りの間』に居ったからじゃ。彼奴は大きくなった……。【魂捧陣】をこれだけの規模張るのは、一人ではできぬ……。彼奴には、彼奴を信頼する仲間がおる。門徒たちは、己から魔力……を貸し与えているのであろう。彼奴が……望んだかどうかは意味がない事じゃ……」
「老師、あなたは敗北により、彼に自信をつけさせる事が目的だったんですね?では、なぜ僕に拳を託したのでしょうか?」
「……ほんの……気まぐれじゃ」
敗北を与え自信をつけさせたかったというのは、本当であろう。
でも、老師にも意地はあった。自分の拳が敗れたままではいたくなかった。
だから、誰かに伝え残したかったのだ。
本当は、もう少し時間をかけるつもりだったのであろう。
『時送りの間』を封じていたのは、おそらくそのためだ。
しかし、寿命の制限が、人族より少ない魔族のバンパイア種であれば、衰えることなく自分の拳を伝えることができると知って僕を育てた。
恐らく、自分の事しか考えていない人間には、そういったことはできないし、まして敗北を選ぶ事もない。
「あなただって不器用じゃないか?老師……」
老師はそれを聞くなり、少し笑いこう言った。
「この世は、苦しい事と美しい事が織りなしてできておる。恐らく、苦しい事の方が多いじゃろう。しかし、その苦しさも、生まれてきたから感じられる素晴らしい事じゃ。お主が生まれるまでに、生まれる事の出来なかった多くの兄弟たちには、分からぬ事じゃよ。この世界を信じよ、己を信じよ。もし信じる事ができぬときは、水の流れ、風の声、大地の香り、火の揺らぎを感じよ。それらすべての感覚が、お主に意味をあたえるであろう」
急に老師の体が重くなったのを感じる。体温もない。
人の死を、間近で認識するのは初めてだ。
「逝ったか……また、勝手に」
隙だらけなのに、王鬼は攻撃してこず傍に佇んでいた。
「貴方には、僕を倒す理由は無いでしょう。そして、僕にもあなたを倒す理由はない」
そういって、老師の体を本殿の外に、そっと置く。
「貴様は……いいだろう気のすむまでやろうではないか」
【地獄道】
紫のオーラを纏い、その業の深さに、精神を持っていかれかけたが、この悲しさを受け入れる事で、意識を保つ事ができた。
この苦しみから、目を背けるのではなく、受け入れよう。
互いの拳がぶつかり合う、先ほどより印の力も弱まっているはずなのに、王鬼の拳は、先ほどの比ではなく重かった。
「そうか違和感は『心』が『体』『技』に追いついていなかったからか……自身を持った彼は、『心』の置き場を見つけたんだ」
数十回の応酬を経て、お互い渾身の一撃を互いの、顔に打ち込んだ。
当然、威力も弱くなっていたが、これまでのどの一撃よりも重かった。
踏ん張り、膝をついている王鬼に向かい、拳を叩き込んだ。
しかし、その拳は、彼の眼前で止まる。
「貴様、何故倒さない……今さら、倒れたところで、我に迷いはないが」
「貴方も何故【魂捧陣】を使わないのか?それがあれば、僕を倒すことができるのに」
「……貴様が、【魂捧陣】の仕組みを理解しているのに、それを断とうとはしなかったからだ」
「……」
「魔術を発動するには、基本的には何らかの過程が必要になる。【魂捧陣】はこの寺院そのものが、魔法陣になっている。塔の配置から、坊に至る建物すべてだ。正確にはこの本殿以外のすべてだな」
「それは、築き上げたすべてが過程となる。塔や門を破壊したところで、陣が止まる可能性は高くはなかった」
「それは言い訳だ。もし我が【魂捧陣】を再度使っていたら、迷わずこわしていたであろう」
「……」
「我も悔しいが、本当に負けてしまったな」
どこか、清々しい顔で、王鬼は言う。
そこには、迷いは何もなかった。
「気が澄みました……」
「そうか。ところで貴様名は何という」
「レオナールというものだ」
「そうか、その名決して忘れぬ」
「老師の事よろしくお願いします」
「待て、多相童子を持っていけ、形見だ」
「いいえ、僕は老師から多くのモノを与えられた。その数珠は、あなたが、あなたとその仲間が使うべきだ」
「……多相童子、それでよいのか?」
その言葉に反応し、多相童子が、寺院の胴着を着た姿で、子供として現れた。
そして、コクリとうなずくのであった。新たな主に向かって……。




