19 孤高の王子
「研修先で、明希が襲われそうになってた時、とっさに体が動いたんだ。腕に痛みが走って、明希が悲痛な声で僕を呼ぶのが聞こえて、それで、バっと一気に思い出した。」
少し気持ちが治まると、二人は展望台のベンチに腰掛けて懐かしい話に花を咲かせていた。嬉しさと、気恥ずかしさと、それでも、お互いのこれまでを知りたくて、知ってほしくて、それはまるで初めてのデートのようだった。
「体調はいいのか? 頭が痛かったり、しないか?」
「あぁ、あの時は、ごめん。気持ちが小学生の頃に戻っていたみたいだ。」
「驚いたよ。いつも穏やかだった伊織に、あんな激しい面があったとは知らなくて。」
伊織は気まずそうな顔になって白状した。
「中学進学前は、父と折り合いが悪くてね。父は知っての通り病院を経営しているから、僕は医者になることを強いられていたんだ。自分の人生が人のコマのように扱われるのが耐えられなくて、父が勧めていた私学の中学の受験をボイコットした。それで、公立中学に入学したんだ。私学至上主義の父をやり込めたくて、中学に入っても、誰とも仲良くならないで、がっつり勉強するって決めてた。ものすごく尖ってて、カリカリしていたんだ。」
「それなのに、入学式に俺が声を掛けちゃったってことか。」
申し訳なさそうな声で肩を落とす親友を見て、伊織は思わず笑った。
「そうさ。孤高の人を目指していたのに、明希に出逢ったせいで、すごく楽しい中学生活を送ることになったんだ。それこそ、人格が変わってしまうくらいにね。母は、僕が穏やかになったって、すごく喜んでた。だから、あの事故の後しばらくは、以前の自分に戻ってしまったみたいで、家族ともぎくしゃくしてしまって…。全寮制の高校に決めたときは、母もほっとしてたんじゃないかな。」
そこまでを一気に話した伊織は、ふと隣に目をやって、そこに穏やかな微笑みがあるのを確認すると、ふっと短く息を吐いて続けた。
「ずっと、胸の中に何かがぽっかり空いている気がしていたんだ。最初は記憶を失くしているからだろうと思っていたんだが、違ったようだ。研修で明希に会って、それでも何か靄のようなものが掛かっている感覚の中にいて、とにかく明希と話さなくてはって、そんな焦燥感だけを感じていた。」
「そっか。俺は、中学の途中から引っ越してしまったし、伊織の連絡先も途切れてしまったから、何かお前を見つける方法がないかと考えてた。もう、長い事記憶が戻らないままだったけど、ムーンストーンの話をしたら記憶が戻るんじゃないかとそんな気がしていたんだ。だから、サイトの副題に載せて、どこかで伊織が見ていたらいいなって思ってた。母さんたちは連絡取ってたみたいだけど、俺には内緒にしていたらしい。俺、結構落ち込んでたからなぁ。片翼の天使なんて、かっこいいもんじゃないけど、そんな気分だった。」
照れ臭そうに笑った明希を、伊織は目を細めて見つめていた。
「あのムーンストーン、気が付いたら自分の手元にあって、不思議だった。だけど、肌身離さず持っていないといけない気がしていたんだ。ムーンストーンを検索していて辿り着いたんだけど、Nostalgic Place、すごくよくできているよ。まさか明希が作っていたとは思わなかったから、驚いた。もうすっかり有名人だな。これからもそちらの研究をするのか?」
明希はちょっと苦笑いをして答える。
「う~ん、俺ってそこまで頭がいいわけじゃないからなぁ。てかさぁ。なぁ、飯、行こうよ。」
さっきから明希のお腹が鳴っているのに気づいていた伊織は、ふふっと笑って立ち上がった。
駅前まで来ると、飲食店が並んでいる。こじんまりとした居酒屋に落ち着いた二人は、酎ハイで乾杯した。
「伊織も飲むんだな。」
「意外か?」
「ああ、なんとなく。体に悪い物は摂らない感じがしてたから。」
「ふふ。僕だって、飲みたくなることぐらいあるさ。だけど、居酒屋には初めて来た。にぎやかだな。」
伊織は店内を見回して、不思議そうに言う。
「俺は、大学の先輩に連れてってもらって以来、居酒屋ばっかりだな。なにより、安いし!」
「明希らしいよ。僕はサークル活動もしていないし、先輩後輩との交流はないからな。」
「じゃあ、ホントに孤高の人になってたのか? あ、でもあの女子がいたんだったな。あの子は友達ではないのか?…まぁ、あんなことする子は、ないよな。」
眉間にくっきりとしわを寄せる伊織を見て、トーンダウンする。
「勉強とバイトで手いっぱいなのに、どうして女性はあれこれ頼みごとをしてくるんだ。勝手に僕のイメージを作って、決めつけて。自分に向けられる態度が思っていたのと違うだけで逆上されて…。」
「あ~、なんとなく想像がつくな。伊織って、仕草がスマートだし、誰にでもそつなく丁寧に対応するだろ? それでいて、深くかかわろうとしないんだ。 ん~、孤高の王子とか言われてそう。」
憐れむように呟かれた言葉に、目を見開いて驚くと、伊織は頭を抱えた。
「なんで分かるんだ? 孤高の王子なんてつけるなら、冷たくされても仕方ないって納得すればいいのに。」
「ふふふ。でも『私にだけはちょっと優しい。』な~んて、思いたいみたいだな。女子って、不思議だよな。それじゃあ、彼女もいなかったのか?」
「彼女…僕には必要ないな。明希は、いたの?」
「う~ん。なんか、感覚が違う気がして、男女問わず友人はたくさんいたけど、彼女は作らなかったなぁ。それより気になることがあったしな。」
「気になる事?」
伺うような視線に、口を尖らせた。
「だってそうだろ?親友が自分のことを忘れたままなんて、やっぱり気になるじゃないか。俺、前に話しただろ?異世界に行った話。あそこで出会ったレイモンって奴に話してたんだ。彼女なんてできても、別れたらそれっきりだけど、伊織とは一生モノの絆があるんだって。」
「一生モノの絆…。」
かみしめるように繰り返す伊織を見ると、耳が真っ赤になっていた。明希も釣られて赤くなってしまう。
読んでくださってありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク・評価・あと、感想もお気軽に書いてくださいね。




